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田中輝美「関係人口による地域再生」

島根県立大学准教授 田中 輝美

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日本社会はすでに恒常的な人口減少に直面しています。人口が減っても、人口が少なくても、幸せに暮らしていける地域社会をどうつくっていくのか。
ヒントになる考え方の一つが「関係人口」です。
 これまで地域における人口といえば、短期的に訪れる観光客のような「交流人口」か、長期的に暮らす「定住人口」でした。関係人口は、交流人口より関わるものの定住はしない、つまり「交流以上、定住未満」の存在で、「地域に継続的に関わるよそ者」と考えてもらっても良いと思います。交流人口でもなく定住人口でもない第三の人口として、政府も推進するなど注目が高まっています。
きょうは、関係人口が人口減少時代の地域再生にどのような役割を果たすのかについてお話しします。

1960年代以降、地方の一部地域においては、過疎化と言われるように段階的に人口の
減少を経験してきました。政府や地方自治体も地域再生に向けた対策を取り続けてきましたが、基本的に失敗だったと指摘されています。なぜでしょうか。

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人口減少に伴ってさまざまな課題が顕在化する中、繰り返し報告されてきたのは、住民の「心の過疎化」でした。
「何をやっても無駄じゃないか」「ここには何にもない」といったあきらめにも似た声を地域で聞いたことはないでしょうか。こうした「心の過疎化」の結果、解決に立ち向かう地域再生の担い手が生まれない。このことが最大の壁だったのです。
 これまでの地域社会は、課題が顕在化しても解決に立ち向かう担い手が生まれず、悪化していったという「負の循環」が起きていたと考えられます。これを「地域衰退サイクル」とまとめます。

ではこうした地域がどのように再生に向かうのでしょうか。
関係人口とともに地域を再生させた島根県西部の江津市の事例を見たいと思います。
「東京から一番遠いまち」。これが江津市のキャッチコピーです。
東京を起点にJRで移動した場合に「東京から一番遠い(移動時間が長い)市」として高校教科書で紹介されたことがあったからです。

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 人口は1947年の47,057人をピークに1950年以降減少し、2020年の国勢調査では22,959人。ある意味、典型的な過疎のまちと言えます。
日本三大瓦のひとつ石州瓦の産地で、市内を流れる江の川の水を生かした製糸工場やパルプ工場などの誘致企業が立地し、県内有数の「工都」と呼ばれていました。
 しかし、和瓦の需要低迷で石州瓦の出荷は減少傾向にあり、2007年以降、大手企業が倒産したほか、誘致企業も撤退し、約400人もの雇用が失われました。市の中心部にあるJR江津駅前にも、多くの空き店舗が生まれていました。

 2010年、市は地域課題を解決する人材を誘致するビジネスプランコンテストの開催を発案しました。1社で100人の雇用を目指すのではなく、10人を雇用する10人の起業家がいれば同じ100人の雇用になる。企業の誘致から起業家の誘致へと舵を切ったのです。

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 コンテストを継続するためのNPO法人の設立を決め、スタッフを初回コンテストで募集しました。そこで応募してきたのが同じ島根県内の安来市にいた田中理恵さん。
「帰ってこれる島根をつくろう」というキャッチコピーを掲げて大賞を受賞し、江津市に移住してNPO法人てごねっと石見を立ち上げました。その後、江津市を離れましたが、引き続き関わり続けており、江津市にとって関係人口の一人だということができます。

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 田中さんが「江津のため」と一生懸命に動く姿を見て心動かされたのが、地域住民の一人、藤田貴子さんです。「地元に住む私たちも何かしたい」と、「手つなぎ市」というイベントの開催や駅前にコミュニティバーを開店させました。海外で空間デザインを手掛けていた弟に「まちが変わろうとしているから早く帰ってきて」と声を掛け、その弟が第3回のコンテストで受賞。紹介した空き店舗が次々とリノベーションされ、駅前のエリアが再生されていきました。

コンテストを経て起業したのは2021年度末で26件、市の2018年の調査では、起業後の売上高は計3億5千万円、雇用者数は39人となりました。移住者だけではなく住民が出店したりイベントを開催したりする動きも起こるようになり、使える可能性のある空き店舗がすべて埋まりました。

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 2013年、田中理恵さんは次のステージに進むため別の地域に引っ越しましたが、現在もNPO法人の理事を務めるなど変わらず江津市に関わり続けています。
藤田さんは、田中さんのようなよそ者のおかげで「自分たちが変わった。やったらできると分かった。サービスを受ける側ではなく、自ら企画し、主体的に担う人をつくることが大事」と話します。
 田中さんは、江津市の定住人口にならなかったから意味がなかった、ということではありません。関係人口として関わったことで、住民の一人である藤田さんが「地元に住む私たちも何かしたい」と動くようになり、藤田さんが次々と仲間を増やして「人が人を呼ぶ」好循環ができていきました。

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江津市の人口は減り続けていますが、課題の解決に立ち向かう担い手は増えたのです。これは、「心の過疎化」や担い手の不在が繰り返し報告されてきたことを踏まえると、大きな変化だと考えられます。
一連の流れを「地域衰退サイクル」と比較すると、顕在化した課題に対し、関係人口が解決に立ち向かう担い手となって動き出し、続いて地域住民も動き出すようになる。そしてその両者によって創発的に課題が解決されていく、というサイクルが生まれています。これを「地域再生サイクル」とまとめます。

最後に、人口減少社会における地域再生の方向性を考えたいと思います。
全国の自治体は定住人口を増やそうと移住政策に力を入れています。しかし、全体のパイが減る中で移住者を奪い合うことは、どこかの自治体は増えてもどこかの自治体は減るという「ゼロサム問題」が発生する懸念が提起されています。

 それに対し、複数の関係地域を選べる関係人口は、自治体間で奪い合うのではなく逆にシェア(共有)する考え方で、より人口減少社会に適していると言えます。ただ、その上で注意しなくてはならないのは、関係人口も数を増やすという量的な議論に回収されがちなことです。むしろ関係人口の数は少なくていい、つまり、量ではなく、住民と協働する仲間になるという関係の質こそが重要です。
 
あらためて地域再生の主役はやはり、その地域に暮らす住民であり、住民が地域再生の担い手として課題解決に立ち向かう姿勢があれば、仮に最初に関わった関係人口が離れても、別の関係人口や地域住民と新たに関係を結び、地域課題を解決することは可能になります。
 
課題の解決に立ち向かう担い手が育ち、そして課題が解決され続ける、これにより地域住民や暮らしに質的な変化が生まれるという側面に着目することが必要です。人口増加を基調としてきた日本社会が人口減少の局面を迎え、量ではなく質への着眼と評価という大きな転換を求められていると言い換えることもできます。
地域住民の数が減り、そして質的にも「心の過疎化」が指摘される中で、関係人口をはじめとするよそ者と協働していくことが、人口減少時代における地域再生の一つの方向性ではないでしょうか。

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