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「こども家庭庁設置に向けた論点」(視点・論点)

日本総合研究所 上席主任研究員 池本 美香

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 昨年12月に、こども家庭庁の創設に関する基本方針が閣議決定され、いまの国会でその設置法案が審議される見通しです。こども家庭庁は、内閣府の外局として、2023年度のできる限り早い時期に設置するとしています。ここでは、なぜこども家庭庁創設という動きが出てきたのか、子どもの現状について確認したうえで、海外の動きもふまえ、検討すべき課題について考えます。

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まず、児童虐待の相談対応件数が、増加の一途を辿っています。児童虐待防止法ができたのは20年以上も前ですが、いまだに信じられないような悲惨なケースの報道が後を絶ちません。虐待による死亡事例は年間50件を超えていて、1週間に1人の子どもが虐待で亡くなっています。

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 家庭の状況として、子どもの貧困も問題となっています。10年ほど前に子どもの貧困対策法ができましたが、子どもの貧困率は14%、7人に1人と高い割合です。特に親が一人の家庭では、2人に1人が貧困状態にあり、高校や大学への進学率が低いことも明らかになっています。家事や家族の世話をしていて、友達と過ごす時間や、勉強に充てる時間が制限されている「ヤングケアラー」が、中学生の17人に1人に上ることも、国の調査で確認されました。
 学校も子どもにとって、安全・安心な場所とは必ずしもなっていません。昨年度、公立学校の教育職員で懲戒処分などを受けた人数は、体罰によるものが393人、児童生徒に対する性犯罪・性暴力によるものが96人に上りました。人数は減少傾向にあるとはいえ、表面化しないケースもあり、被害を受けた子どもへの影響は、その後長期に及ぶことを考えれば、深刻な状況です。
 学校におけるいじめや暴力も、心配な状況です。

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なかでも、小学校におけるいじめの認知率の上昇が目立っています。病気ではなく、心理的な理由などで登校しない、あるいはできない日数が年間30日以上の不登校の子どもも、増え続けています。
 そのほか、インターネットの普及に伴い、ネット上でのいじめや子どもの性被害といった新たな問題も生じています。

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昨年は、自殺した児童生徒の数が大きく増加しました。見えにくい子どもの心の問題への対応が、追い付いていない状況です。
 これまでの政府の取り組みは、少子化に対する危機感を背景に、出産や子育てに関する支援に重点が置かれてきました。仕事と子育ての両立の観点から、保育所の待機児童の解消が最優先課題となり、子どもにとっての保育の質の確保が、後回しになるような状況も見られました。施設の整備を急速に進めたことで、1,2歳児で保育所に通う子どもの割合が、ついに5割を超えましたが、一方で、保育施設における重大事故の発生件数が増加しています。
 政府がこども家庭庁の設置に至った背景には、こうした子どもの状況悪化を示すデータが次々と明らかになっていることに加え、子どもの数が減り続けていることがあります。

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出生率が大きく落ち込んだ「1.57ショック」から30年あまり、政府は少子化対策に力を入れてきましたが、1970年代に200万人をこえていた出生数は、2016年に100万人を下回り、さらに3年で80万人台にまで落ち込みました。このため政府は、すべてのこどもの健やかな成長、ウェルビーイングの実現に向けた政策を推進することが、子どもの福祉の観点からだけでなく、社会の持続可能性の観点からも不可欠だと考え、少子化対策からこども政策へ舵を切ったといえます。
 基本方針では、こども家庭庁が目指すものとして、常にこどもの視点に立ち、こどもの最善の利益を第一に考えること、が掲げられています。こどもの意見、子育て当事者の意見を政策に反映するとしており、こども家庭庁の創設により、こども政策が大きく前進する可能性がでてきたといえます。
 ただし、諸外国の取り組みと比較すると、国が新たな行政組織を設置しただけでは、子どもの状況改善に十分とはいえません。こども家庭庁の設置とあわせて検討すべき課題として、3点あげたいと思います。

 第一に、子どもコミッショナーの設置です。子どもコミッショナーとは、子どもの人権を守ることを目的とする機関で、1989年に国連で採択された子どもの権利条約を批准した国に、設置が求められています。近年設置する国が増えていますが、日本にはまだありません。子どもコミッショナーは、子どもの権利侵害について調査し、子どもの代弁者として政府などに改善を求めたり、子どもの権利を周知する活動や、子どもの相談を受けて救済につなげる活動などを行います。
 子どもが自分にどのような権利があるのか知らなければ、権利が侵害されていても声として上がってきません。子どもには選挙権もなく、困っていても訴える方法が限られます。そのため、子どもの状況を改善するためには、子どもと、子どもと関わる大人に、権利条約の内容を周知したり、子どもの声を聴いて、子どもに代わって改善を求める、政府から独立した機関が必要なのです。スウェーデンでは、子どもコミッショナーが、施設で暮らす子どもの声を聴き、施設内での虐待を把握し、政府に改善を求め、子どもと接する職員の犯罪歴チェック義務化などにつながりました。

 第二に、自治体レベルの取り組みの推進です。こども家庭庁という司令塔をつくっても、自治体が指示通りに動くとは限りません。たとえば、国は自治体に対して、保育所を年に一回は訪問して、問題がないか確認することを求めていますが、実施していない自治体もあるなど、自治体間の取り組みには格差があります。イギリスでは、すべての子どものウェルビーイング実現に向け、自治体のレベルでも、子ども政策の責任者の配置を義務付けるとともに、国が全国の自治体の取り組み状況を定期的に評価しています。わが国でも、単に司令塔として自治体に指示を出すだけにとどまらない、実効性あるしくみづくりが期待されます。

 第三に、保育制度の所管省庁一本化に向けた検討です。小学校入学前の子どもが通う施設は、文部科学省が所管する幼稚園、厚生労働省が所管する保育所、内閣府が所管する認定こども園の3つに分かれています。これらの所管をこども家庭庁で一本化する案もありましたが、幼稚園は文部科学省に残されることになりました。海外では、すべてのこどもの健やかな成長を目的として、親が働いているかどうかにかかわらず、質の高い保育を保障するという方向で、保育制度が見直されています。同じような施設を複数の省庁で所管する制度には、行政事務の非効率、財源の無駄遣いという問題もあることから、所管省庁を一本化したうえで、保育施設の質を国の機関が一元的にチェックする国が増えています。日本も将来的には、保育制度の所管を、こども家庭庁もしくは文部科学省で一本化することを検討すべきです。
 このように海外では、子ども政策を担う行政組織づくりにとどまらず、子どもコミッショナーの設置、自治体レベルでの取り組みの推進、保育制度などを子どもの権利条約に照らして抜本的に見直す動きがあります。日本においても、こども家庭庁の設置で十分と考えるのではなく、子どもの権利の実現を軸に、こうした国際水準の子ども政策へ転換しなければならないと思います。

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