NHK 解説委員室

これまでの解説記事

勝川俊雄「日本漁業再生のために」

東京海洋大学准教授 勝川 俊雄

s220621_008.jpg

日本は2018年に70年ぶりに漁業法を改正し、漁業のあり方を大きく変えようとしています。我々の食卓にも関係があるテーマですので、なぜ変化が必要なのか。どのような変化を起こすつもりなのかを解説します。

s220621_002.png

こちらの図は日本の漁獲量をしめしたものです。1980年代にピークを迎えた後、減少に転じて、現在も直線的に減少しています。
過去20年間の減少傾向を伸ばしていくと2050年にはゼロになります。実際に全ての漁業が消滅することは無いと思いますが、すごい勢いで衰退しているのです。

漁獲が減少している原因は、日本の漁業者が、魚をとりすぎて、資源が少なくなったからです。「漁獲量が減ったのは、漁業者が減ったからで、魚は減ってない」と考える人もいるかもしれません。漁業者が減って、魚を獲り切れないなら、海には魚があふれているはずですが、日本全国どこの漁師も、魚がいないと口を揃えます。国の研究機関の調査でも、資源状態が悪い魚種が多いことがわかっています。漁業者や漁船も減っているのですが、それ以上に、水産資源が減っているのです。
改正前の漁業法では、水産資源の獲りすぎを防ぐことができませんでした。この法律が成立したのは太平洋戦争が終わって間もない1949年です。当時は食べ物が不足していたので、できるだけ多くの動物性タンパク質を、海から取ってくることが求められました。漁業法は、「みんなで協力して魚をたくさん獲りましょう」という法律であり、持続可能性は殆ど考慮されていませんでした。

お腹を空かせた国民に食糧を供給するために、日本の漁船は世界中の海に広がっていきました。当時は、他国の沿岸で、自由に魚を獲る事ができました。漁業が盛んでない国には、豊富な水産資源がありました。日本は、漁船の大型化を進めて、他国の沿岸資源を積極的に開発しました。

s220621_003.png

こちらが昭和50年の我が国の主要漁場です。当時の日本は、漁獲量が世界で一番多い、漁業大国だったのです。
日本にとっては良い時代だったのですが、大型漁船を送り込まれる沿岸国の漁業者にしてみたら、溜まったものでは無かったでしょう。途上国を中心に沿岸国の権利拡大を求める声が高まりました。国連で議論した結果、200海里の排他的経済水域が認められることになりました。これにより沿岸国の権利が大幅に拡大しました。

s220621_004.png

日本を例に見てみましょう。国連海洋法条約ができる前は、日本の主権が認められていたのは図のクリーム色で示した領海だけでした。その外側は公海(こうかい)と呼ばれ、どこの国でも自由に利用できたのです。

s220621_005.png

200海里の排他的経済水域が認められたことで、日本の主権がおよぶエリアが、図の白の領域に拡大されました。他国との距離が短いところは、国と国の間の中間線が排他的経済水域の境界となります。
1990年代以降、日本漁業の競争力が低下し、周辺国との力関係が逆転しています。もし、排他的経済水域がなければ、日本の沿岸近くまで、他国の漁船が押し寄せていたでしょう。日本の漁業は排他的経済水域によって守られているのです。
国連海洋法条約では、沿岸国の権利ばかりで無く、義務についても規定をしています。魚を減らしすぎると、十分な産卵量を確保できず、生産力が低下します。このような状態を避けるために、魚の量が適正水準を下回った場合には、速やかに漁獲量を制限して、資源を回復させることが、沿岸国に義務づけられているのです。
日本は1977年に排他的経済水域を設定しました。本来なら、その時点で法改正をして、漁獲規制を導入すべきでしたが、権利を主張したのみで、管理義務はなおざりにしてきました。

排他的経済水域を設定してから41年後の2018年に、ようやく漁業法が改正されました。改正漁業法は、政府が責任を持って、国連海洋法条約の沿岸国の義務を果たす内容になっています。漁獲規制を強化して、持続可能な水産資源の利用を目指しているのです。
令和4年3月に閣議決定された水産基本計画では、第⼀の柱として⽔産資源管理の着実な実施が謳われています。
国の目指す方向は妥当なのですが、多くの人が生活をしていて、沿岸地域の基幹産業である水産業の方向転換をするのは容易ではありません。残念ながら、漁獲規制の強化について、漁業の現場の理解が十分に得られていません。多くの漁業者は漁獲規制の強化に反対しています。反対の理由は、「科学が信用できない」、「自主規制で十分である」、「漁業経営が成り立たない」など様々です。もちろん科学に限界があるのは事実ですが、だからといって、無視して良いことにはなりません。自主規制は、上手くいっていないケースが多いし、漁業経営が成り立たたないのは漁獲規制が不十分だからです。

s220621_006.png

日本の漁業はこの図のような状態です。非持続的な漁獲によって、青い線で示したように資源量が減少しています。結果として赤い線で示した漁獲量も減少します。これではいつまでたっても資源量も漁獲量も減り続ける一方です。

s220621_007.png

この悪循環を止めるには、この図のように、資源が回復できる水準まで、漁獲量を削減する必要があります。漁獲規制によって一時的に漁獲量は下がるのですが、資源量の回復と共に徐々に漁獲も増加していき、将来的には点線で示した現状維持シナリオを逆転し、時間の経過と共にその差は広がっていきます。
このように長期的に見れば、漁獲規制をした方が、漁獲量が増えるのですが、短期的に見れば獲れる魚を獲らずに我慢することが要求されます。ただでさえ、燃油が高騰して、漁業経営が厳しいのに、収入が減ることを受け入れるのは漁業者にとって困難です。長期的な会社の経営のために、給料をしばらく半分にすると言われて、納得できる人がどれだけいるでしょうか。
国としてやるべき事と、漁業者が受け入れられることの間には大きなギャップがあります。これをどのように埋めていくのかが、現在の重要な課題です。
 政策的に漁獲量を減らすことは、生産者にも、消費者にも、痛みを伴います。だからといって、非持続的な漁獲を続ける事はできません。

水産資源の持続可能性は、食糧安全保障に直結する問題です。ロシアによるウクライナ侵攻などもあり、国際的な水産マーケットの先行きは不透明です。円安が進行している中で、水産物の需要が世界的に高まっていることから、水産物の輸入価格は高騰しています。問題をこれ以上先送りする猶予はないのです。
今、日本の漁業は岐路に立っています。改正漁業法を遵守して、漁業を持続可能で生産的な産業にかえていくのか。それとも、問題の先送りを続けて、自滅の道を歩むのか。
太平洋クロマグロは資源が悪化したことから、国際機関のイニシアチブで、2015年に漁獲規制が導入されました。一時は産卵場で群れを見つけるのが困難なほど減少していたのですが、急速に回復し、日本沿岸各地で産卵群が多数確認されるようになりました。漁獲されるマグロのサイズもどんどん大きくなっています。数年間、我慢をすれば、日本の水産資源は大幅に回復するはずです。漁獲規制は痛みを伴いますが、これからも日本の魚を食べ続けるために、必要なプロセスです。国民の皆様には、漁業の改革にご理解とご協力をおねがいします。

こちらもオススメ!