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「家庭で身につける科学的思考力」(視点・論点)

筑波大学 サイエンスコミュニケーター 尾嶋 好美

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私はこれまで10年以上にわたり、約500名の小・中・高校生の自由研究・課題研究をサポートしてきました。また筑波大学の学生たちと一緒に科学実験教室を行い、延べ2千名以上の子どもたちと一緒に実験をしてきました。

その経験から、家庭でも気軽にできる実験を行うことで、今の時代に必要とされる科学的思考力が身につくと考えています。

では、科学的思考力とはどのようなものでしょう?決まった定義はありませんが、「身の回りの現象などに疑問を持ち、自ら仮説をたて、検証していく力」だと私は考えています。現在のようにこれからどうなっていくのかわからない時代には、このような科学的思考力が必要ではないでしょうか?

身の回りの不思議に気づくこと、そしてその不思議を実験や観察を通して、検証していく経験をつむことで、科学的思考力は養われます。

2000年にノーベル化学賞を受賞した白川英樹博士は、小さいころ、お風呂を沸かすお手伝いをされていたそうです。昔は薪を燃やしてお風呂を沸かしていました。薪が燃えているときに、違うものを入れると炎の色が変わることが面白く、いろいろなもので試したそうです。その当時は、塩化ビニールやナイロンなど様々なプラスチックが使われだした頃でもありました。博士は、中学生の頃、お弁当をビニールの風呂敷で包んで持って行っていました。食べ終わるころには、風呂敷は、お弁当の熱で伸びてしまっていて、包みなおすことが難しくなっていました。そのことを不便に思い「大学に入ったら高分子の研究をしたい。新しいプラスチックをつくりたい。」と思ったそうです。そのような経験が、のちの導電性高分子の発見に繋がりました。

また、私がサポートした高校生の一人は、ゴルフボールをきっかけにして、プロペラでおこす風の研究を始めました。ゴルフボールには、小さなくぼみがたくさんあります。このくぼみにより、空気の流れがスムーズになり、飛距離が伸びるそうです。

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「風を起こすプロペラの羽にもくぼみをつければ、風量が変わるのではないか?」と考えた彼は、プロペラの羽に溝を掘り、風量を測定するという実験を繰り返します。そして、一本の溝を掘るだけでも、風量が変わることを発見しました。プロペラは飛行機のエンジンや、コンピュータの冷却装置などいろいろなところで使われています。彼の発見は省エネルギー化につながるということで、国際的な科学コンテストでも高く評価されました。彼は今、ロケットエンジンの研究に取り組んでいます。

このように、ふとした疑問から、その理由を考え、いろいろな実験を行い、結果を検証していくことにより、科学的思考力がつき、新たなことに挑戦するようになるのです。

「実験」というと、学校の理科室でやるものというイメージをお持ちの方も多いかと思います。学校では授業の中で実験を行うので、自分のペースで進めることができません。自分の好きな実験をすることも難しいでしょう。

でも、実験は家庭でも気軽にできます。

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家庭で行う場合には、子どもたちは時間に縛られず、自分が納得できるまで、何度でも試して、徹底的に考え続けることができます。そして、教科書に書いてあるような、すでにわかっていることを確かめる実験ではなく、自分が疑問に思ったことをテーマにすることができます。自分なりの工夫をして手を動かして、自分の疑問を解明していくことができるのです。

では、ここで実際に実験をしてみましょう。

水性のサインペンで書いたものを、水にぬらすと、にじんでしまうことがあります。その時に元の色と違う色が出てきたことはないでしょうか?このことを実験し、それによりどのようなことがわかるのかを、やってみましょう。

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こちらのお皿には水が入っています。コーヒーフィルターを細く切ります。2本の黒いサインペンでそれぞれ線を書きました。どちらのペンで書いたのかがわかるように番号を書いておきます。

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見た目は同じような黒い線です。これを水につけてみます。

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このように、色が分かれました。

サインペンや絵の具でいろいろな色を混ぜていくと、黒っぽい色になりますね。黒いサインペンの中には、いくつかの色素を混ぜて黒色を作っているものがあります。色素によって、紙にくっつく力や、水との馴染みやすさが異なるので、水につけると早く上に登っていくものとなかなか登っていかないものに分かれます。ペンによって混ぜている色素が違うので、分かれてでてくる色は異なるのです。にじんだ時に違う色が出てくるのもこのためです。

水に浸すことにより、同じように見える2本の黒いサインペンでも中に含まれている色素が違うことがわかりました。

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では、この線はどちらのペンで書かれたものでしょう?見た目ではわかりにくいですね。先ほどと同じように水に浸してみましょう。

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にじんだ色を先ほどのものと比べてみましょう。2のペンで書いたものだということがわかります。
様々なものが混ざった状態では、区別がつきにくいものでも、分けてみて、比べてみると簡単に区別できるようになる、ということがお分かりいただけたかと思います。

今回は黒いサインペンと水を使って実験をしてみました。
実際に実験をしてみると、例えば、ほかの色ではどうなるのかな?水ではなく他の液体にひたすとどうなるのかな?など、試してみたいことが次々に出てきます。

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私は小学校低学年のお子さんたちとこの実験をすることが多いのですが、保護者の方からは「帰った後も、家にある様々なペンを使って実験をしている」というお話をよく聞きます。

本を読んで知識を得ることも必要ですが、自分で実験をやってみると、さらに疑問が生じ、そのことを調べて仮説をたて、検証する、というサイクルが生まれやすくなります。そして、与えられた問題ではなく、自ら疑問に思ったことを、実験や観察によって検証していくという体験は、教科書や本で学ぶよりも深い理解につながり、単に「知っている」という知識ではなく、使える知識を得ることになるはずです。

繰り返しになりますが、科学的思考力は、先行きが不透明な時代において、自ら道を切り拓いていくために、必要な力だと思います。

そして、前例のない様々なことを自分で判断しなければいけない今、子どもだけではなく、大人にとっても科学的思考力は大切です。
ご家庭にいる時間が増えた今だからこそ、家庭での科学実験を通して、科学的思考力を養っていただければと思います。

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