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コロナ禍の困窮と孤立が問うもの

コミュティソーシャルワーカー 勝部 麗子

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コロナ禍が続く今、私たちの職場には、「電気やガスが止められてしまった上に、食べるものがない」という人たちや「家賃が支払えず家を失いそうになっている」人たちなどが、次々に相談に訪れています。町には収入が途絶え、明日の見通しすら立たない人たちが増え続けています。
そこで今日は、社会福祉協議会の現場から、今、地域で何が起きているのか、お話したいと思います。

私たちの暮らす豊中市は、大阪市の北部に面した人口40万人のベットタウンです。
27年前の阪神・淡路大震災の後、孤独死が相次いだことをきっかけに、豊中では、高齢者の見守りなどのボランティア活動が活発に展開されてきました。この活動を地域住民とともに進めてきたのが私たちコミュニティソーシャルワーカーです。コミュニティソーシャルワーカーは、地域の課題を、住民と共に発見し、行政の関係機関と連携して解決していく社会福祉の専門職です。私たちは、孤独死を始め、ゴミ屋敷、引きこもり、8050問題、ヤングケアラー、そして子ども貧困などの様々な課題に取り組んできました。

2年前の1月、新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、4月には、緊急事態宣言が出されました。
私たち社会福祉協議会は、コロナの影響で収入が減少した人に対する国の緊急小口資金や総合福祉資金などの貸付を行う窓口となりました。

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窓口には、飲食関係を始め、タクシー、ホテル、旅行、インバウンド関係、建設業など様々な職業の方々が大勢詰めかけました。さらにパートなどで働く女性や外国人の姿も目立ちました。全国で、あわせて315万件もの貸し付けが行われました。

貸付だけでは生活再建が難しい人には、生活保護の制度を紹介しますが、多くの人が拒否されます。その原因の一つは、家族や親戚に扶養できるかどうかの問い合わせがいく「扶養照会」への不安です。そして、もう一つの理由は、持ち家や自家用車、生命保険などの財産を整理し、身ぐるみをはがされないと生活保護が受けられないのではないかという苦悩。さらに最も大きいのが、生活保護に対するバッシングの影響でした。これらについては国も一定の緩和策を出していますが、制度を利用する住民の不安は取り除かれていません。生活保護は、本来最後のセーフティーネットとして機能するはずの制度です。それに対して、多くの人たちが、「生活保護だけは、絶対に受けたくない!」と拒否する現実があります。今求められているのは、だれもが生活に困窮したら、すぐに入れて、生活再建をしたらすぐに出やすい「生活保護の新しいあり方」ではないかと思います。

そしていよいよ、今年度中には、コロナ特例の貸し付けが返済の時期を迎えます。返済額は多い人で200万円にものぼります。
今後10年にわたり返済が続くことになりますが、そうするとますます家計が苦しくなり、立ち直ることができない人をたくさん生み出してしまうことになりかねません。さらに最近の物価の高騰に加え、この6月から年金は減額されます。このままでは日本は大貧困社会へと突入してしまう可能性があります。
この貸付金の返済についてだけでなく、お金を借りている人たちのコロナ後の生活再建についても、支援体制の強化が求められていると思います。

さて次に、私たち豊中市の地域活動についてお話しします。コロナの感染拡大が始まった2年前の春、それまで、様々な形で展開されてきた高齢者の見守り等の地域活動の地域活動は、すべて中止となりました。今まで私たちは、みんなで集まって、つながって地域をよくしていこうと活動してきましたが、ソーシャルディスタンスという要求は、私たちの大事にしてきた活動の方法論を否定するものでした。そして活動が全くできない日が二か月ほど続いた時、地域のボランティアの方から「私たちって阪神淡路大震災から一生懸命孤独死を作らないとがんばってきたけど、こんなに簡単に止めていいような活動だったの?」と言われたんです。私は、はっとしました。地域活動をこのまま止めてしまうと、家の中で体が弱っていく人。認知症が進む人、さらに孤独死がまた増えてしまうかもしれない。何とか地域活動を再開できないか、と考え始めました。そして感染症の専門家に監修していただき「地域活動再開のためのガイドライン」を作成し、一つ一つの活動について再開の方法を模索しました。

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例えば皆で集まる高齢者の会食会や子ども食堂は行えないが、お弁当を参加者に手渡すだけのテイクアウトだったらできる。さらに様々な活動を屋外で行ったり、1人暮らしの高齢者などに往復はがきで安否確認をする等、地域の皆さんからも創意工夫に満ちた様々なアイディアが出されました。
また、こうした中で、新たな出会いもありました。今回、貸付窓口には、外国人の方がたくさん来られました。私たちの町に、想像以上に多くの外国人の技能実習生などが暮らしていたのです。そこで、聞き取りをすると、言葉や文化の壁、必要な情報が届かない情報の壁にも苦しみ、さらには地域に一人も知り合いがいないといった孤立の実態も分かりました。

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そこで、食材支援に加えて、技能実習生たちと地域の人たちとで、フットサルの交流会を行いました。そして、それがきっかけになって、今度は実習生たちが地域の住民を招いてベトナム料理の作り方を教えてくれるといった新しい交流も始まりました。

また、新たな出来事として、家を失っている人が町の中にたくさんいることが分かってきました。ある日、早朝ラジオ体操に参加していた民生委員さんから「勝部さん。公園にホームレスの人が増えてるよ。」と連絡をもらいました。

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そこで朝4時に職員とともに公園に行ってみると一人の男性がいました。声をかけましたが、人目を気にしてそそくさとその場を離れようとしたので名刺に「必ず連絡ください」と書いて差し出しました。そして握手をしました。そのとき、彼の眼には光るものがありました。二日後本人から電話があり、すぐに支援が始まりました。彼は「市役所に行けば命は助かるのではないかと思っていたが、そこは敷居が高かった」と言います。自己責任論に縛られて、SOSを出せない人がたくさんいます。コロナをきっかけに私の町だけで、家を失った人30人を支援しました。

今振り返りますと、私たちはこの2年間、三つの命のリスクと闘ってきたように思います。ひとつは、感染による命のリスク。もう一つは経済が止まり収入が途絶えた人の自殺などの命のリスク。そしてもう一つが、長引く外出自粛により体力が弱り、孤独死などに陥る命のリスクです。そしてコロナは、これまで見えなかった、外国人などのセーフティネットの届かないところにいた人たちや、新たに生まれた生活に困窮する人々の孤立の実態も浮き彫りにしました。
私たちは、今回のコロナ禍の経験を経て、今後、これまでより優しい社会を目指すのか。それとも、コロナ禍で顕在化した新たな課題を見て見ぬふりをして課題を埋め戻してしまうのか。今こそ、真価が問われています。
厳しい人を見捨てる社会は、結局みんなが見捨てられることになる社会です。一人も取りこぼさない社会を目指すというなら、これからが正念場だと思っています。

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