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「金融教育のすすめ」(視点・論点)

子どもの環境・経済教育研究室 代表 泉 美智子

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私たちの日常生活は、お金と切っても切れない関係にあります。毎度の食事、電気・ガス・水道、通勤・通学のための交通機関の利用、子どもの習い事、その他、「生活」という言葉が意味する、さまざまな営みのほとんどが有料です。つまり、私たちが生活するためには「お金」がなくてはならないのです。

しかし、お金について子どものころから学ぶ機会が非常に少ないのが日本の現状です。こうした学校教育における金融・経済教育の現状を問題視した金融庁の勧めもあって、また民法が改正されて来年度から成人年齢が18歳になることも踏まえて、高校家庭科の指導要領が改定され、家計管理の一部として「資産形成」が追加されました。

今日は、金融教育の意味や方法について考えてみたいと思います。小中高校で、子どもたちは、国語、算数=数学、理科、社会、家庭科、そして英語などを習いますが、学校での教育の目的は何かというと、将来、一人前の大人として暮らしてゆくために必要な知識と考える力を身に付けさせることです。

一通りの漢字が読めないと、あるいは四則演算ができないと、生活にあれこれと不便が生じます。理科や社会の授業で習う知識や考える力も、必ず生活で役立つはずです。

にもかかわらず、日常生活とお金のことを学校で習うこと、すなわち金銭教育は、少なくとも日本では、実に不思議なことに、これまで殆ど、ないがしろにされてきました。

おそらく「子どもにお金の話はタブー」とする日本古来の道徳、というよりも偏見が、金銭教育や金融教育にブレーキをかけてきたせいではないでしょうか。

これまでの家庭科で「お金」に関して何を教えていたのかといいますと、消費者としての側面にのみ限られていました。無駄遣いをしてはなりません、だまされてはなりません、といったことが教育されていたのです。言い換えれば、投資家としての側面が蔑ろにされていたのです。

そこで、今回の指導要領の改訂に当たっては、預金、株式、債券、投資信託、民間保険など、さまざまな金融商品への理解を深め、さらに、進学、住宅取得、老後といったライフプランを踏まえた上で、各種金融商品のメリット・デメリット、金融に伴うリスクとベネフィットについて学習させようということになったのです。

とはいえ、先生方にとってみれば、突然、資産形成だ、金融だといわれても、戸惑うばかりで、何をどう教えればいいのか途方に暮れる始末です。

生徒にとっても、突然、「株式投資が・・・投資信託が・・・」という話を家庭科の先生から聞いても、他人事(ひとごと)のようにしか聞こえないですし、とても興味を持てないですよね。どうすればいいのでしょうか。

当たり前の話ですが、学校教育というのは、「易から難へ」つまり易しいことから難しいことへと、順を追って教えることではないでしょうか。国語、算数、理科、社会など学校教育のすべての科目がそのように仕組まれています。

金融教育も同じです。小中学校でほとんど何も教えずに、突然、高校の家庭科に「資産形成」という名で金融教育が登場する。先生方がどう教えればよいのか戸惑うのとおなじく、生徒たちもまたあっけにとられるのは当然ですね。やはり、小学生の低学年から中学まで、易しいことから難しいことへと順々に、階段を登るようにして教えなければならないと考えます。

最初にお話しした通り、私たちの日常生活のあれもこれもが「お金」を抜きにしては語れないにもかかわらず、学校教育からは、「経済」が抜け落ちているのが実態です。社会科の指導要領に経済教育を上手に取り入れることを期待したい、と私は考えます。

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もちろん、経済の制度的な教育が学校で行われていることは、よく承知しているのですが、社会科の経済教育で欠けているのは、生命体や物理現象などと同じように、経済は全体として一定の法則に従い、時間軸に沿って、自律的に変動することを、生徒たちに理解させることが先で、金融商品の運用だ、株式だ、投資信託だと言っても、なぜ株価が変動するのか、金融商品のリスク、リスクへの対処の仕方などをちゃんと学ぼうとすれば、全体としての経済のメカニズム、すなわち運動法則についての知識と理解が欠かせません。

そこで、金融教育に関して私は思うのですが、金融教育を学校教育に取り入れることの必要性については賛成ですが、高校家庭科の家計管理の一部に資産形成を入れ込むことだけで、事足りるとは思えません。

小学校、中学、高校の社会科で「経済」のことを生徒たちは学ぶその内容を抜本的に見直し、経済のメカニズムについての学習に重点を置くよう今後の指導要領の改訂に期待したいです。

家計が預金をしたり投資をしたりするのは、自らの資産形成のためになるだけではありません。国内経済全体の規模に照らしあわせると5000万にも及ぶ家計、すなわち世帯の消費支出を合計すれば、国内総生産(GDP)の50%以上を占めます。

企業は、家計が銀行に預けたお金を銀行から借りて、あるいは株式を発行してお金を集めて、新しい工場を建設したり、最新の生産設備に置き換えたりします。

つまり、家計が経済の主役だということです。企業が作る新製品が売れるかどうか、新しく開店したお店が繁盛するかどうかは、消費者としての家計の反応次第、つまり政府が景気を良くしようとして何らかの対策を講じても、予想通りの景気浮揚効果があるかどうかは、消費者の反応次第と言えます。

子供たちに求められるのは、合理的な消費者になること、そして合理的な投資家になることです。家計の合理的な行動が、企業の合理的な行動を促し、そして政府の合理的な経済運営を促すのです。

では合理的な家計とは、どんな家計のことを言うのでしょうか。働いてお金を稼いで、そのお金でほしいものを買い、おいしい食事をし、旅行を楽しみ、快適な住宅に住み、株式投資をして貯蓄を増やす。確かに、満ち足りた生活を送ることが、合理的な家計、あるいは消費者の目的なのかも知れません。

しかし、私が最後に申し上げたいのは、次の点です。20世紀の消費者にとって合理的とはそういうことだったのですね。21世紀に入り、合理的な消費者の意味は変わりました。自分の満足を追求するだけではなく、何らかの社会的な目標に貢献することに満足を感じるのが、21世紀の合理的な消費者だと言えるのではないでしょうか。

自然環境を守ることに貢献する、気候変動を緩和することに貢献する、発展途上諸国の貧しい人びとに教育と医療の機会を提供することに貢献する。こうした社会貢献に、間接的にではあれ参加することが、21世紀の合理的な家計や企業の行動規範になりました。
21世紀の金融・経済教育は、ますます重要になるばかりか、ますます難しくなります。
だからこそ、先生方にとっては教えがいのある、生徒たちにとっては学びがいのある科目となることを願って、私のお話を締めくくらせていただきます。

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