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くどうみやこ「子どものいない生き方」

マダネ プロジェクト 代表 くどう みやこ

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近年、生き方が多様化しています。家族の形も変化している中、今日は「子どものいない生き方」をテーマに、子どもがいない人にまつわる現状と課題について、お話ししたいと思います。そもそもなぜ私がこのテーマに着目し、活動しているのか。そこからお話をさせていただきます。

〔活動を始めるきっかけ〕
私は幼い頃から、結婚して母親になることを夢見て育ってきました。30代前半で結婚したものの仕事が忙しく、妊娠の兆候もないまま時が流れ、40代前半に子宮の病気を患い、産むことが叶わなくなりました。当時は落ち込みましたが、「子どものいない人生」を前向きに歩みたいとの気持ちが芽生え、行動を起こします。

まず、子どものいない人の声を聞くことから始めました。これまで、子どもを持たない人たちがどんな思いを抱えているのか、直接聞いたことがなく、10年以上前になる当時は、本や情報がほとんど見当たらなかったからです。

実際に聞いてみると、多くの女性が誰にも胸の内を明かせず、苦悩を抱えていることが分かりました。涙ながらに思いを吐露する姿をみて、子どもがいないことで、こんなにも深く悩み、傷つき、つらい思いをしている人がたくさんいることを知りました。

同時に問題点と課題にも気が付きました。子どもがいないことはデリケートな側面があるため、気軽に尋ねたり、話したりできる事柄ではありません。そのため、思いを共有する場がなく、一人で悩みを抱え込む傾向にあります。

思いが可視化しづらいため、当事者はもとより、周囲や社会にも子どもがいない人たちの気持ちはきちんと理解されていないのではないか…。当事者が本音や悩みを語れる場の提供と、社会への理解促進が必要だと強く感じました。

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そうした経緯から、子どものいない女性を応援する団体「マダネ プロジェクト」を立ち上げ、当事者の交流会や、子どものいない人生に関する書籍の出版・情報発信など、誰もが生きやすい社会を目指して活動をしています。

〔未産うつ〕
ひと口に子どもがいないといっても、理由は様々です。

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努力したが授からず断念した、病気等による身体の問題、タイミングを逃した、経済的な事情など、望んでも叶わなかったケースから、子どもを欲しいと思えないなど、持たない選択をした方まで、子どもがいないことへの思いや事情は個々に異なります。

その中でも特に子どもが欲しかった女性は、気持ちが沈み、後ろ向きな感情や悲観的な考えが、長く続く傾向にあることが分かりました。
子どもを見るだけでもつらい、泣いてばかりいる、友だちとも会う気がしないなど、子どもが持てないことで心身に支障をきたすことを「未産うつ」と名付けました。

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マダネ プロジェクトが行った『子どものいない女性の意識調査』で、「子どもを授かれないことでの気持ちの変化」を伺ったところ、8割近くの方が、気持ちが沈み落ち込んでしまい、約6割が「つらくて涙することが多かった」と回答しています。さらに約4割が誰とも話したくない、会いたくない気分になり、あまり外出する気になれず、家にこもりがちになる人が、約4人に一人いることがわかりました。

なかには、頭痛や倦怠感といった体調面に影響がでるなど、症状は軽度から重度までありますが、「未産うつ」は子どもを望んでいた人なら誰もが陥る可能性があるものです。

近年、不妊に悩む人は増加傾向にあり、5.5組に1組の夫婦が不妊治療を経験しています。成功例ばかりでなく、授からなかった方も大勢います。その心理的なサポートの必要性を、活動を通じて切に感じています。思いを共有するだけでも気持ちが軽くなり、立ち直りも早くなるからです。

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意識調査でも、「思いや本音を誰にも話したことがない」がトップになっているように、長年もやもやした思いを抱えている人が多いのが実情です。マダネ プロジェクトの交流会では、「こうした感情をもっているのは自分ひとりではなかった」と、思いを分かち合うだけでも救われた気持ちになるとよく言われます。

〔肩身の狭さの要因〕

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また、彼女たちが共通して口にするのが「肩身の狭さ」です。意識調査では、81%の方が「子どもがいないことで肩身が狭いと感じたことがある」と回答しています。

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その背景として、「内的要因」と「外的要因」の2つの側面が考えられます。
内的要因とは主に、子どもを持てなかった挫折感や劣等感、親に孫を見せられない申し訳なさ、子どもがいないことのコンプレックスなど、自身の内なる思いによるものです。

なかでも昭和生まれの40代・50代は、結婚して母になるのが普通といった価値観で育ってきた方が多いため、「こんなはずではなかったのに…」と内圧を生んでしまい、現在進行形で悩まれている方も少なくありません。

一方、外的要因は、子どもを産み育てるべきという社会的プレッシャーや、子どもを持つのが幸せといった価値観の押し付け、子どもがいない人は気楽などの偏見から生じるものです。 

近年は少子化から、産み・育てることへの後押しが強まっています。そうした社会からの重圧や、いまだ根強く残る旧来の家族像などから自分を責めてしまう方もいますが、内的要因と外的要因の両方が緩むことで、子どものいない人生を前向きに捉えることができると考えています。

〔無子率の予測〕
当然、子どもを生み、育てやすい社会の実現は大前提としてあるべきですが、平成の約30年で生き方は大きく変わりました。女性の社会進出、経済不況、不安定な雇用形態、ライフスタイルや価値観の変化といった複数の要因が絡み合い、生き方が細分化していきました。

世代間でも子どもを持つことに対する意識の差が見られ、若い世代は子どもを持つことに不安を感じる割合が高くなってきています。そして今後、子どもがいない生涯を送る人は増えると予測されています。

「日本の将来推計人口」によると、子どものいない割合は、1955年生まれが12.6%、1970年生まれは28.2%。その後も増加傾向で、2000年生まれ以降は31.6%になると推測されています。

また「男女共同参画白書」によると、婚姻数が令和3年は51.4万件と戦後もっとも少なくなっています。比例して、50歳時未婚率は年々右肩上がりで伸びていることは、周知の事実かと思います。

〔まとめ〕
未婚化が進めば子どもがいない率は上がりますし、子どもがいない夫婦の割合をみても増加傾向にあります。これらのデータが示すように、これまでの「結婚して子どものいる家庭」といった伝統的な家族観は見直さなければなりません。

問題の背景には、家族の姿が変化しているにもかかわらず、人々の意識や様々な政策・制度が、依然として昭和時代のままとなっていることではないでしょうか。
もちろん少子化は国として懸念事項ではありますが、多様性の時代においては、自分と異なる相手の立場を理解しようと努めることが大切です。

子どもを望む人には産み・育てやすい国にしていくと同時に、子どもを持つことへの選択肢の一つとして、日本でも特別養子縁組・里親制度がもっと広がっていくこと。
そして、どんな選択をしても尊厳と誇りをもって、人生を送ることのできる社会の実現を願います。

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