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「カーボンニュートラルを目指して〜人工光合成への期待〜」(視点・論点)

東京都立大学 特別先導教授 井上 晴夫 

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 現在地球が抱えている多くの問題の中で、私たちの社会が持続的に発展を続けられるかどうかについて、特に深刻な心配があります。毎日生活に使用するエネルギー、例えば電気や燃料は、これまでは、石油などの化石資源を燃して賄ってきたのですが、これからもそれで大丈夫かということがあります。また、地球が温暖化して気候変動がおきるのではないかとの懸念もあります。実はこれらの心配の根は同じなのです。

これまで植物が気の遠くなるような長い時間をかけて蓄積してきた化石資源を非常に短い期間に一気に燃やして二酸化炭素を放出していることが原因なのです。いわば、地球食いつぶし型、自然採取型のエネルギー消費を続けているからです。
この現在の地球が抱えている大きな問題を解決するのに「カーボンニュートラル」という言葉があります。人間の活動で二酸化炭素つまりカーボンが増えることも減ることもないという意味でニュートラルと言います。
産業革命までは、人類は樹を切ってそれを燃して生活のエネルギーにしていました。樹を燃すともちろん二酸化炭素がでます。でも樹が光合成で二酸化炭素を取り入れて成長する量の範囲内で切って燃していましたから、大気中の二酸化炭素濃度はほぼ一定で増えませんでした。この状態をカーボンニュートラルと言います。

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これは、IPCCという国際機関の報告書の図ですが、横軸は年代です。縦軸は大気中の二酸化炭素濃度です。二酸化炭素は、図のように1950年ころからこの70年で急激に増加し、気候変動にまで影響するのではないかとの懸念があります。
今のうちに、この増加を何とかしなければ取り返しがつかなくなると、世界中が2050年にはカーボンニュートラルに戻すことを目指しています。
国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)でその方向性が議論されています。

それでは、二酸化炭素を出さない社会をどうしたら実現できるのでしょうか。
頭の中で考えられる答えとしては明快です。石油や石炭などを燃さなければよいのです。しかし、そのためには変わりになるエネルギーが必要ですが、実際にはそう簡単ではありません。代わりのエネルギーとしては、本命としての太陽光などの再生可能エネルギーがあります。
太陽光は現在人間が消費しているエネルギーの約10000倍も地球上に降り注いでいます。
太陽光を理想的に利用しているのが植物の光合成です。

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「光合成」は太陽光のエネルギーを使って二酸化炭素 つまり カーボンと水から、酸素とでん粉などの炭水化物を作り出します。これを、エネルギーに換算すると社会の消費エネルギーの約10倍ぐらいです。それなら、昔に戻って、植物の光合成に頼ればいいではないかと思われるかもしれませんが、そこはそう簡単な話ではありません。
光合成産物、例えばとうもろこしをそのままガソリンタンクに入れても車は走れませんから、アルコールのような使える形にする必要があります。
燃料の形に変換するためには、例えば数倍のトウモロコシを使うことになります。
たった10倍のエネルギーの中、光合成産物を数倍分も使ってしまうと、食物連鎖で命が繋がっている生物、人間も含めて、やがては食料がなくなり絶滅することになりかねません。
つまり、光合成活動はできるだけ温存して大事にする必要があるのです。

それでは、どうすればよいのでしょうか? 
望ましいやり方の一つが、今、日本が世界の先頭に立って進めている「人工光合成」です。
これは、光合成の仕組みに学んで人間が独自に太陽光と水を原料にして、役に立つものや高エネルギー物質、例えば、水素を作ろうというものです。
光合成最大のポイントは、光のエネルギーで水の中の電子を二酸化炭素に汲み上げるところにあります。

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この図は極端に単純化した仕組みです。物質の中で電子は2個ずつ決まったエネルギーの軌道に入っています。ここでは赤い丸が電子です。この黒い横線がそれぞれの軌道のエネルギーです。そこで、このようにクロロフィルに光が当たると電子が上の軌道にたたき上げられ、電子がそれぞれこのように移動します。つまりクロロフィルが、仲立ちをして電子を汲み上げてエネルギーを蓄えることができます。
いわば光のポンプといえます。人工光合成ではこのくみ上げた電子で水素を作ります。

光と水から水素を直接つくれることを発見したのは日本の研究者です。

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1972年に報告された例は、ホンダーフジシマ効果と呼ばれています。二酸化チタンという半導体を水の中に入れて光を当てると酸素がでて対極から水素が発生するのです。この研究が引き金となって人工光合成の研究が世界中で始まりました。

我が国は、人工光合成研究で最先端を走っています。
VTR(野外での実証実験)
例えば、実験室レベルを超えて、野外で100m2クラスの面積規模の人工光合成パネルを置いて、このように太陽光で水素と酸素を発生させる実証実験も行われております。その進展が期待されているところです。日本の研究グループが行っているこの実験は、今年のNature誌に掲載されました。
人工光合成で二酸化炭素に電子を運ぶことも出来ています。ここでも日本の研究は最先端を走っています。

人工光合成の他にもいろいろな有力な方法があります。
太陽電池で直接、電力を得るのは、現在最も有望な方法です。太陽電池でも日本の研究は最先端です。

太陽電池も人工光合成も光のポンプをつかう原理は似ています。

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物質に光を当てて電子をたたき上げます。太陽電池はエネルギーを電気エネルギーとして取り出しますが、電子は元に戻します。一方、人工光合成は汲み出した電子を戻さずに水素などの物質に貯めるところに違いがあります。触媒を工夫して電子をどのようにして物質に貯め込むかが化学の腕の見せ所と言えます。
光合成ではデンプンなどの炭水化物を作りますが、人工光合成では、例えば、水素を作ることができれば、水素は長い間貯蔵ができます。燃せば熱エネルギーとして利用でき、その際、空気中の酸素と反応して元の水に戻るだけですから、二酸化炭素は出ません。燃料電池の燃料として電気エネルギーにも変換できます。石油などの化石資源を燃さなくて済むわけですから、二酸化炭素が出ない、まさにカーボンニュートラルの方法、クリーンエネルギーシステムです。

太陽電池や人工光合成がやがて本流になると期待されますが、カーボンニュートラルを実現するには複数の確かな技術が必要です。
植物の光合成のエネルギー変換効率は1%以下とそれほど高くはありませんが、光合成を邪魔しないで太陽光を利用するには、できるだけエネルギーの変換効率を上げる必要があります。現在太陽電池は10%を超えていますし、人工光合成も数%というところに来ています。目指す頂上は同じですが、登山ルートが色々あると考えてください。さきほど、人工光合成で我が国は最先端を走っていると言いましたが、その一つの理由は、我が国における光化学という分野でこれまで多くのすぐれた研究の蓄積があることが挙げられます。
その豊かな基礎研究の土壌に素晴らしい芽が出ているのです。素晴らしい成果、果実のみがとかく注目されがちですが、その果実を生み出す源は、地中に縦横に張った根が大事なのです。
つまり、基礎研究と次世代の人材が大事なのです。研究と技術の発展は、マラソンというよりも駅伝競走のようなものでしょう。バトンを次々と渡して一枚一枚石を積み重ねてピラミッドを築きましょう。
中学生、高校生、大学生の皆さんには、われこそは地球を救うぞという意気込みで、是非再生可能エネルギー分野の研究をめざしてもらえることを祈念しております。

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