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「子どものスポーツへの親のサポート」(視点・論点)

笹川スポーツ財団 シニア政策オフィサー 宮本 幸子

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 クラブチームや習いごとの教室などに所属して行う子どものスポーツには、家族による様々なサポートが必要とされています。送迎や飲食の準備など自分の子どもへの関与、同じチームで活動する子どもたちへの関与、なかにはチームの係や当番、役員などが存在するケースもあります。
一方で近年、保護者の当番制を中心に、サポートのあり方を見直す動きもみられます。アスリートや指導者が具体的な問題を指摘したり、ウェブサイトや雑誌で関連記事が掲載されたりと、問題への関心が高まっていることを感じます。実際に私たちも母親にインタビューをするなかで、「当番に抵抗があって、始めるまでに1カ月悩んだ」「子どものスポーツのために自分の仕事を減らした」など、葛藤する声を聞いたことがあります。
しかし、子どものスポーツにおける保護者のサポートの実態が研究や調査で明らかにされることは、これまでほとんどありませんでした。こうした問題はよい/悪いといった二項対立や感情的な議論を招きやすいものですが、そのような状況を避けるためにも、私たちはまずは実態調査が重要と考えました。そこで、2017年・2021年の2回にわたり、小学生の子どもをもつ母親に対するアンケート調査を実施し、あわせて母親たちへのインタビューを行いました。本日は主に2021年の調査結果をもとに、子どものスポーツのサポートにおける課題を考えたいと思います。

母親が支える子どものスポーツ

調査ではまず、子どもがクラブチーム・習いごとの教室などに所属してスポーツをしている場合に、母親・父親それぞれがどの程度関与しているかを尋ねました。

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まずこちらの図では、自身の子どもに対する関与の内容を示しています。これをみると、全体的に母親による関与の頻度が高い様子がわかります。特に上位3つの「送迎」「洗濯」「用具の購入」は大半の母親が行っているのに対して、父親はもっとも高い「送迎」で56%となっています。一方で「自主練習につきあう」では、母親と父親の差が小さいのが特徴です。

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 続いてこちらの図は、同じチームで活動する他の子どもたちに対する関与、係や当番・役員などの仕事も含んだものになります。図のなかで母親と父親の差に注目すると、もっとも小さいのは「クラブの練習の指導をする」で、母親8%に対して父親も6%が関与しています。しかし、その他の項目についてはおおむね母親の数値が高くなっています。

このように、家庭での自主練習やクラブでの指導といった、競技に直接関わる場面では父親の関与がみられるものの、その他の子どもへの関与、所属する団体の裏方にあたるような役割では母親が多いことがわかります。図では最新の2021年の調査結果を示しましたが、このような母親中心の様相は前回の2017年調査から変化がみられません。
さらに言えば、保護者の親たちの世代、子どもたちからみて祖父母の世代から、同じような構図が続いています。

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こちらの図は、母親自身やそのきょうだいがスポーツをしていた場合に、誰がサポートをしていたか振り返って回答してもらった結果を示しています。これをみると、コーチをしていたのは父親が多く、係や当番は母親が多かったことがわかります。野球チームの役員を務めていた母親へのインタビューでは、「子どもの頃に自分の弟が野球を習っていて母親が当番をやっていたから、それが当たり前だと思っていた」という声もあがりました。

子どものスポーツから離れる母親たち

一方で、子どもがスポーツをしていない母親は、保護者のサポートについてどのように感じているのでしょうか。調査では、子どもがスポーツをしない理由を母親に尋ねた項目があります。

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図ではその上位5項目を示していますが、子どもがスポーツをしない理由として「送迎や付き添いの負担が大きいから」「保護者の係や当番の負担が大きいから」といった項目は半数前後が「あてはまる」としています。母親たちへインタビューした際には、「自分の仕事がフルタイムのため、送迎ができずにスポーツをあきらめた」「活動内容は気に入ったが、ママ友から『親が大変だ』と聞いて入るのをやめた」などの声が聞かれました。
2021年の調査はコロナ禍で行われ、コロナの影響で当番の数や保護者が関わる機会が減少したクラブもあることがわかっています。しかし、母親からみた「子どもがスポーツをしない理由」は、2017年の調査と比べてほぼ変化がみられません。実態の変化にかかわらず、子どもにスポーツをさせていない母親の意識には変化がない―それほど保護者のサポートに対して大変なイメージが強いということだと考えます。

 また、2017年の調査データでこの項目を詳しく分析した際には、「係や当番の負担が大きいから」という理由については、家庭の世帯年収の影響が強いことがわかりました。端的に言えば、低所得層ほど「係や当番の負担」を理由にして子どものスポーツを諦めている家庭があるということです。保護者が係や当番を回避する問題は、個人の都合やワガママとして扱われることもありますが、そもそも家庭の状況によって保護者の余裕の度合いが異なる、それによって子どものスポーツ機会にも差を生じている可能性がある、という点に目を向けることが重要と考えます。

以上、限られた調査結果ではありますが、子どものスポーツにおいては、プレーや指導に直接かかわらないサポートの役割が母親に偏っている状況、特にチームの係や当番に関しては、同じ母親のなかでも引き受けられる立場の人とそうでない人がいること、そして母親たちが自身の負担を回避することで子どもにとってはスポーツの機会を逸しているケースがあることなど、様々な課題が浮かび上がります。
 母親に役割が集中し、当事者が負担を感じるという問題は、PTAなどでも同様に指摘されています。ただしスポーツの場合には、従来からプレーや指導をするのは男性が多く、競技経験の少ない女性たちが裏方の役割に回りやすいという、スポーツならではのジェンダーの問題も含んでいます。また、長時間練習やレギュラー争いが保護者の拘束時間や役割分担にも影響するなど、一部の競技に特有の課題も関わっています。そのような点も含めて問題を複合的に捉えていくことが必要です。
今回の調査結果から指摘したいのは、まず子どものスポーツを当たり前のように支えてきたのは母親たちである、そうしたサポートができる母親や家庭が前提にされているという事実です。もちろん保護者どうしの互助やボランティアは、子どもたちの育成のためには不可欠です。ただ、今の子どものスポーツにおける保護者のサポートは、多くの母親にとって「負担である」というイメージを強めている点は否めないでしょう。
今思い悩んでいる母親たちには、同様に負担を感じている母親がたくさんいることを知ってもらえればと思います。子どもたちの健康や安全を維持するためのサポートは必要ですが、それ以外の過剰な関与を思い切ってなくすことも一案です。しかし、母親どうしはスポーツのほか、学校や地域の活動にも同じメンバーで携わることが多く、閉じられた関係性のなかでこれまでの慣習を変えることが非常に難しい場合もあります。
変わるべきは、スポーツ活動のあり方です。近年では、当番制を廃止したり、最低限の役割に絞ったりするクラブも散見されます。ただし、当番制をなくすだけでは、母親たちの負担を指導者やスタッフが背負うことになります。成功している事例には、練習時間や試合への参加の仕方、チームとして共有する価値観まで見直しを行い、子どもも保護者も無理なく楽しめる環境を目指すケースもあります。また、子どもができることは自分で行う、父親も参加しやすい雰囲気をつくるなど、母親以外の関与を増やす手立てもあります。問題に対して特効薬はない代わりに、チームの事情に合わせた様々なアプローチの可能性があります。ひとつひとつの積み重ねによって、多様な環境に育つ子どもたちが好きなスポーツを楽しむことのできる社会につながっていくと考えます。

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