重川希志依「改めて考える 地震対策」
2022年08月31日 (水)
常葉大学 教授 重川 希志依
東京都では、これまで繰り返し検討を行ってきた「首都直下地震等による東京の被害想定」を10年ぶりに見直し、その結果が今年5月に公表されました。この被害想定では、人的被害や建物被害、さらにライフラインや交通が影響を受けることによる波及被害を想定しています。この10年間で、建物の耐震化や都市の不燃化が進んだことなどで、死者はおよそ6150人と前回の想定より3割あまり少なくなりました。しかし、被害が減少したからと言って、安心して良いのでしょうか。
大正12年9月1日に発生した関東大震災から、来年でちょうど100年を迎えます。改めて、地震多発国の日本で暮らす私たちにとって、忘れてはならない地震防災の知識を今一度考えてみたいと思います。
首都直下地震などの被害想定を行うためには、被害の前提となる地震の条件を決めています。①どこで地震が起きるのか、すなわち震源の場所を決め、②どの程度の大きさの地震なのか、すなわち地震の規模を決め、③いつ地震が起きるのか、季節や時間帯を決めます。
したがってこの条件が異なれば、実際に発生する被害に大きな差が生まれることになります。残念ながら、現在の科学の力では、正確に地震を予知することはできません。いつ、どこで地震が起きても不思議ではないと言わざるを得ず、今年に入ってからだけでも国内で震度5弱以上の地震が10回以上も発生しています。自分自身もいつ被災してしまうか予想のつかない災害時には、すべての人が乗り越えなければならない三つのハードルが存在します。
一つ目のハードルは、何よりも大切な自分の命を守ること、二つ目のハードルは、命を守った後の生活を守ること、三つめのハードルは、災害から立ち直り新たな生活を再建することです。
本日は、地震災害から命を守り、その後の生活を守るために必要な対策を考えていきます。ではまず、一つ目の命を守る対策です。地震で命を失う主な原因は、地震の揺れによる建物などの破壊、津波、火災があり、これは国内外を問わず共通のものです。
地震の揺れで多数の犠牲者が出た地震として、福井地震や阪神・淡路大震災などがあげられます。また津波で多数の犠牲者が出た地震として、日本海中部地震や東日本大震災などがあげられます。火災で多数の犠牲者が出た地震として関東大震災や阪神・淡路大震災があげられます。地震災害からまず大切な命を守るためには、この三つの要因に対する対策をしっかりととっておくこと、すなわち建物の耐震化、津波からの早期避難、火災が起きたら初期消火に努めるなどを、私たち一人一人がしっかりと取り組んでいくことが最も大切なことです。
一方、命を脅かすほどの大規模地震でなくても、注意しなければならないことがあります。平成21年に起きた駿河湾地震では、静岡県内で最大震度6弱が観測され、静岡県内で1名の方が犠牲となり、約300名がけがをしました。
けがの主な原因は、落下物にあたる、転んだりぶつけたりした、ガラスで切ったというものです。その中には、慌てて飛び起きアキレス腱を断裂した、机の下にもぐろうとして骨折した、地震に驚き2階から飛び降り両足を骨折したなど、重傷者も少なくありません。
また地震時のけがとして注意をすべきものに火傷があります。過去の地震では、揺れている最中にコンロの火を止めようとして鍋に近づき大やけどをした、ストーブが倒れないように両手で抑えて大やけどをしたなどの、悲惨な例もあります。命は守れたとしても、大けがをしてしまえばその時点で要支援者となってしまうのです。震度5程度の地震であっても、慌てたり不注意によってけがをしてしまうことのないように、揺れがおさまるまでは絶対に動き回らず、その場で身をかがめて体を守ることが鉄則です。
次に、命を守ることができた人たちのその後の生活を守ることについて考えます。5月に公表された首都直下地震被害想定では、避難者は約300万人と想定されています。
避難生活には、自治体が指定する公的な避難所を利用する、血縁や知り合いを頼った縁故避難、ホテルや旅館で避難、アパートなどを借りた避難、そして在宅避難など様々な方法があります。特に新型コロナの流行後には、密となる避難所利用を避け、縁故避難や在宅避難、車中避難などを選ぶ人が増える傾向にあります。
在宅避難をする場合、マンションなどの共同住宅では居住者全員で力を合わせることがとても大切になってきます。地域安全学会では、東日本大震災時に、仙台市で被災したマンションに住む主婦の避難生活に関する論文が発表されています。
まず、地震後に指定された避難所に家族で避難したところ、帰宅困難者などが殺到しており避難所はすでに満杯。他の避難所に行っても、どこも一杯で入れなかった人たちがたくさんいたことが分かりました。また、津波で惨い被害を受けた避難者がいる中、家が大丈夫だった自分たちが避難所に入ることに大きなためらいを感じたそうです。このため在宅避難をすることになりましたが、仙台市には中高層のマンションも多く、地震後に起きた電気や水道などのライフライン停止による影響も受けました。水も出ず、エレベーターも動かないマンションで、住民の皆さんはどのような避難生活を送ったのでしょうか。まず、各自が自宅にある米、水、食料、鍋、コンロなどを持ち寄りロビーで共同調理を始めました。一人暮らしで食料の備蓄がなかった人には、炊き出しをして食事を分けました。太陽光パネルを設置しているお宅で、温かいお風呂を使わせてもらったり、マンション内だけではなく、町内会で様々な助け合いの工夫もなされていました。
また皆さんが異口同音におっしゃった「一番困ったこと」は、トイレの問題でした。戸建て住宅と違い、マンションなどでは土に穴を掘り一時的に埋めておくこともできません。わが家の水洗トイレが使用不能になることを現実問題としてとらえ、具体的な備えをしておくことは、食料の備蓄よりはるかに重要度が高いということを、改めて認識していただきたいと思います。
東京都では、約7割の方がマンションなどの共同住宅に居住しており、そのうち約2割の方は11階建て以上の高層住宅に住んでいます。隣近所の方たちと疎遠になりがちな共同住宅では、普段は何の問題も感じないで生活することができるでしょうが、ひとたび大規模な災害が発生すると、物質的な共助とともに、精神的な共助が非常に重要であることを、改めて強調したいと思います。