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橘川武郎「ウクライナ危機 日本のエネルギー戦略は」

国際大学 副学長 橘川 武郎

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ことし2月に始まったロシアのウクライナ侵攻は、世界的規模の「エネルギー危機」を引き起こしました。今日は、この危機のなかで、日本がどのようなエネルギー戦略をとるべきかについて考えます。エネルギー危機が世界に広がったのは、ロシアが石油・天然ガス・石炭の主要な輸出国の一つだからです。

その影響は多くの国々に及んでいますが、その度合いは国ごとに異なります。

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こちらの表は、G7諸国のロシアへのエネルギー依存度と一次エネルギーの自給率をまとめたものです。日本については2021年、他の国については2020年のデータです。
この表からわかるように、アメリカとカナダは、ロシア依存度がほぼゼロです。
 それとは対照的に、ヨーロッパ諸国の場合には、ロシアへの依存度がきわめて高いと言えます。最も高いドイツは、ロシア依存度が石油で34%、天然ガスで43%、石炭で48%に達するのです。ウクライナ危機がもたらしたエネルギー危機は、ヨーロッパ経済を直撃しています。
 日本についてみれば、2021年のロシア依存度は、石油で4%、天然ガスで9%、石炭で11%でした。アメリカ・カナダよりは高く、ヨーロッパ諸国よりは低い水準ですが、ウクライナ危機の影響が小さいとは言えません。なぜなら、一次エネルギー自給率が11%で他国と比べて極端に低いため、輸入依存度が高いからです。

現在のように、ヨーロッパ諸国がロシア以外の国・地域から石油・天然ガス・石炭を調達しようとする動きを強め、資源をめぐる国際的な争奪戦が激化すると、輸入に頼る日本経済は甚大な打撃をこうむるのです。
 ヨーロッパ諸国や日本は、エネルギーのロシア依存からの脱却に急ぎ足で取り組んでいます。そのなかで最も困難なのは、天然ガスの脱ロシア化です。わが国の場合には、ロシアからLNG・液化天然ガスの輸入が止った場合、調達コストが一挙に跳ね上がるおそれがあります。
 2020年後半からの燃料価格の上昇によりヨーロッパでは、この2年間にガス料金や電気料金が数倍になった国もありました。それに比べれば、日本のガス・電気料金の値上げ率はかなり緩やかです。
この違いが生じる理由は、重要な電源であり熱源である天然ガスの調達に関して、日本はヨーロッパ諸国に比べて長期契約の比率が高く、1回の売買ごとに取引条件を決めるスポット契約の比率が低い点に求めることができます。
スポット契約による取引価格は、市場の需給関係の動きを反映して、激しく変動します。これに対して、長期契約による取引価格は、長い目では需給動向を反映するものの、
変動の度合いがはるかに緩やかです。
現在のように需給がひっ迫している時には、スポット契約価格は急騰し、長期契約価格は徐々に上昇します。その結果、最近では、長期契約分とスポット契約分の加重平均である日本のLNGの平均輸入価格は、スポット契約価格よりかなり低水準で推移しています。
日本にとって、ロシアからのLNG輸入の停止は、調達先の変更にとどまらず、調達契約の変更、つまり長期契約からスポット契約への変更をともないます。これは、わが国の天然ガス調達コストを大幅に上昇させます。
したがって、それを回避するために、日本企業が参加するサハリン2からのLNG輸入を継続することは、重要な意味をもつと考えます。
このような状況のもとで、日本はどのようなエネルギー戦略をとるべきでしょうか。
危機の根本的な原因はエネルギー自給率の低さにあるわけですから、本質的な解決策は国産エネルギーを積極的に活用することに求めることができます。
国産エネルギーの代表格は、風力、太陽光・熱、水力、地熱などの再生可能エネルギーです。エネルギー危機を受けて化石燃料の重要性が再認識されたから脱炭素の流れに歯止めがかかるという見方がありますが、間違っています。
エネルギー危機を真の意味で解決するには、再生可能エネルギーが主力となる脱炭素社会の実現を加速させなければならないのです。ただし、再生可能エネルギーを主力化するためには、発電設備や送電設備等を新設しなければならず、時間がかかります。そのため、それまでの過渡期には、つまり短・中期的には、既存の設備を活用できる他のエネルギー源も使うことになります。
 2011年3月に東京電力・福島第一原子力発電所の事故が起きたとき、日本には54基の商業発電用原子炉が存在しており、他に3基が建設中でした。

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これら57基の原子炉の現状をまとめたものが、こちらの表です。
エネルギー危機の深刻化を受けて、日本でも、表中の(A)の再稼動済みの10基の稼働率を上げることや、(B)の原子力規制委員会の許可が出ながら再稼働にいたっていない7基の再稼動を急ぐことを求める声が高まっています。
 ただし、ここで看過してはならない点は、原子力が短・中期的には重要な選択肢の一つとなるものの、長期的にはその存続の是非について改めて真剣に議論すべき時が来たということです。
ロシアはウクライナの原子力施設に対して、周辺の送電設備を含めて、軍事的な攻撃対象としました。これまで日本では地震・津波・火山活動が、欧米ではテロによる航空機の突入が、それぞれ原子力発電の主要なリスクとみなされてきました。

しかし今回、軍事標的になるというまったく新しいタイプのリスクが顕在化したのであり、この新しい知見にもとづき、原子力発電の持続可能性それ自体について根本的に問い直す必要性が生じたわけです。
 このように考えると、日本にとって原子力が重要な選択肢の一つとなるのは、短・中期の過渡期に限定されることがわかります。
 石炭についても、原子力と同様のことが言えます。ロシアのウクライナ侵攻による「天然ガス調達難」は、短・中期的には代替財としての石炭の価値を高めます。
日本でも、2022年から24年にかけて、比較的二酸化炭素の排出量が少ない高効率の石炭火力の新規稼働が相次ぎます。これらは、わが国のエネルギーの安定供給とコスト抑制に貢献するでしょう。
しかし、いくら高効率の石炭火力であっても、二酸化炭素を大量に排出することには変わりありません。つまり、石炭火力がある程度「復活」し、それへの依存期間が延びるということは、最終的に石炭火力をたたむ道筋を示す必要性がいっそう高まったことも意味するのです。
 日本が考えている長期的な石炭火力からの脱却策は、アンモニア火力への転換です。
天然ガスの調達難が続く状況下では短・中期的に石炭火力への依存を高めるのはやむをえませんが、長期的にはいつまでにどの程度石炭にアンモニアを混ぜ、最終的には何年にアンモニア火力に切り替えるのか、つまり石炭火力を廃止するかということをはっきりさせなければならないのです。

エネルギー危機に対して日本は、短・中期の戦略と長期の戦略とを使い分ける、「二枚腰」の姿勢で臨まなければなりません。柔軟で大局観をもった真の対応能力の発揮が強く求められているのです。

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