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「韓国大統領選の焦点」(視点・論点)

慶應義塾大学 教授 西野 純也

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2月13、14日の韓国中央選挙管理委員会への候補者登録を経て、15日から韓国大統領選が本格的にスタートしました。3月9日の投開票まで3週間の選挙戦となります。本日は、選挙戦から見えてくる韓国の抱える課題や、選挙後の展望について考えてみたいと思います。

主な政党は昨年秋に大統領候補を決めて事実上の選挙戦を展開してきました。

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革新系与党の「共に民主党」は前キョンギ(京畿)道知事のイ・ジェミョン氏(李在明)、保守系最大野党の「国民の力」は元検事総長のユン・ソギョル氏(尹錫悦)をそれぞれ大統領候補に選出しました。そのほか、前回2017年の大統領選挙に出馬した中道系野党「国民の党」のアン・チョルス氏(安哲秀)、革新系野党「正義党」のシム・サンジョン氏(沈相奵)も、今回の選挙戦に臨んでいます。

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韓国ギャラップによる世論調査結果の推移を見ると、イ候補とユン候補が接戦を繰り広げていることがわかります。先週の候補者支持率は、イ候補36%、ユン候補37%という結果となり、一騎打ちの様相を呈しています。今回は1987年の民主化以降、8回目の大統領選挙であり、過去の選挙では僅差での決着が何度かありました。例えばキム・デジュン氏(金大中)が当選した1997年の選挙では、2位候補との得票差はわずか1.53%でした。今回の選挙もイ候補とユン候補の接戦が最後まで続くのか、あるいは選挙戦終盤で差が広がっていくのか、選挙情勢の展望は難しく、結果は予断を許しません。

今回の選挙が過去と異なるのは、有力候補であるイ候補とユン候補はともに国政経験がないことです。加えて、候補者個人の熱烈な支持層、ファンの存在も歴代大統領ほどではありません。

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さらに、イ候補は市長時代の都市開発事業をめぐる不正疑惑、ユン候補は検事総長時代の職権濫用疑惑などを抱えての選挙戦となり、中道層や無党派層への支持を広げることができていません。そのため、有権者の多くは、相手の候補が嫌だから、という消極的支持による消去法的な候補者選択をすることが見込まれています。

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これまで疑惑やスキャンダルばかりが話題になっていた選挙戦ですが、2月に入り2回行われた候補者によるテレビ討論会を経て、選挙戦の争点や次期政権が取り組むべき課題にやっと注目が集まるようになってきました。候補者登録に合わせて各候補が発表した10項目からなる重点公約を見ると、共通点は少なくありません。イ候補、ユン候補の公約が真っ先に掲げているのは、新型コロナウイルス感染症対策と経済的な補償です。続いて、2番目、3番目の公約では、両候補とも経済対策を取り上げています。イ候補は、産業革新による国力増強と、基本所得や住宅供給による経済的基本権の保障を謳い、ユン候補は、持続可能な雇用創出と需要に見合う住宅供給を公約しました。総じて、イ候補は政府による保障をより重視する「大きな政府」、ユン候補は規制緩和や民間主導に力点を置く「小さな政府」を志向するという違いはありますが、取り組むべき課題という点では大きな違いはありません。

というのも、ムン・ジェイン政権(文在寅)が掲げた、公正や公平、正義の実現、そして格差の是正がまったく行われなかったとの不満や失望感が今の韓国社会に充満しているからです。特に、韓国民の大きな関心事である住宅問題では、ムン政権の4年間でソウルのマンション価格が2倍になったことが明らかになり、不動産政策失敗への有権者の怒りが爆発しました。それが昨年4月のソウル、釜山市長補欠選挙での与党の惨敗をもたらしました。かつてはムン政権を支持していた20代30代の多くが、野党候補に投票したとされています。

こうした与党に厳しい雰囲気が、今回の大統領選挙戦にも引き継がれています。例えば、与党候補と野党候補のどちらの当選が好ましいかを問う韓国ギャラップの調査では、一昨年12月以降一貫して、野党候補当選が良いとの回答が多数を占めています。つまり、与野党間の政権交代を望む声が大きいのです。にもかかわらず、ユン候補は政治経験の無さによる失言や家族のスキャンダルによって、与党のイ候補を十分に引き離せないできました。

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この間隙をついて、今年初めから支持を伸ばしたのがアン・チョルス候補です。昨年末頃まで5%程度だった支持率は10ポイント以上、上昇しました。
反与党の立場を鮮明にしているアン候補の浮上により、選挙結果を左右する重要な要素として注目されるようになったのが、ユン候補とアン候補による連携可能性です。
アン候補は当初、連携や協力を否定していましたが、候補者登録直後の会見で、世論調査実施によるユン候補との候補者一本化を提案しました。ユン候補は一本化には前向きですが、世論調査には否定的で話し合いによる決着を望んでいます。ユン候補とアン候補が一本化すれば与野党政権交代の可能性がさらに高まるだけに、今後は、一本化の成否が選挙戦の大きな焦点となります。投開票日までにテレビ討論会があと3回実施されるので、そこでの大きな失言やミスの有無も、選挙結果に影響を与えそうです。

イ候補とユン候補の立場がもっとも異なるのは外交安全保障、中でも北朝鮮問題に関する公約です。イ候補は10項目の最後に、ユン候補は8番目に掲げています。選挙戦の争点の一つではありますが、有権者は暮らし向きの改善に直結する公約を重視していることを反映した位置付けと言えます。一言でいえば、イ候補は南北の対話と協力を目指しているのに対し、ユン候補は米韓同盟をさらに強化し、対北朝鮮防衛、抑止力の向上を図るとしています。中国の強い反発を招いたアメリカの迎撃ミサイルシステムTHAADの韓国内追加配備も公約しました。ユン候補は、日本、アメリカ、オーストラリア、インドの4か国でつくるクアッドへの参加にも前向きな姿勢を見せています。
北朝鮮の非核化プロセスについてはどうでしょう。イ候補は、ムン政権の政策を引き継ぎながらも、韓国がより主導性を発揮して、条件付きの制裁緩和をテコに徐々に非核化を進めたい考えです。それに対してユン候補は、まず非核化の道筋を定めた合意をした上で、相互主義に基づいてプロセスを進めていく方針です。こうした両候補の立場の違いは、日本を含む地域の安全保障環境にも大きな影響を及ぼすことになります。
日本との関係についても、両候補には違いが見られます。イ候補は基本的にムン政権の政策を継承する姿勢ですが、ユン候補は日韓首脳によるシャトル外交の復活など関係改善に力を入れる立場です。但し、ユン候補が政権を担うことになっても、韓国国会では今の革新系与党が5分の3近くの議席を占めていることもあり、歴史問題で厳しい国内世論を説得して関係改善への理解を得ることができるかは未知数です。

今回の選挙戦のプロセスが示している通り、現在の韓国政治は、革新と保守というイデオロギー対立に加えて、アメリカ政治に見られるような相手陣営への敵対心による感情的な対立が進んでいます。従って、両候補のどちらが当選しても、韓国新政権は国内の分断の中で厳しい国政の舵取りを迫られることになります。次期大統領が、分断を克服するためのリーダシップをどれだけ発揮できるのかが、韓国政治だけでなく日本を含むこの地域の国際関係の行方をも左右することに留意しながら、選挙戦を見ていきたいと思います。

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