「新たな時代の創造力」(視点・論点)
2022年01月04日 (火)
ジャズピアニスト・数学研究者 中島 さち子
21 世紀は、何事においても唯一の答えがない時代です。それどころか、問いそのものが揺らぎ、全ての概念の定義が崩れ、本質に向き合い直すことが問われる時代です。一方で、20 世紀後半に発明されたインターネットは物凄い勢いで世界を変え、今や誰もがいろんな多様な形で自分の発想や身体を通じて、自分なりの声を発し、表現し、誰かとつながり、未来を共に創っていくことができる時代となりつつあります。飛躍的な技術革新は、人間に原始的な身体性や五感やいのちの多様な創造性に立ち戻る可能性を開いています。きょうは、新たな時代において必要な創造性をどう生み出していくか、それによってどのような未来が拓かれていくのか、お話しします。
創造性を生み出していく上での大きなカギは異分野の融合です。
私自身は子どものころから数学と音楽の世界に魅了され、今は本当に多様な活動をさせていただいています。私にとっては数学も音楽も、できるから楽しいのではなく、むしろ、できないから楽しいのです。そこには、一生たどりつけないであろう奥深い世界があります。でも、試行錯誤しているうちに徐々に霧が晴れて、何か大事な本質が心の目や耳に開かれてくる。この感覚がたまらなく面白いのです。数学も音楽も、誰かが作った公式をマニュアル通りに使えることや、譜面通りに正しく演奏できることだけでなく、時に心を開放して、自分なりの声と視点で人生をかけて向き合います。そして、数学と音楽という、一見、異質な分野をともに極めていくことで、お互いにとって大きな発見や気づきが時にあることを感じています。さらに、今は数学や音楽だけでなく、教育という人間対人間の世界や、さらにはテクノロジーやものづくり、他のさまざまなアートやリベラルアーツの世界とも関わっています。横断して俯瞰的に見た世界の中に、何か新しい本質的な景色が見えることがあります。
専門性はこれからも重要ですが、専門化・細分化だけの構造ではもはや社会が行き詰まりを見せています。これからは、軸を持ちながらもアンテナをしっかりはり、自分を何かの言葉や組織に規定してしまうことなく、異分野融合による新たな知の発掘や創造をとにかく楽しむ。そうした即興的で柔軟な姿勢が大切になってきます。
異分野の融合によって創造性を生み出していくために私が取組んでいる方法がSTEAM教育です。
STEAMとは、科学、技術、工学、芸術、数学のアルファベットをとった言葉で、STEAM 教育はアメリカや中国などから広まり、現在、世界各地で推進されています。そこにはもちろん国の競争力増強といった目的もありますが、最終的にはさまざまな格差の是正や、あらゆる方の生きる喜びを開くための機会や場の創出があると思っています。日本でも今、文部科学省、経済産業省、内閣府などで重要視されるようになってきています。
例えば今、経済産業省が行っている「未来の教室」という取り組みで、STEAM ライブラリーという場を公開しています。ここでは多くの企業や大学などが、多様なテーマやコンセプトのもと、 STEAM の各分野を融合させたさまざまなものづくりや科学的研究、社会的課題の解決法などについて、動画・ワークシート・指導ガイドなどを用いて紹介しています。オープンエンドな、答えが一つに定まらない、対話を生み出す問いも多数準備しています。デジタルアーツやIoT、AI などを活用した 21 世紀の STEAM リテラシーシリーズも無償公開しています。
実際、今はさまざまなソフトを利用して本当に初心者でも簡単に、自分なりの個性的なアイディアで、数学や科学技術、ものづくりやアートの力で何かを表現し、形にすることができます。
私は各STEAM教育の一環として、各地の高校に出向いて、高校生たちとともに新たな作品を創造することに取り組んでいます。
これは徳島商業高校の生徒たちが作った作品です。
こちらは大分県立宇佐高校の生徒 160 名の作品の一部です。たった一回のワークショップで、全くプログラミング初心者だった生徒たちが実に多彩な作品を作り出しています。
そして、これは今回オンラインで学び続けたカンボジアの皆さんの素晴らしい作品です!彼らも誰一人としてプログラミングをやったことがなかったのに、もういまや立派なメディアアーティスト!デジタルアートに魅惑されてのめりこみ、今やこのようにカンボジアの文化を彼らのアートを通じて深く躍動的に伝えてくれています。
また、こちらは農業高校や水産高校、福祉の高校などの皆さんが、ロボティクスという工学の世界に出会ってから生み出した多様なコンセプトです。彼らは自らコンセプトを生み出すだけでなく小さな部品を組み合わせてプロトタイプにも挑戦しワクワク試行錯誤していました。
STEAM で一番大事なものは 「Playfulness」。つまり、心の歓びやワクワクだと思っています。自分の心が躍動する。あるいは誰かの心の歓びにつながる。そうした歓びを軸とした学びが STEAM であり、それはさまざまな専門性をつなぐ一つのキーワードです。なお、STEAM は決して新しいものではなく、私は縄文時代からあったと思います。人の創造性がほとばしる土器などを見ると、ものづくりやアートの歓び、素材の選び方、焼き方、バランス・・・いろんな要素が集まっています。
私は、2025年に開催される大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーも務めていますが、今、万博に向けても、単にパビリオンを構築するだけでなく、開催に向けて世界中の学校や企業、ミュージアムや自然をつないで、未来の地球学校を生み出していき、そこに関わる世界中のこどもたちを 2025 年に日本に呼び寄せたいという構想をたてています。こども園の幼児から高齢者まで、特別支援学校のみんなや地方の過疎地に住む人など、たくさんの人たちを交えていきたいです。これからの時代を本当に心踊る社会にし、コロナでいたんだ社会に元気や希望を与えるためにも、これをご覧になっている皆さんとともに、学校やミュージアム、図書館、企業といったさまざまな存在の新しいあり方を模索し、万博という機会を利用して、より心踊る共創が生まれやすい社会構造変革を引き起こしていけたらと思っています。
このように、いろんなテクノロジーの活用も通じて、人間本来の、より原始的で創造的で身体的な何かを引き出してくることができる時代がやってきています。
これを私は「創造性の民主化時代」と呼んでいます。
無料で開かれたオープンプラットフォームも、大学の講義を公開するオープンコースウェア・OCW や大規模公開オンライン講座・MOOCs などの形で世界を大きく揺らがせてきました。データもかなり開かれて共創が呼びかけられ、エンジニアたちは知的財産を惜しみなく公開して互いに貢献しています。オープンイノベーションの爆発的な力を世界が感じ取り、うずうずしています。プログラミングや IoT や AI や AR なども、もはや誰かすごい人のものではなく、あなた自身が戯れ、自身が描きたい未来に向かって五感を使って飛躍できる時代です。世界中で学び方や働き方、ひいては生き方の大変革が始まっています。
1人1人の人たちの多くの「好き」をつなげて、1人1人の人たちの声を重ねて、未来の価値を共に創ることができる社会を、一緒に模索していきましょう。