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川﨑興太「福島第一原発事故から12年」

福島大学 教授 川﨑 興太

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1.福島復興政策
2011年3月に福島第一原発事故が発生し、大量の放射性物質が広範囲に拡散しました。原発の周辺に位置する地域には避難指示が発令され、住民は長期にわたって避難することを余儀なくされました。
その後、原子力災害からの復興に向けて、福島では除染とインフラの復旧・再生を行うことで避難指示を解除し、住民の帰還を可能にする政策が行われてきました。
原発事故から10年が経過した2021年度からは、放射能汚染がきわめて深刻な帰還困難区域においても同様の取り組みが始められ、また、新たな住民の移住を促す政策が始められました。
こうした福島復興政策は、わが国において半世紀ほど前に確立された自然災害からの復興の枠組みをほぼそのまま踏襲したものです。すなわち、市町村が国の補助金を得て被災地で公共事業を実施するというものであり、被災者ではなく被災地を主たる対象とする政策です。

2.被災地の現状
 このような福島復興政策が12年にわたって実施されてきた結果、福島はどのような状況になったのでしょうか?
まず、放射能汚染状況は大幅に改善しています。現在、多くの地域では全国の他の地域と大きくは変わらない状況になっています。

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これに伴って、避難指示は帰還困難区域を除く地域ではすべて解除されました。また、帰還困難区域についても一部の地域では解除されています。
しかし、避難指示が解除されても多くの住民は被災地に帰還しておらず、避難生活を続けています。
その理由は、原発事故が収束していないこと、森林をはじめ放射能汚染が完全には解消されたわけではないこと、長期にわたる避難の間に自宅が荒廃し、帰るべき家がなくなってしまったこと、買い物や医療・福祉などの生活環境が原発事故前の水準にまで戻っていないこと、子どもの学校や親の仕事などの生活基盤が避難先で確立されたことなど、さまざまです。

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多くの住民が避難し続けていますので、原発の周辺に位置する市町村では著しく人口が減少しています。地震被害や津波被害が主たる被害であった岩手県や宮城県の沿岸部に位置する市町村と比べても、その差は歴然としています。特に避難指示の解除が遅かった双葉町、大熊町、浪江町、富岡町では、80%以上減少しています。自治体存続の危機であり、「まちのこし」が必要になっています。

3.被災者の現状
 このように、福島では被災地を主たる対象として復興政策が実施されてきましたが、多くの住民は被災地を離れて避難し続けています。このため、これまでの復興政策は、被災者の生活再建に対する直接的な効果という点では決して十分ではなかったということになります。
 それでは、避難し続けている住民はどのような状況に置かれているのでしょうか?
 この点に関しては、体系だった調査は行われておりませんので全貌はわかりませんが、深刻なデータが公表されています。

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 福島県では、避難生活における体調の悪化などによる震災関連死が2,300人を超えており、地震や津波などによる直接死の約1.5倍となっています。また、震災関連自殺者数も、岩手県や宮城県と比べて際立って多くなっています。
震災関連死や震災関連自殺は復興の過程において発生した死であり、復興政策のあり方によっては防ぐことができた死です。
東日本大震災や福島原発事故からの復興に向けて30兆円を超える予算が確保され、さまざまな事業が行われてきましたが、これまで実施されてきた復興政策は、多くの震災関連死や震災関連自殺を防ぐことができなかった政策だったということです。

4.復興政策の見直しの必要性
こうしたこともあり、現在、被災者の心のケアが実施されています。しかし私たちは、原発事故から10年以上が経過しているにもかかわらず、なぜ心のケアが必要になるのか、その理由を問い直す必要があるのではないかと思います。
福島原発事故による最大の被害は、それぞれの住民がそれぞれの場所でつくりあげてきた日常生活と将来への展望、一言で言えば、生活・生業の存立基盤が失われたことです。
しかし、これに対する損害賠償はほとんど行われず、また、大規模な公共事業は行われてきましたが、被災者を直視した復興政策は手薄でした。
つまり、原発事故によって何が失われたのかという実態の把握も、復興政策として何を回復させるべきなのかという目標の設定も、不十分な面があったということだと思います。

5.福島の復興に向けた課題①:国民全体での復興の検証
以上を踏まえて、最後に課題を2つ提示して終わりにしたいと思います。
第一の課題は、国民全体での原子力災害からの復興に関する総合的な検証です。
原子力災害は今なお続いており、廃炉、除染土壌の県外最終処分、ALPS処理水の海洋放出、帰還困難区域全域の除染と避難指示解除、農林水産業の再生など、長期にわたって復興を進めていかざるをえません。
しかし、特別な政策には必ず終わりがあります。政府は、終わりの時期を明示しているわけではありませんが、福島原発事故から20年後の2030年度を1つの節目としてとらえているように思います。
こうした長期にわたる復興の必要性と特別な政策の終わりということを考えあわせた場合、国民全体で福島の復興の“出口”を見定めるためにも、福島の復興に関して総合的に検証することが必要ではないかと思います。
時間の経過に伴って、福島の問題はいつしか福島に閉じられたローカルな問題になっており、多くの国民にとって他人事になってしまっているように思います。
しかし、福島の問題は国民の未来の暮らしにかかわる問題です。国民の一人ひとりが自分の生活のなかに福島の問題の本質を探り当て、その確かな経験をもとに、未来の暮らしに向けてどのように応答することができるのかということが問われているように思います。
これに関連して、最高裁は2022年6月に損害賠償にかかわる集団訴訟において、国の法的責任を認めないという判決を下しましたが、その判断の合理性や正当性について検討する必要があると思います。
それは、選挙を通じて国策としての原子力政策を支持してきた国民自身の責任を問い直すことでもあります。原発の再稼働や新設・増設へと原子力政策が大きく転換しつつある中で、国民の未来に向けた倫理観が問われているように思います。

6.福島の復興に向けた課題②:住民主体の地方自治の強化
第二の課題は、住民主体の地方自治の強化です。
原発事故後には、国の後押しもあって再生可能エネルギーが急速に増加し、特にメガソーラーが各地に整備されました。
これ自体はよいことかもしれませんが、往々にして、それによって住民がどのように幸せになるのかという議論が抜け落ちてしまっているように思います。
福島原発事故への反省という観点からは、エネルギー自立地域の構築をめざすということが大切だと思います。
しかし、結局のところ原発がソーラーに変わっただけで、東京へのエネルギー供給地としての役割は変わっておらず、ほとんど住民には恩恵がないどころか、むしろ景観が破壊されていくという事態が散見されます。パーツはよいとしても、本質的なところが欠落しています。
復興によって何を回復し、どのような暮らしを再生するのか、もう一度考えてみる必要があるように思います。
原発を誘致したときのような、東京依存、あるいは、国依存、行政依存のまちを再生産するのではなく、住民が復興のあり方を議論し、地域のことを自ら決定してまちをつくりあげることが重要だと思います。
まちの存在価値は、住民が多いか少ないかでも、立派な施設があるかないかでもなく、自分で意志決定できるかどうかによって決まるのだと思います。

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