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「尊厳を守り地域に根差す自立支援」(視点・論点)

釧路社会的企業創造協議会代表 櫛部 武俊

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コロナウィルス禍により、全国で生活に困窮する方が急増しています。今後、こうした方々が、どうしたら尊厳をもって自立できるのか、考えていきたいと思います。

私が暮らす北海道東部に位置する釧路市は昭和の時代、水産、石炭、紙パルプで発展した町でしたが地域経済が衰退し人口も22万人から16万人に減少するとともに生活保護を受給する方たちの割合が高い状態が続いていました。そうした中で希望をもって生きるために取り組んできたのが常識を覆す生活保護世帯の自立を支える取り組みです。長らく自立と言えば就労して保護を辞めること、すなわち稼働能力のallornothingが問われる自立だったので息苦しさも付きまとっていました。そこで2003年から釧路市は、一般就労の前に地域にある公園や介護事業所における社会参加の生活保護受給者自立支援プログラムを作ったのです。たとえば高齢者のご機嫌伺いというプログラムではヘルパーさんに同行して利用者宅を訪れ、利用者さんの話し相手になる取り組みをシングルマザーの方に参加してもらいました。その方は、利用者さんから帰り際ありがとうと褒められて嬉しかったというのです。私は今まで褒められたことが無かったとも言いました。

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公園の整備作業には中高年の男性たちが参加しました。お酒がもとで体を壊した60歳を過ぎたYさんは、他の参加者がバスの乗り方がわからないときには教えてあげます。無口だった自分が人のことを心配するようになり、こんな俺でもこの年になっても自分を変えることができるんだなとしみじみと語るのです。自己肯定感は社会や人にかかわることで生まれたり確認できたりするということを教えられました。釧路市の自立支援プログラムには特徴があります。
一つは地域で考える、取り組むということです。社会参加のボランティア先として広く受け入れてもらって自立支援プログラムが練られたことです。
2つ目には社会参加型プログラムにあるように、ハローワークの一般就労と家で鬱々と暮らしている状態の間に「地域に通う場・居場所」を作ったことです。このような状態を中間的就労と表しました。一般就労にいたるステップアップの途中の段階・訓練という意味に留まりません。
例えば働いて得た一定額の収入と年金や諸手当や生活保護費などの社会保障とが組み合わさった生活を社会参加しながら得ていくことも意味していました。
取り組みを通じて、【かけがえのない私を獲得】するという実存が自律ではないかと気が付き、他者や社会から排除されている状態から実存を実感できる生きる場づくりが支援だと思いました。2013年に成立した生活困窮者自立支援法にも、そうした地域の実践が反映されています。

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私は釧路市役所を退職後、2012年から一般社団法人を立ち上げ、生活困窮者、生活保護世帯の皆さんと【生きる場】をつくるために地場産業である漁業で使う漁網の仕立てをはじめました。編む技術が必要ですがやりたい人が居ません。魚が獲れる網になって成果報酬が得られる仕組みなのです。生活保護で生活が支えられ技術を覚え仕立てができて約10年、年間200万円を稼ぐようになりました。この金額以上に価値があるのは基幹産業の隙間を埋め、衰退する整網技術を継承していることです。整網業者が廃業しつつある中、年間1300反を編む力が地域漁業を支えているのです。地域に支えられてきた人が地域を支えているのです。地域共生社会が喧伝される中、私たちはさらに新たな取り組みを始めました。釧路市音別町の蕗づくりです。旧音別町は2005年釧路市と合併した酪農と林業の町で、人口減少が止まりません。かつて炭鉱があり1万人が住んでいた町でしたが今日では1600余名に減少しました。

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2017年酪農を離農した農家の方、移り住んだ元看護師らと【一般社団法人音別ふき蕗団】と、それを支える音別部会を立ち上げました。自生する二メートルにもなる秋田蕗を畑で生産することを目指し、音別部会には属性も背景も違う多様な人々が集まりました。地元の大地みらい信用金庫、知的障害者施設音別学園、オブザーバー参加の音別行政センターや農林課、地域包括支援センター、生活福祉事務所、東京のクリエーター集団ウイー、そして私たちです。「蕗で音別の町が有名になり、若い人から年配の方までどんな人も自信を持って生き生きと暮らせる」ことがヴィジョンです。蕗の栽培と商品化を通じて様々な関係人口を生み出し、誇りと居場所を回復するという、福祉と農業とお金と人を循環させながら持続可能な暮らしをつくりたいと願っています。きれいな水、無農薬で人にやさしい蕗を育てて6年が経過しました。40tの生産を離農農家、生活困窮者、生活保護受給者、引きこもりの若者、地区の高齢者などが混ざり合って支えています。音別ふき蕗団と音別部会は蕗の販売を近隣や遠く九州のグリーンコープなどにおこなってきました。こうした生産のフェーズから少しずつ加工や流通、販売にフェーズを変えながら、多様なプレイヤーそれぞれが持ち分を果たし、人が元気になることによって地域を支えることを目指しています。
コロナウィルス禍は、社会を分断し住民のつながりを壊したと私は思います。中央大学の宮本太郎先生によれば「社会保険の給付対象にもならず、生活保護の厳しい基準にも合致せず、使える制度がなく沈み込んでしまう層が出てきた」と述べ新しい生活困難層があらわになったと指摘しています。私も相談支援の現場にもいて住まいの問題が大きいと思います。住居確保給付金があることで生活費用が生み出せたという事例は枚挙にいとまがありません。
住居確保給付金の対象や要件を転換する必要があります。就労という条件ではなく、住まいは生活の最低条件として考えていくべきです。実質的には生活保護の住宅扶助を単独で給付できるように転換することが求められます。もう一つは生活困窮制度に取り入れた就労準備支援事業や就労訓練事業の見直しです。コロナ禍では80・50問題に象徴される引きこもりや孤立、長期に労働から排除されている問題、生きづらさや働きづらさを抱えた問題が拡がったと実感しています。断らない相談や包摂的な地域を作ることと共に、社会参加支援、ご本人に寄り添っていうなら活躍の場づくり支援こそ地域に足りないのではないでしょうか。その中心にあるのが多面的な可能性を持つ中間的就労の取り組みであると私は思っております。生活困窮者自立支援制度では就労準備事業がありますが、就労準備を終えて一般就労に至らなかった場合に活用できる就労訓練事業の拡大と充実は課題だと思います。この取り組みが企業団体の自主性に任せられているため広がらないと言われております。企業団体が取り組めるよう、インセンティブの抜本的な解決と共に、この事業の取り組みが社会的な課題の解決とご本人の生きる場の課題とを解決すると位置づけ、社会的企業の育成にまで理念的に検討することが必要ではないかと思います。昨年秋から始まった厚生労働省での「生活困窮者自立支援等に関する論点整理の検討会」の見直しを期待しつつ、パッチワークのように見えてしまう国の政策だけに頼らず、地域に立ち続けてささやかな社会運動を持続していきたいと考えています。

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