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山下良美「サッカー審判員にとって大切なこと」

サッカー国際審判員 山下 良美

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サッカー審判員の山下良美です
私は、今年11月に開幕するサッカーのワールドカップカタール大会に審判員の一人として参加します。サッカーワールドカップの大会史上初めて、36人の主審候補の中に女性審判員が3名含まれています。夢のまた夢であったワールドカップ。直前に迫った今、1日1日を大切に、目の前のことに全力を尽くすことで精一杯の準備をしています。
本日は、自分自身が現在に至るまでを振り返りながら、サッカー審判員という仕事、そして、その道のりで私にとって何が大切だったのかを考えてみたいと思います。

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私がサッカーを始めたのは4歳の頃。始めたのはよくある理由で、「兄がサッカーをやっていたから」。そのときには男の子の中に女の子1人。でもそんなのおかまいなしでただただサッカーを楽しんでいました。コーチやチームの仲間にも恵まれていて、サッカーをつまらないと思ったことは一度もありません。みんなでボールを追いかけることに、いつの間にか夢中になっていました。その後、小学生、中学生とサッカーを続け、高校時代にバスケットボール部としてプレーしていた以外ずっと、サッカーを選手としてプレーしていました。
失敗を恐れてチャレンジすることが苦手な私のプレースタイルは、良い言い方をすれば「堅実」。そのため、守備的なポジションをいつも担っていました。

そんな私が審判に関わるようになったのは大学サッカー部を卒業するとき。大学サッカー部の先輩であり、現在国際審判員として一緒に活動している、坊薗真琴さんに誘われたのがきっかけでした。当初、私は審判員に良いイメージはなく、正直やりたくはありませんでした。でも、先輩からのなかば強引な誘いに、特に断る理由も思いつかなかった私は、「まあ、とりあえずやってみよう」、仕方ないという気持ちで初めて審判をしました。
審判であれ、サッカーの試合に関わるという喜びと、次はこれをできるようにならなければという向上心から、いつの間にか審判員としての活動を続けていて、今に至っています。
あの時「とりあえずやってみなかったら」、今の私はどうなっていたのか、全く想像ができません。

興味がなかったこと、むしろ、マイナスのイメージがあり、やりたくなかったことですが、「とりあえずやってみた」ことで私の人生は大きく変わりました。

はじめはただ審判員の資格を持ち、試合を担当しているというだけでした。しかし、2級審判員の資格を取得し、国内トップリーグに関わるようになったとき、小さな頃から続けてきた日本のサッカーに、審判員という役割で微力でも貢献できるかもしれない、貢献したいという気持ちが生まれ、また、それだけの責任がある立場なので、審判員という役割にしっかり向き合わなければと思いました。

責任や重圧の多い役割ながらも、選手と一緒にボールを追ってフィールドを駆け回れ、予測を超えたプレーが目の前で展開される驚きなど、サッカー審判員という仕事に魅せられて活動を続けてきました。審判員の目標の中に、「サッカーの魅力を最大限に引き出す」というものがあります。それを目標にできる役割ということに気づいた時、これは魅力的だと感じました。あまり積極的ではない私が、あの時、「とりあえずやってみた」ことでこの魅力に気付くことができました。

私の目標は、次に担当する試合で、選手が夢中になってボールを追いかけ、勝利を目指し、観ている人もその試合に夢中になり、試合が終わると嬉しかったり、悲しかったり、悔しかったりと、感情が動くような、そんな試合に携わること、そんな試合を審判員という役割でサポートできること。それが私の目標であり、審判員の目標である「サッカーの魅力を引き出すこと」でもあると思っています。

この目標を達成するために活動する中で、準備が全てであるということも、日々実感させられています。試合を担当するにあたり、まずは、身体的な準備がかかせません。サッカーの主審は1試合で10㎞を超える距離を走ります。試合展開についていくため、良いポジションをとるためには、走るスピードや俊敏性も必要な要素です。身体的な面で、十分に余裕をもって試合に臨む準備をしなければなりません。

そして、チーム分析や情報収集などの準備も大切です。チーム、選手がどんな想いでこの試合に臨んでいるのか、チーム戦術や個人戦術、予想される試合展開やプレーを分析しておくことで、次に起こることの予測がより容易になります。この予測は、審判員の試合中の次の行動への準備とも言い換えることができます。
プレーを予測してより良いポジションに動いたり、起こることを予測して判定をしたり、起こりそうなことを予測して起こらないよう予防したり、
審判員は試合の中で予測→準備→決断、予測→準備→決断を繰り返しています。

この試合前に準備したこと、試合中に準備したことだけが、パフォーマンスとして発揮されます。準備が全てだということです。変えられるのも準備の部分だけ、そのことを痛切に感じています。

私は、2021年のJリーグ主審の担当、プロフェッショナルレフェリー契約と、国内ではそれぞれ女性初ということで注目していただける機会が増えました。本来審判員は注目されるべき役割ではないと思いますし、女性審判員ということが今後話題にならないようになって欲しいとは思っています。とはいえ今は、サッカー審判員として、女性審判員として、一人でも多くの人の目に届いて欲しい、注目してもらいたいと思います。もちろんそれが注目されない、当たり前になることが目標というのが大前提です。

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11月に開幕するFIFAワールドカップ、カタール大会では、史上初、女性審判員が大会に参加します。性別関係なく、全ての審判員がワールドカップを夢に持てるというのは信じられないような素晴らしいことです。
全ての人が毎日を懸命に生きている中で、他人へのリスペクトの心、理解する心が原動力となり、先輩の審判員、仲間の審判員が、世界で、日本で、それぞれ積み重ねている努力や信頼がこの扉を開けたのだと思います。
私はワールドカップに参加する審判員として、皆様が今まで積み上げてきたもの、そしてワールドカップに対する想いをしっかりと背負って大会に向かいます。

審判員としての活動には大変なことも多々あります。日々の孤独なトレーニングや勉強。
そして失敗や後悔などの自責の念に向き合うことです。満足いく試合は1つもなく、全ての試合で失敗や後悔の気持ちを抱きます。それでも審判員を続けているのは、大好きなサッカーの魅力に日々引き込まれていっていること、さらに、サッカーを通じて、支えてくれる人たちへの感謝の気持ちを抱けるからです。
審判員としての私は、私の人生を豊かにしてくれています。嬉しいこと、辛いこと、緊張、安心、喜び、達成感、悲しみ、プレッシャー、責任、喜びの涙や、悔しさの涙。自分だけでなく他人の感情にも触れながら、私にたくさんの感情を与え続けています。

私は常に周りの人達に支えられてきました。そのおかげで私は「とりあえずやってみる」ことができ、新しいことにチャレンジできています。周りの方のサポート、目の前のことに全力を尽くすこと、そして、とりあえずやってみる気持ち、それが今、私の歩みを前へと押し進めているのかもしれません。 

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