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清水和夫「自動車のいまと未来」

自動車ジャーナリスト 清水 和夫

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 資源のない日本は製造業を「省エネ型モノ作り」として急成長してきたことは明らかです。とくに自動車産業では、オイルショック以来、燃費が省エネの代表選手として定着し、日本車の強みとなって世界で販売されてきました。今では日本車の80%は海外で販売されてきました。
しかし、迫りつつある温暖化による気候変動は、私達が暮らす宇宙船地球号の運命が危ぶまれているわけです。その意味では温暖化の一つの原因である二酸化炭素(CO2)の排出は、近年になって厳しく規制され、欧州では石油に依存しない自動車にシフトする政策が進められています。石油に依存しない自動車としては電気だけで走るEVが思い浮かびますが、この電気をバッテリーに蓄えて走るEVは欧米中国で急成長しています。

 日本でも、長いあいだ親しんできた「省エネ」という考えから、「カーボン・ニュートラル」にシフトするビジョンが示されていますが、ここで大切な視点は化石燃料から排出される二酸化炭素含をいかに削減できるのかという視点です。今回は再生可能なエネルギーの受け皿として期待される電動化車両の現在地と将来の展望を考察してみたいと思います。

 まず、自動車の電動化をわかりやすく整理しておきます。日本は四半世紀にわたってハイブリッドが普及してきましたが、電動化と一口に言っても、さまざまな自動車が市販されています。例えば、エンジンを主役としてその効率を高めるためのハイブリッドシステム、あるいはバッテリーとモーターを主役として、エンジンは発電に徹するアシスト的なタイプなど、それぞれのメーカーは得意とする技術やユーザーのニーズを考慮し、独自の技術を研究しています。しかし、石油由来のガソリンを使うという点では、いつまでこのハイブリッドをユーザーが受け入れてくれるのかという悩みもあります。

 実際に欧州の電動化は主にバッテリーEVの普及を突き進んでいますが、今後石油を使うガソリン車は、たとえハイブリッドであっても、使われなくなる可能性があります。つまりハイブリッドがピークアウトするシナリオを考えておくことが必要です。もしガソリンで走る自動車が否定されると、どんな選択肢があるのでしょうか。簡単に説明するなら、一次エネルギーとしていままで使ってきた石油エネルギーを代替するには、原子力発電・水力発電・太陽光発電・風力発電・地熱発電・バイオマス発電がありますが、それぞれの国で取捨選択しているのが現実です。

 このように、温暖化の原因の一つである二酸化炭素を排出しないカーボン・フリーの自動車はバッテリーで走るEVだと思われますが、実際は自動車の生産から廃棄までというライフサイクルで評価しないといけません。ライフサイクルの段階で、二酸化炭素を排出しても、それをトラップして埋めてしまう手法も研究されています。
排出した二酸化炭素を大気に放出せずに処理するという手法をカーボン・ニュートラル(英語ではニュートラリティ)と呼んでいます。フリーではなく、ニュートラルとい視点です。電気は決して環境によい優等生ではなく、その作り方次第では二酸化炭素を大幅に削減することはできないのです。電気は二次エネルギーといわれ、どんな一次エネルギーから電気を作るのか、私達ユーザーには見えない部分ですが、非常に重要な視点なのです。

 私もEVの取材で何度か訪れたことがある北欧の国ノルウェーでは、フィヨルドから流れる水力で膨大な電気を発電しています。なんとエネルギー自給率はおよそ800%と言われています。こうした国ではバッテリーで走るEVは好都合です。日本のように資源に乏しい国では、工夫が必要です。2019年の資源エネルギー庁の資料では原子力発電がないと日本のエネルギー自給率は12%程度。どう考えても、海外からエネルギーを調達する必要がありますが、再生可能なエネルギーを増やす工夫が必要でしょう。

 そこで注目されるのは水素です。日本の各地で再生可能なエネルギーで発電しても、その電気を蓄えたり、運ぶことは容易ではありません。交流に変換するシステムに限度があるので、発電を制限するケースもあります。そこで作った電気を無駄なく水素に変換すれば、高圧ガスとして溜めやすく、運びやすくなります。再生可能なエネルギーの受け皿として電気だけでなく、水素とセットで考えることが重要な視点ではないでしょうか。

 カーボン・ニュートラルを達成するため、私が考える戦略的な電動車のフォーメーションについてお話します。

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 トップにはハイブリッドやプラグイン・ハイブリッドです。現在から10年くらい先まではカーボン・ニュートラルのトップランナーとして、また省エネの優等生として、ハイブリッドやプラグイン・ハイブリッドが有効です。自動車の寿命が15年くらいと仮定すると2040年前までにハイブリッドはピークアウトし、バッテリーEVが四番バッターとなりそうです。

 しかしバッテリーEVですべての課題を解決できるわけではないのです。バッテリーEVは振動するエンジンがなく静かで快適なドライブが可能で、自宅で充電できる手軽さもありますが、バッテリーEVが大量に生産されると、リチウムなどレアメタルが必要です。レアメタルの安定供給を目指す動きが水面下で活発です。また充電に多くの時間を必要とするEVは、充電ステーションの場所の確保など、社会が負担するコストも増えることは必須です。

 このような視点で考えると、電気を水素に置き換え、水素で発電する燃料電池車も注目されています。燃料電池車は水素の高圧ガスの充填はわずか5分くらいで済みますから、利便性はとても良くしかもレアメタルを使わないので地政学的な強靭性を高めることができます。

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 また、先日もベルギーで開催された水素燃料電池車のワークショップに参加してきましたが、欧州ではロシアからの天然ガスが絶たれたことで、一気に再生可能なエネルギーにシフトする覚悟ができたと関係者は語っていました。その一つのチョイスとして欧州では水素エネルギーに注目しています。その一例を紹介すると、北アフリカで再生可能なエネルギーを生成し、水素に変換してパイプライン・ネットワークで欧州に水素を供給する計画が進められています。

 こうしてバッテリーEVとFCEVが主役になる未来像がイメージできますが、忘れては行けないのが、水素エンジン、つまり水素で燃焼するエンジンのことですが、この自動車には合成燃料の可能性が期待されています。水素の利活用の一つとして、常温で液体の状態で使える合成燃料は絶対に必要なのです。なぜなら今後、人や自動車が増える途上国では電気も水素も供給できないことを考える必要があります。

 現在日本では100万円以下で600Kg台の重量の軽自動車が市販されています。この自動車に水素から作る合成燃料が使えるなら、低コストのカーボン・ニュートラルが実現します。そのためにはこうした合成燃料のコストをいかに下げるのか、忘れがちな視点ではないでしょうか?

 100年続いたエンジン車の時代は早かれ遅かれ、新しい電動車に置き換えられることは間違いないでしょう。しかし、どんなシナリオで未来像を描くのか、その優先順位をしっかりと考える必要がありそうです。バッテリーEV一辺倒の議論や、エンジンとの対立ではなく、科学技術の可能性を信じることが大切ではないでしょうか。
私は50年にわたってエンジン車を乗り継いできたものの、電動車の新しい可能性にワクワクしています。

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