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東大作「国連の和平調停とウクライナ戦争の出口」 

上智大学教授 東 大作

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ロシアによるウクライナ侵攻が始まり、国連の存在意義が問われています。
このような一方的侵攻を、どうして国連が止めることができなかったのかという素朴な疑問は、多くの人が持っていると思います。今日は、国連が戦争を未然に防止したり、収束させる役割とその限界について考察し、ウクライナ戦争をどう終結させるのか考えてみたいと思います。

 国際連合、いわゆる国連は第二次世界大戦が終わった1945年に発足しました。その制度設計には、第一次世界大戦の後に作られた国際連盟が、第二次世界大戦の勃発を止めることができなかったという反省が強く影響しました。国連の安全保障理事会の常任安保理事国5か国になった米国、イギリス、フランス、中国、当時のソ連に、いわゆる拒否権が付与されたのも、こうした大国が反対する決議を通すことで、大国同士が真二つに分かれ、再び大戦に突入することは防ぎたいという考えが根底にありました。

その意味で、超大国が戦争を始める時、それを国連が防止することは、かなり難しいことは当初から想定されていた面があります。
この拒否権の存在もあり、東西冷戦が始まったあと国連の安全保障に関する役割は限られたものになりました。実際、1965年に始まった米国のベトナムへの軍事介入や、1979年のソ連のアフガニスタンへの侵攻なども、事前に国連安全保障理事会に支持を求めることすらありませんでした。冷戦期、国連は世界中の国が集まり、様々な条約や国際ルールなどを作る場という性格が強くなりました。他方で、難民高等弁務官事務所(UNHCR)や世界食糧計画(WFP)など、多くの国連機関が作られ、人道や環境分野で大きな役割を果たすようになりました。

この状況が大きく変わったのは冷戦が終わった時です。国連安保理の常任理事国5か国が、紛争後の持続的な平和作りに向けて一致し、決議を採択できるようになりました。
特に、紛争が起きた国や地域において和平合意が結ばれた後、持続的な平和を作るために国連安保理が国連PKOなどを派遣し、新たな国づくりを応援する、いわゆる平和構築活動が1990年代から活発になりました。カンボジア、東ティモール、シエラレオネ、リベリア、コートジボアールなど、内戦が起きた国に国連PKOミッションが派遣され、治安維持をしながら、選挙の実施や新憲法の策定など、新たな国づくりを支援し、一定レベルの安定を築いた後、国連PKOを撤収させ、その後も平和が続いている国は数多くあります。
その意味で、国連を利用した紛争後の平和構築は、一定の成果を収めてきました。

他方、冷戦後も、国連が軍事紛争を未然に防止することや、戦争が始まった後、外交的な仲介などで終結させるために果たせる役割は非常に限定的です。

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紛争防止については、実際に戦闘が始まる前に、紛争当事者が国連事務局から仲介されるのを多くの場合敬遠する傾向があります。また戦争が始まったあとの和平調停については、紛争当事者を支援しているグローバルな大国や、周辺諸国が本気になって戦争を止めようとし、双方の紛争当事者に説得を行い、停戦や和平合意、その後の復興などについて道筋をつけなければ、なかなか話がまとまらない現実があります。それは、国連スタッフに和平調停の能力がないというよりも、紛争当事者を直接、軍事的にも財政的にも支援している大国や周辺諸国でないと、なかなかその説得に紛争当事者が耳を傾けないという現実があるからです。
実際、断続的に大統領側と副大統領側の軍事衝突が続いてきた南スーダンでは、2017年末から東アフリカの地域機構が戦闘終結に向けて仲介を始め、最後は、キール大統領を支援してきたウガンダと、マチャール副大統領を支援してきたスーダンが一緒になって双方の紛争当事者を説得し、2018年9月に和平合意を実現しました。その和平合意の実施は今も続けられており、2年前に国民和解暫定政権も発足し、停戦も維持されており、希望も見え始めています。

日本はこの仲介をずっと財政的にも支援してきました。

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またインフラ支援も続け、先月、ナイル川にかかる新たな橋が完成し、式典ではキール大統領が「日本への感謝を南スーダン人は絶対に忘れない」と強調しました。

このように戦争が始まった後、それを終結させるための和平調停については、影響力を持つ大国や周辺国が主体的な役割を果たす必要があります。特に今回のロシアのウクライナ侵攻のように常任理事国の一か国が侵攻を行っている場合、その調停に向けて国連ができることはかなり限界があります。
むしろ国連が果たしている大きな役割は、ウクライナ国内で戦禍に苦しむ一般市民に対する人道支援です。戦争が始まって以来、国連は760万人ものウクライナの人々に対する支援を続け、その命を繋ぐ懸命の活動を続けています。こうした支援は国連機関でないとできない面があり、その意義は認識されるべきだと考えます。

 また国連は、3月2日の国連総会で、ロシアの侵攻を非難し、ロシア軍のウクライナからの即時撤退を求める決議を、193か国中、141か国が賛成し採択しました。反対する国は、ロシアに加え、ベラルーシ、北朝鮮、シリア、エリトリアの5か国だけでした。総会決議に法的拘束力はありませんが、この決議は、国際社会の圧倒的多数がロシア軍の撤退を求めていることを具体的に示しており、これも国連が果たす機能の一つといえます。

では、この戦争の終結に向けてどうすればよいのでしょうか?既に述べたよう国連の和平調停については限界があります。西側諸国はウクライナ軍への軍事支援と、ロシアに対する包括的な経済制裁で対抗しています。ただ現在の課題は、ロシアが何をしたら制裁を解除するのか、その方針が明確でないことです。
私は、上の国連総会でも決議されたよう、ロシア軍がウクライナから撤退することを、世界全体の共通目標にできると思います。

第二次世界大戦以降、大国が小国に侵攻した時、その多くは、大国がその軍を撤退させて戦争が終結しました。米国のベトナムへの軍事介入、ソ連のアフガン侵攻、その後の米国のアフガンへの軍事介入とその後の戦闘も、全て、大国が軍を撤収させることで終結しています。「自分たちの国の運命は自分たちで決める」という民族自決の考え方が浸透した現代において、大国が傀儡的な、もしくは親和的な政権を維持することは難しい現実があります。

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 ウクライナのゼレンスキー大統領は、5月「2月24日にロシアが侵略を始める前のラインまでロシア軍を押し戻せばウクライナの勝利だ」と主張しました。このラインであれば、国連総会決議に圧倒的な数の国が賛成したように、多くの国が賛同できると思います。まずは2月24日の前までロシア軍が撤退することを世界の共通目標にし、制裁を維持・強化しつつ、ロシアに対して、世界全体で働きかけていくことが最善の策と私は考えています。

そのためにも、この戦争をバイデン大統領が主張するような「民主主義と専制主義」の戦いという図式にするのではなく、「国家主権の尊重という、最低限の国際ルールを守る国 対 守らない国」という図式に持っていくことが大事だと思います。残念ながら世界のまだ55%は非民主主義的な国と言われています。でもそんな国でも、戦後このような一方的な侵攻はほとんど行っていません。

ロシア軍のウクライナからの撤退を求めることは、総会決議が示したよう、体制を問わず多くの国が賛同しています。

ロシア軍が撤退すれば制裁の多くを解除することも「てこ」にしつつ、まずはウクライナから撤退するよう、まだロシア産の石油やガスを買っているインドや中国も含め世界全体でプーチン大統領に働きかけていく状況を作っていくことが、この戦争を終結させるためには重要だと私は考えています。

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