石塚直樹「3.11からの独り言」
2023年03月06日 (月)
東北学院大学 特任准教授 石塚 直樹
東日本大震災と、東京電力福島第一原子力発電所の事故の発生から、ことしで12年です。年月の経過とともに、経験や教訓をどう語り継いでいくかが課題となっています。私たちは、震災を振り返り、後世に伝えていくため、短い文章でつづる「3.11からの独り言」という取り組みを行っています。本日は、この「3.11からの独り言」について、お話ししたと思います。
3.11からの独り言とは
「3.11からの独り言」は、震災で起きた出来事を通して、感じたこと、心に残っていることを、川柳のように、おおよそ5・7・5の短文であらわす、表現手法です。被災した当事者や、復興に関わる支援者、また研究者らで構成する「3.11からの独り言研究会」により、東日本大震災からの復興を振り返り、伝承していくための手法として、「独り言」の作成実践に取り組んでいます。
3.11からの独り言の原型
「3.11からの独り言」の原型は、宮城県名取市閖上地区で被災した宇佐美久夫さんが、「久夫の独り言」として始めた手法です。宇佐美さんは、東日本大震災からこれまでのことを記録しておこうと思い立ちましたが、震災から10年を前に、自分でも驚くほど当時のことを忘れている事に気づいたといいます。最初は文章で記録を作成しようとしましたが、長い文章を書くことは難しく、作成に時間をかけると、大事なことをより忘れてしまう懸念もあったことから、「川柳程度の短文」で当時のことを思い出しながら、そのとき感じたこと、心に残っていることを書き残し始めました。
3.11からの独り言の特徴
「3.11からの独り言」の最大の特徴は、その名の通り「独り言」であることです。多くの場合、表現すること、また経験や教訓の伝承は、他者に伝えることを目的に作成されます。宇佐美さんは独り言について、「誰かに読んでもらうことを前提に書いているわけではない。けれど、だからといって読んではいけないとも言っていない」と話します。あくまで「独り言」として自分のために書く、ごく個人的、断片的な情報ですが、それがふと他者に漏れ伝わったときに、なぜか読み手は深く共感をしたり、想像を膨らませて考えさせられたりする。この「独り言」の「矛盾」をはらんだ絶妙な立ち位置が、「復興の記録集」や「語り部」、また「教訓を伝えようとする標語」などとはまた異なる、独特の世界感、そして意義をもたらしていると考えられます。
3.11からの独り言の作成例
それでは、実際に作成された「独り言」の例を見ていきます。
宇佐美さんが作成した独り言の例です。「被害差が 有るけど夜は 枕並べ」。避難所での一句です。避難所には、ご家族の安否や家屋の被災の有無など、状況が異なる被災者が集まり、避難をしています。同じ被災者とはいえ、おのおのの被害の違いにより、震災の話には神経を使う状況でした。そのような状況の中でも、夜は仕切りも無い、同じ大屋根の下で、枕を並べて一緒に寝ていました。天井を見上げる夜の避難所の情景と共に、このときの宇佐美さんの複雑な心境が表現されています。
一つ一つの「独り言」には、このように独り言を補足する「説明書き」が添えられています。作成者が感じたこと、心に残っていることを忘れないようにするためのメモですが、読み手にとっても、独り言を取り巻く状況について想像と理解を深める手助けになります。
次に、研究会のメンバーが作成した独り言の例です。先ほどと同じく避難所での一句です。
「避難所で 急に導入された シエスタタイム」。シエスタとは昼の休憩時間のことです。地中海沖で操業するマグロ船の船長を務めた避難所の責任者が、避難所運営の状況を見て、「そろそろうちも、シエスタを導入しよう」と言ったそうです。避難所の運営メンバーは、そのことを聞いたときは「えっ?」と驚きましたが、その日から午後は3時まで長めの休憩がとられることになりました。大変な避難所での生活、そして運営ではありますが、地中海から漁師を通じて東北の避難所に持ち込まれた習慣を、ユーモアとともに振り返った一句です。
3.11からの独り言の意義と可能性
これまでの実践を通して見えてきた、「3.11からの独り言」の持つ3つの意義と可能性についてお話しします。
一つめの意義と可能性は、「短文であるがゆえに、手記や記録集などの作成に比べて、作成者にとっても読み手にとっても容易な方法であり、負担が少ないこと」です。もちろん、手記や記録集でなければ決して伝わらない状況やメッセージがあります。しかし、ある程度の長さを持ったまとまりのある文章は書き手が限られ、また通読することに時間がかかるため、読み手も限られる懸念があります。それに対し独り言は、書き手にとっても、読み手にとっても、容易な方法であるため、より多くの方が復興などのある出来事に対する振り返りや、その伝承に関わりやすくなるという利点があります。
二つめの意義と可能性は、「ある瞬間や断片だけを切り取ることにより、当事者が言葉にしづらいような価値観が対立する出来事についても、表現できること」です。東日本大震災からの復興は、高台移転や原子力災害からの避難など、当事者の中でも、意見や選択が分かれることが少なくありません。また、自分自身の当時の対応が本当にこれで良かったのだろうかと、「負い目」を感じている人もいます。復興を振り返り表現することは、自身の「評価」を表明することや、自身の「負い目」と向き合うことを伴います。当事者だからこそ、振り返りがためらわれることがあり、このことによって、言葉にできない、表現できないままの思いを抱える人がいます。しかし、「独り言」なら、出来事の中のある瞬間、ある断片だけを切り取ることができるので、自身の評価を示すことを抑えることができます。また、時には重い内容も、ユーモラスな一面を切り取り表現することで、当事者は言語化しやすく、聞き手も受け取りやすくなる利点があります。参加者の中には「文字にすることで、心のトゲが抜け、重荷を下ろせた気持ちになる」と話す人もいるように、言語化し、他者に受け止めてもらえることは、自身が抱えていた「負い目を手放す」ことにもつながります。
三つめの意義と可能性は、「短文であることにより、解釈の余地が残り、読み手がその向こう側に広がる世界を豊かに想像することができること」です。読み手は独り言に描かれていない部分を、自身の経験や状況に引き寄せて自由に想像することにより、作者の人となりを深く思い描くと同時に、自分自身のこととして追体験することができます。このことは、災害への備えにもつながります。
まとめ
「3.11からの独り言」は、例えば「震災当日のニュースを見てどう思ったか」など、被災者だけでなく、どのような立場の人でも表現することができます。また、東日本大震災からの復興に限らず、様々なテーマや出来事に対し、感じたこと、心に残っていることを表現し、共有することにも活用できます。ぜひ皆さんも、「独り言」を作成してみて下さい。