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「脱炭素社会への道筋」(視点・論点)

WWFジャパン 専門ディレクター 小西 雅子

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気候変動に関する国連会議COP26が、10月下旬から2週間の会期で、イギリスグラスゴーで開催されます。温暖化対策の国際協定である「パリ協定」の実施が2020年から始まっており、COP26では脱炭素社会に向けた世界の取り組みを加速させる具体策が話し合われます。
パリ協定とは、世界約200ヶ国が参加する温暖化対策の国際協定で、世界の平均気温の上昇を産業革命前に比べて2度未満に抑え、できれば1.5度に抑えることを目標としています。中でも地球温暖化に関する世界中の科学的知見を集約している国連機関IPCCが、1.5度と2度の0.5度の差で異常気象などの温暖化の影響が大きく異なることを明らかにしてから、世界は1.5度を目標にすることが主流となりました。そのためには2050年に温室効果ガスの排出を実質ゼロにする必要がありますが、もう一つカギを握るのが今後10年の取り組みで、2030年には世界の排出量を半減させることが1.5度に抑えるために重要なのです。

そのため国連はCOP26に向けて世界各国に2030年の削減目標の引き上げを訴えてきました。現状のパリ協定の各国の目標は、1.5度はおろか2度未満に気温上昇を抑えるにもまったく足りていないからです。

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欧州連合やアメリカは50%を超える目標を発表し、日本も遅ればせながら「46%削減、さらに50%の高みを目指す」と4月に発表しました。まだ2030年目標を十分引き上げていない中国など他の大排出国が続くことが強く望まれます。

さて、日本にとって重要なのは、この46%削減目標、できれば50%以上の削減を実現する具体的な削減策があるかです。実はCOP26の最大の焦点は、「国別の削減目標」の数値を掲げるだけではなく、それを実現できる具体策が提出されるかどうかにあるのです。日本では温室効果ガスの8割以上が石炭や石油といった化石燃料エネルギー起源のCO2ですので、日本にとっては、温暖化対策とはエネルギー対策なのです。
きょうは、どのように日本が2030年に温室効果ガス50%削減できるのか、WWFジャパンがシステム技術研究所に委託して発表した「脱炭素社会に向けた2050年ゼロシナリオ」をベースにして解説します。

温暖化対策とは、単純に言ってしまえば、①省エネルギーを進めること、そして②CO2を出さない脱炭素エネルギー、再生可能エネルギーがその主役ですが、それらに速やかに転換していくことの2つです。
日本政府の削減目標の元となる第6次エネルギー基本計画と比較しながら、WWFシナリオを説明していきます。まず政府の省エネ率は、前回の計画よりも引き上げられて約2倍の20%以上に深掘りされました。これは十分に実現可能な省エネで、既存技術を積み上げて試算したWWFシナリオの省エネ率とほぼ同じ結果となりました。具体的にはインバータ制御モーターの広範な導入やゼロエネルギービル化などの既存技術の拡大普及によるもので、私たちの意思次第で実現可能な省エネ目標です。

続いてエネルギーミックスの内訳を見ていきましょう。

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日本の1次エネルギーの構成は電気に約4割、燃料や産業用の高熱需要に約6割使われているのですが、きょうはわかりやすくするために、電気のエネルギーミックスで見ていきます。政府計画では、再生可能エネルギーが36~38%、原発が20~22%等ごらんのとおりですが、これは残念ながら実現可能性が低いと言わざるを得ません。原発の現状から考えると、再稼働しているのは10基程度で6%程度です。それを8年後に20~22%にするには30基程度の稼働が必要でほぼ実現できないでしょう。WWFシナリオでは現状を見据えて、稼働中及び再稼働が見込まれている原発のみ想定に入れ、さらに原発の寿命を既定の40年より10年早めて段階的に廃止していくとの前提で試算しました。その結果2030年には2%程度になります。
何より重要なのが、世界で急速に価格が下がって脱炭素社会の主役とみなされる再生可能エネルギーの最大限の導入です。WWFシナリオでは約50%まで可能と試算されました。これは野心的ではありますが、不可能ではありません。

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2030年に太陽光を1億6000万キロワットに、風力は陸上、洋上合わせて4300万キロワットに引き上げる必要がありますが、太陽光は2013年以降、年間700万~1000万キロワット程度が新規導入されているため、それを加速させれば無理な話ではありません。また風力についても日本風力発電協会が発表している業界団体の見込みに近い導入量です。
もう一つはずせないことが、石炭火力を廃止していくことです。日本ではCO2を最も多く排出する石炭火力発電がいまだに30%を占めており、日本の温暖化対策の足を引っ張る最大の要因となっています。政府計画では、2030にも石炭火力を19%も使う前提で、さらにアンモニア活用などで、石炭火力を2030年以降も使い続ける意思が示されています。WWFシナリオでは石炭火力は2030年にゼロにしていきます。日本の石炭火力発電所は古いものが多く、2030年には設備年齢20年超えが全体の83%になりますので、早く決断すれば、将来価値を失う座礁資産を減らすことにもなります。

石炭火力がなくなったら電力供給が危ういのではと思われるかもしれませんが、日本にはLNG火力発電所が十分に存在しており、その稼働率が現在35~50%程度にとどまっています。それを60~70%に引き上げれば、再生可能エネルギーの増加と合わせて電力供給に支障は出ないことがWWFのコンピューターシミュレーションでわかりました。

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これは全国842カ所にあるアメダス気象データを用いて1時間ごと365日太陽光と風力の発電量をシミュレーションしたもので、現状の電力インフラのままで、再エネ50%、石炭火力ゼロが実現可能であるという結論を得られたのです。
なお天気次第の再生可能エネルギーは、電気の需要にきっちり合わせることはできないので、どうしても余剰に発電する時があります。再生可能エネルギーの導入量が増えれば、余剰電力も増えていきます。それは悪いことではなく、WWFシナリオではその再生可能エネルギーによる余剰電力で、水の電気分解をして水素を作ります。いわゆるグリーン水素で、これで車の燃料や産業用の高熱需要を賄っていくのです。これにより2050年には再生可能エネルギー100%による社会の実現も夢ではありません。
再生可能エネルギー社会では、電気料金も下がっていきます。というのは現状15兆円から20兆円も海外に支払っている化石燃料の購入量が減っていくからです。全体としてこのシナリオ実現のために必要な総投資額は年間GDPの1~2%程度と試算されています。
COP26を前に、ホスト国イギリスのジョンソン首相が、各国に4つの具体策を呼びかけています。中でも石炭火力については、「先進国は2030年までに廃止、途上国は2040年までに廃止すること」を迫っています。これは特に日本に向けられていると言っても過言ではありません。私たちの意思で脱炭素社会を選び取っていきたいものです。

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