小宮信夫「子どもの安全をどう守るか」
2023年03月13日 (月)
立正大学 教授 小宮 信夫
春休みが終わると、いよいよ新学期が始まります。「うちの子は大丈夫だろうか」。そんな心配をしている親御さんも多いのではないでしょうか。きょうは、子どもを犯罪から守る方法を、犯罪学の視点からお話しさせていただきます。
学校では「不審者に気を付けて」と教えているかもしれませんが、海外ではそうした教え方はしていません。不審者、つまり「これから犯罪をしようとする人」は、見ただけでは分からないからです。「不審者に注意しましょう」と言われても、注意のしようがないのです。むしろ、人間不信や差別意識を植え付けてしまうかもしれません。
海外では「危ない人」ではなく、「危ない場所」に注目しています。「危ない場所」なら、見ただけで分かるからです。
実は、子どもの誘拐事件の8割は子どもがだまされて、自分からついていったケースです。人に注目しているからウソをつかれ、だまされてしまうのです。しかし景色はウソをつきません。場所の景色だけが「だまし」に気づかせてくれるのです。
例えば、「ハムスター見たくない?」「カブトムシがいるんだよ」と言って、女の子を団地の階段に連れ込む事件がありました。犯人は、「虫歯を見てあげるよ」と言って、女の子の口を開けさせ、性犯罪をしていました。
犠牲になった子どもは、50人に及びました。なぜそれまで発覚しなかったのでしょうか。それは、被害に遭った子どもが、犯人のことを「虫歯を治してくれた親切な人」と思っていたからです。そのため、親に言わなかったのでしょう。
法務省の「犯罪被害実態調査」によると、子どもの性被害は、少なく見積もっても警察が把握した事件の10倍は起きています。
ところが「だまし」が多いという事実は、ほとんど知られていません。なぜなら「だまし」を使う犯罪者は慎重に行動し、「捕まりそうにない場所」でしか子どもに声をかけないからです。つまり、なかなか捕まらないのです。捕まらなければニュースになりません。その結果、みなさんが知ることもないのです。
繰り返しになりますが、海外では、「不審者」という言葉は使われていません。
防犯にとって重要なのは、「人」ではなく、「場所の景色」だからです。こうした立場を、「犯罪機会論」と呼びます。
日本では、「人」に注目し、動機があれば、犯罪が起きると思われています。しかしこれは間違いです。動機があっても、機会、つまりチャンスがなければ、犯罪は起こりません。動機を持った人が、機会に巡り合って、初めて犯罪が起きるのです。そのため、動機をなくせなくても機会さえ与えなければ、犯罪は起きません。
では犯行の機会とは何でしょう。それは犯罪が成功しそうな雰囲気のことです。動機を持った人がその場所の景色を見て、「犯罪が成功しそうだ」と思えば、犯罪をしたくなるかもしれません。逆に、そういう雰囲気がなければ犯罪をあきらめるでしょう。つまり、犯罪者は手当たりしだい犯罪をするのではなく、犯罪が成功しそうな場合のみ、犯行に及ぶのです。これが「犯罪機会論」です。
欧米では、50年ほど前に「犯罪機会論」が導入され、これまで膨大な数の社会実験が行われてきました。
その結果、犯罪が起きやすいのは「入りやすく見えにくい場所」であることが分かっています。
まず「入りやすい場所」では、犯罪者は簡単に怪しまれずに子どもに近づけます。そして犯行後すぐに逃げることができます。もちろん、子どもを連れ去ることも容易です。
例えば車を使った誘拐は、私が知る限り、すべてガードレールのない道で起きています。車を使った犯罪者にとって「入りやすい場所」だからです。
次に「見えにくい場所」では、犯罪者の行動を目撃できません。そのため犯罪者は安心して犯罪を実行できます。つまり、邪魔されたり捕まったりする可能性が低いのです。
例えば、高い塀が続く道は、家の窓から視線が届きにくい場所です。周りが田んぼで、見通しのいい道はどうでしょう。残念ながら、周りに家がないということは、窓からの視線そのものがないということですから、やはり「見えにくい場所」です。
こうした物理的に「見えにくい場所」だけでなく、心理的に「見えにくい場所」も要注意です。
例えば落書きやゴミが多い場所です。犯罪者はそうした景色を見ると、「地域に無関心な人が多いな。犯罪を目撃されても、見て見ぬ振りをしてもらえそうだ」と考えます。つまり落書きやゴミは、犯罪者の警戒心を解き、犯罪を誘発してしまうのです。
また、人通りがあっても窓が見えない道は、安全ではありません。人通りは必ず途切れるからです。犯罪者は、そのタイミングを狙っています。
では駅前やショッピングモールのように、人通りが途切れない道はどうでしょうか。残念ながら「人が多ければ安全」ということにはなりません。人が多いと注意が分散し、犯罪に気付きにくくなるからです。
仮に気付いても、人が多いと「誰かが助けに入るだろう」「誰かが通報するだろう」、そうみんな思って誰も行動しません。そうなっても、今度は「誰も助けないなら、きっと大丈夫だろう」と思います。結局放置されてしまうわけです。この心理は「傍観者効果」と呼ばれています。
こうした知識を学び、「入りやすく見えにくい場所」には行かない、どうしても行かなければならないときは十分に警戒する。これでほとんどの犯罪は防げます。
さらに、危険な場所を安全な場所に変えることも重要です。「入りにくく見えやすい場所」にするのです。
例えば海外の公園では、遊具を「子ども向けゾーン」に集中させ、フェンスで囲んでいます。「大人向けゾーン」とはっきり分けることで、犯罪者が「入りにくい場所」にしているのです。さらに、「子ども向けゾーン」の緑は少なめにして、「見えやすい場所」にしています。
これが、「犯罪機会論」に基づくゾーン・ディフェンスです。「場所で守る」「地域で守る」という発想ですね。
しかし、日本では「犯罪機会論」が普及していないので、子どもが一人で犯罪者と対決する、マンツーマン・ディフェンスが普通です。「防犯ブザーを鳴らそう」「助けて、と叫ぼう」「全力で逃げよう」。これらはすべてマンツーマン・ディフェンスです。
マンツーマン・ディフェンスは、「襲われたらどうすべきか」という発想です。対照的に、ゾーン・ディフェンスは、「襲われないためにどうすべきか」という発想です。
さて、みなさんは子どもが絶体絶命に追い込まれるマンツーマン・ディフェンスを選びますか。それとも犯罪者が犯行をあきらめるゾーン・ディフェンスを選びますか。
子どもの安全はみなさん次第なのです。