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中北浩爾「参院選と日本政治の課題」

一橋大学 教授 中北 浩爾 

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 7月10日に実施された参議院選挙では、自民党が63議席と、改選定数の過半数を獲得しました。公明党は13議席、与党は非改選を合わせた総定数の6割弱を占めることになりました。昨年の衆院選に続き、参院選に勝利したことで、岸田内閣は安定政権としての基盤を固めることに成功したと言えます。この参院選の結果を手がかりとして、日本政治の課題を探っていきたいと思います。

岸田内閣は参院選の勝利によって、しばらく大型の国政選挙がない「黄金の3年」を手に入れたと評されています。

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 しかし、今回の参院選のうち、比例代表選挙についてみると、自民党も公明党も、前々回の2016年、前回の2019年と比べて、議席数でも得票数でも若干ながら後退しました。今回の参院選での与党の圧勝は、選挙協力を十分にできなかった野党が、選挙区選挙、とりわけ一人区で4勝28敗と、惨敗した結果と言えます。したがって、岸田内閣は謙虚な姿勢で政権運営にあたる必要があるでしょう。
 現在、日本が直面する政治課題は山積しています。短期的には、第7波に入った新型コロナ対策の強化、生活必需品をはじめとする物価高への対処が課題です。また、中長期的な課題としては、賃上げ、とりわけ最低賃金の引上げや人への投資、デジタル、グリーンといった方向での日本経済の成長戦略、さらには深刻さを増している少子化への対策などが挙げられます。
なかでも国論を二分しそうなのが、防衛力の整備や憲法改正です。自民党を率いる岸田総理には、国全体のリーダーとして「聴く力」を発揮し、国民的なコンセンサスの形成に努めていただきたいと思います。公明党についても、与党内のバランサーとしての役割を発揮することが求められます。

与党に比べて深刻なのは、野党です。

この参院選で、立憲民主党は、選挙区選挙や改選議席全体では野党第一党の座を守りました。しかし、比例代表選挙では、立憲民主党が7議席、日本維新の会が8議席と、逆転しました。ところが、日本維新の会は、選挙区選挙をみると、京都や東京で敗退し、議席を減らしました。依然として「大阪の政党」という限界を乗り越えられなかったということができるでしょう。
 このように野党はバラバラで、しかも勢いがありません。野党の足並みの乱れを象徴したのは、政府が提出した予算案に賛成し、「新しい野党」を標榜した国民民主党です。国民民主党は参院選で議席を減らしたので、この路線も有権者の支持を集めたとは言いがたいところです。
 思い返せば、1994年以降、積み重ねられてきた政治改革は、「政権交代可能な民主主義」を目指すものでした。小選挙区制が二党制を生み出すという法則は、政治学ではデュベルジェの法則と呼ばれます。これを元に、イギリスをモデルとして、衆議院に小選挙区制を中心とする選挙制度が導入され、今日に至ります。
政治改革は、それだけではありません。二大政党あるいは2つのブロック間の政権交代の可能性を前提として、首相の権限が制度的に強められてきました。こうしたなかで、野党が著しく弱体化してしまうと、首相の権力行使への制約がなくなり、様々な弊害が生じかねません。官僚の「萎縮」や「忖度」などという指摘が、その例です。
 現在の政治制度を前提とするならば、野党が与党に対抗するブロックを作り、政権交代を目指していく必要があります。参院選後の野党の最大の課題は、元々同じ政党であった立憲民主党と国民民主党をはじめとして結集を進め、さらに有権者にアピールする政策を練り上げていくことです。こうした野党の立ち直りが、政治に緊張感をもたらし、政策のイノベーションを生み出す源泉になります。
 もし野党が分裂状態を脱却できないのであれば、衆議院の小選挙区制などを見直していく必要があります。小選挙区制は最大政党に過大な議席を与える制度です。野党が多弱のままだと、かえって政治から緊張感を奪ってしまいます。1994年の政治改革から、やがて30年になりますが、新たな方向性での政治改革を考えるべき地点に差し掛かっている、と言えるかもしれません。

 今回の参院選は、さらに二つの課題を浮き彫りにしたということができます。

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一つは投票率です。今回は52.05パーセントで、戦後2回目の50パーセント割れをした前回の48.80パーセントから3.25ポイント上昇しました。しかし、過去4番目の低さであり、依然として下降トレンドのなかにあるとみて間違いないと思います。
 その一つの背景には、有権者を動員する機能を持つ各種団体の弱体化があります。今回の参院選でも、団体が擁立した候補者の得票数は、多くが前回に比べて減少しました。特に立憲民主党と国民民主党から出た労働組合の組織内候補は、事実上、全てが票を減らしました。唯一、自治労の候補者の得票が増えましたが、社民党への支持を止め、立憲民主党に集約した結果にすぎません。また、自民党の友好団体も、全国郵便局長会や農協の候補者が前回より得票を減らし、防衛関係や遺族会の候補者は落選しました。こうした傾向は、今後も続いていくと思われます。
 そもそも選挙権の行使は、権利であると同時に、国を支える公務としての側面を持ちます。憲法で定められている「勤労」のように、権利であり、かつ義務でもあるといえるかもしれません。当面は主権者教育の推進によって投票率を高めていくことが望ましいと思いますが、5割程度で投票率が低迷している現状を踏まえると、義務投票制の導入も検討しなければならない状況に入りつつあると思います。

 もう一つの課題は、女性議員の人数です。

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今回の参院選で、女性候補は181人、33.2パーセント、当選者は35人、28.0パーセント、いずれも前回の2019年と比べて5ポイント以上、上昇し、過去最高でした。女性が人口の半分を占めることを考えると、まだまだ低いのですが、各政党に男女の候補者数を「均等」にするよう努力義務を課す「候補者男女均等法」が2018年に制定され、その効果が徐々に表れてきたといえそうです。

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 女性候補の擁立に積極的だったのは、野党です。なかでも立憲民主党は、候補者の過半数を女性とし、当選者でも女性が52.9パーセントでした。日本共産党も、候補者と当選者の半数が女性です。しかし、両党とも議席を減らしたため、全体に与えるインパクトが乏しくなってしまいました。
 それに対して与党は、自民党が候補者で23.2パーセント、当選者で20.6パーセント、公明党が候補者で20.8パーセント、当選者で15.4パーセントでした。確かに、与党は現職の候補者が多く、新たに女性候補を擁立する上で不利です。しかし、岸田総裁の肝いりによって今年の5月に制定された自民党のガバナンス・コードは、候補者男女均等法にも触れながら、「政治分野における女性活躍の更なる進展を最優先の政治課題と位置づけ、これに全力で取り組む」と謳っています。自民党は今後、本腰を入れて、この方針を実行に移していかなければなりません。公明党にも、一層の努力が求められます。

 参院選は与党の勝利という予想通りの結果に終わりました。しかし、いくつもの重要な課題を日本政治に残しました。よりよい政治の実現を目指して、積極的な取り組みを期待したいと思います。
 

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