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和田一郎「児童虐待の対応強化に向けて」

獨協大学 教授 和田 一郎

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ことし6月、児童福祉法が改正されました。一部を除いて、再来年4月から施行されます。児童虐待相の増加など、子育てに困難を抱える世帯がこれまで以上に顕在化してきている状況等を踏まえ、子育て世代に対する包括的な支援のための体制強化等を行う目的です。

今回の改正法では、児童相談所が虐待を受けた子どもなどを保護者から引き離す「一時保護」の際に、親の同意がない場合には裁判所が必要性を判断する「司法審査」が導入されます。さらに、虐待など対応する児童福祉司を自治体が任用する際の要件として、新たに創設される認定資格制度などを念頭に十分な知識や技術を求めるとしています。
本日は大きな制度変更となった、『一時保護の司法審査』についてのお話を中心に、今後の児童虐待の対応強化に向けた解決策を考えたいと思います。

なぜ改正が必要だったのでしょうか。理由の一つは『司法関与の不備』です。

日本では、虐待などの子どもの課題について児童相談所に負担が集中していますが、海外では行政機関でも客観性を持たせるために、権限や機能などを分担しています。児童相談所に機能を集中させたことで、勤務している職員の負担はとても大きく、退職や療養休暇率は、非常に高くなっています。また、過酷な職場と考えられているため、福祉系の学部を卒業しても勤務希望者が少ないのも現状です。このようなことの解決のために、児童福祉法は改正されましたが、裁判所が「一時保護」の審査をするという点で3つの課題があります。

まず一つ目は、裁判所が子どもと保護者の意見を直接聴く手続きがないことです。児童相談所側の提出資料を中心に判断することになっています。子どもの権利条約9条2項は、一時保護時の司法審査の手続きで当事者が意見を述べる機会を保障していますし、分離するか否かは子や親の意見を聞いた後にすること、とされています。

二つ目は、子どもと保護者は司法の決定に不服申し立てできないことです。不服申し立てできるのは、児童相談所側のみとなります。子や保護者は行政訴訟などを行わなければなりません。このため、今後裁判所が直接話を聞くシステムを作っていく必要があると私は思います。

三つ目は、児童相談所の対応についてです。保護してから7日以内に児童相談所は裁判所に一時保護状という書類を提出することになっています。しかし、一時保護からたった7日以内で資料を集めるのは、捜査権もない児童相談所では難しく、既に懸念の声も聞こえています。また子どもの視点から考えると、緊急保護した子どもの解離やトラウマの影響のさなかに、法で想定される7日間で、それらを考慮して子どもから聞き取り、一時保護状を作るのは極めて難しいと言われています。そして一番現場の職員が危惧しているのは、司法が関与しても、児相にすべて責任を負わせるシステムになる可能性がある、ということです。裁判所が司法審査をもとに「一時保護は適切ではない」という判断がなされて児相が従い、子どもを家庭復帰させたところ、重大事故等が起こった場合が想定されます。このような場合、「児相側の調べが足りない」などと言われる可能性があります。あくまでも決定の主体は裁判所であり、資料が足りなければ裁判所が子どもや親に直接聞き取り、司法の権限を使って児童相談所が集められない資料を集めて決定することが必要です。

例えばフランスでは、子ども専門裁判官という子どもの意向を聞き取る司法のエキスパートがいて、警察も子ども専門裁判官の指示のもと調査をします。そのようなことができるため、フランスでは子どもの保護に24時間、72時間、2週間と3段階の制限があり、それまでに裁判をしなければならないのです。このスピード感は、法的権限に基づいた司法しかできません。また親と子を分離する措置については、特に子ども権利条約を順守しており、子どもが措置されている施設に、毎年子ども専門裁判官が来て、こどもや施設職員と何度も話し合ったりしてやり取りをします。

司法関与の意義は、裁判所が独立した第三者として双方の意見を聞いて公平中立に判断するからこそ、一時保護の適正性や手続の透明性が確保されるところにあるはずであり、子どもと保護者の手続き保障もなく、児童相談所の資料のみで判断するのは、条約の趣旨に反していると考えられます。

また、子どもの権利条約では、一時保護など重要な局面では、子どもの声を聴き、その意見表明を支援する、とされています。
しかし、今回の改正では、裁判所が子どもの声を直接聴かず、その代わりに「子どもアドボカシー」を導入してその声を聴こうとしています。子どもアドボカシーというのは、子どもの意見表明、代弁を目的とした、「意見表明支援」のことです。これにも様々な課題がありますが、最も大きな課題は、高い専門性を持たない人が支援員になって、高度の個人情報が集積する一時保護所や児童養護施設に入り、その後の処遇について影響を及ぼすことがありうるという点です。
今回の改正では、子どもの意見を聞く者(アドボケイト)の専門性が全く記載されていません。
アドボケイトで重要な
①表現できない、トラウマのある、傷ついた子どもの声を聴くこと、
②その声を聴いて代弁すること、これを行うには最高難度の技術が必要です。

他国では一時保護や措置で関わるアドボケイトには、弁護士や裁判官で数年の実績があり、200時間以上の研修を受けるなど高度な専門性があります。それを我が国では、国家が担保する弁護士や公認心理士、社会福祉士等の国家資格も必要なく、数十時間の研修を行えばよいとなっているのです。
中には高い専門性を持つ人も支援員になるとみられていますが、今後はどのように支援員の質を向上できるかを検討する必要があります。

このようにさまざまな課題のある法制度ですが、改正法の付帯決議 でその対応策が述べられています。

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まず、子どもの意見聴取等が適切に行われているかについては、評価及び効果検証を行うこととなりました。この効果というものは因果効果というもので、政策評価で数多くつかわれているものが初めて児童福祉に入ってきたのです。そして自治体間の意見聴取の違いも因果効果で分析するという画期的なものです。人材育成については、科学的な評価がなされているプログラムにより育成することと、十分な資質を持つ者を活用することとなされており、子どもの視点に基づいたKPI(重要業績評価指標)で表すこととなっています。

残念ながら国連に強く子どもの権利侵害と言われる司法関与がない不備については、今回の改正で十分な変革は起こらなかったと言わざるをえません。しかしながら子どもの声を聴くというのは、国際基準である科学的な評価が導入されようとしています。児童虐待には司法が主体となって関与するシステムへの制度変更こそが、世界共通の児童虐待の対策強化と言えます。付帯決議はあくまでも実行されるか不明ですが、国民の皆様にはこの付帯決議にぜひ注目していただきたいです。

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