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フランシス・フクヤマ「世界の民主主義はどこへいく フランシス・フクヤマ氏にきく」

政治学者 フランシス・フクヤマ

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(聞き手:河野憲治 解説委員長)
ロシアのウクライナ侵攻は、民主主義国家が主導的な役割を担ってきたポスト冷戦の世界秩序への挑戦となっています。
「歴史の終わり」の著者で、自由民主主義の優位を説いてきた歴史家のフランシス・フクヤマ氏が、今後の世界をどう見ているのか、聞きました。

河野)
プーチン大統領がやっていることは「歴史の終わり」への挑戦と考えますか。

フクヤマ)
戦争の結果がどうなるかにもよります。

プーチンがウクライナの主要な部分を制圧しウクライナを弱体化することができれば彼は権威主義的な政治体制が有効であることを証明できます

これは極めて悪い教訓になります

ロシアが勝利すれば世界中の権威主義国家が近隣諸国との関係でロシアを手本とするでしょう

その一方でウクライナがロシアを止めることができ、2月24日以降に占領された領土からロシアを追い出すことができれば、民主主義が武力侵攻へ抵抗するだけの道徳的な力があることを証明できます

今回の戦争で世界の民主主義諸国は素晴らしい結束を示していると思います

これはNATOに限ったことではありません

日本韓国をはじめとする世界の民主主義国家も含まれます

素晴らしい連帯を示しています

戦争の結末が良ければ民主的な共同体という意識が強化され、そうなることは世界にとって極めて重要なことです。

河野)
我々はまだ かつての冷戦時代にいるのでしょうか
それとも新しい冷戦時代の始まりなのでしょうか

フクヤマ)
今は移行期だと思います。

冷戦後の時代はアメリカの権力に支配された時代だったと思います

しかし2008年の金融危機以降情勢が変わり世界中の民主主義諸国の連帯が弱まったとも言えるでしょう

アメリカが現在直面している最も深刻な脅威の一つは国内にあります

アメリカの社会が二極化されているからです。

青い州と赤い州、つまりリベラルと保守の根本的な分断でアメリカ政府が一貫した政策を打ち出すのは非常に難しい状況です

この状況が続く限りアメリカは国際社会における役割を果たせません

もしドナルド・トランプが2020年に再選を果たしていれば、アメリカをNATOから脱退させていたでしょう

その結果 世界のパワーバランスは完全に崩れていたでしょう。

2024年にトランプが返り咲いて同じような行動に出る可能性もあります

これこそが我々が直面している最も大きな不安定化要因だと思います

河野)
アメリカ民主主義の問題が世界に広がり民主主義の影響力に陰りが出てくると思いますか

フクヤマ)
もちろんです。

アメリカ外交における最も有効な手段は自国そのものを模範にすることだと思います

アメリカは民主主義諸国のリーダーであり政治のシステム 経済のシステムも成功しているように見えました

しかしこの認識はすでに薄れているため他国の民主主義へのコミットメントは弱まるでしょう

他にも重要な要因があります

アメリカの軍事力は旧ソ連や中国などの侵略を抑止するために重要でした

日米安全保障条約などは過去70年の東アジアの安定に不可欠な要素だったと思います

アメリカがこうした確約を取り下げれば非常に悪い方向へ向かうでしょう

河野)
先ほど権威主義の台頭について触れられました
世界では何が起きているのでしょうか

フクヤマ)
政治体制には流行りがあり、ある種の自然な揺り戻しがあると思います

1970年代から2000年代初頭にかけて民主主義国家の数は急増しました

その要因は中国やソ連の失敗であり、社会主義が経済のシステムとして機能しないと認識されたからです

その後振り子は逆の方向に動きました。

近年アメリカや他の民主主義国家による失敗が目立っています。

イラク侵攻のような外交政策の失敗、金融危機、格差の拡大などです

アメリカの政治体制は時代遅れで未来を担うのは自分たちだと中国とロシアは主張します

これは正しい見方ではない。
振り子は再び逆の方向に振れると私は考えています

権威主義による意思決定が惨事につながることを示したウクライナの戦争は教訓になっていると感じます

その意思決定で何万人もの命が奪われ無意味な破壊がなされ、人々の自由と生活を完全に奪っています

河野)
今後の中国の力はどうなるか
中国の世界での影響力はどうなると考えますか

フクヤマ)
今後中国はハードとソフトの両面で影響力を行使します

ハードパワーでは中国は「一帯一路」構想を主要な外交政策の土台として活用してきました

多くの発展途上国を友好国にして影響を与えるという点が非常に効果的でした

また中国にもアメリカ同様ソフトパワーがあり成功しているように見えるため、それをまねしようとする国が出てきています

しかし問題は、中国の力がどこまで持続可能かという点です

深刻な弱点を抱えているかもしれません

不動産市場は冷え込み過剰債務になっています

中国では権力へのチェック機能がないため指導者が重大な間違いを犯す危険があります

今まさに新型コロナ対策で間違いを犯していると思います
行方を見守る必要があります

中国が今後も成長を続けて勢力を拡大していくとは限りません。

権威主義が重大な問題を引き起こす可能性があります。

河野)
世界の自由民主主義にとって中国は脅威となると思いますか?

フクヤマ)
すでに脅威となっています。

1997年にイギリスが香港を返還する条件として中国は香港の政治体制を維持すると約束しました

ところが新型コロナ拡大の最中にこの公約を破りました

今まで自由だった社会に中国の独裁体制を押し付けているのです

香港の民主化を求める運動家らも逮捕され大勢の人々が国外へ逃れています

脅威はすでに現実のものとなっています

中国は台湾でも同様のことをしたいのです
あとは時間の問題なのです

河野)
フクヤマ氏の自由民主主義に対する信念は変わっていないようでした。

ただ世界では権威主義的な傾向も強まっています。
アメリカでトランプ支持につながるポピュリズムの拡大など、民主主義の揺らぎをそのままにしておくと、世界の民主主義陣営の行方が危ういものになりかねない。
フクヤマ氏が抱く危機感が強く印象に残りました。

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