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「日本の食文化を守るために」(視点・論点)

京都府立大学 教授 佐藤 洋一郎

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 コロナ禍の食の分野への影響は計り知れません。人類の食の営みは、文明が登場して以降、どこのだれとも知らない多くの他者同士が支えあってきました。それが「共食」でした。共食という言葉は、みんなで食卓を囲むという意味と同時に、互いの食を支えあうという意味を持ちます。
コロナ禍は、この2つの面で、「共食」にやいばを突きつけています。人類が数千年をかけて築き上げてきた食の文化が崩れ去るかもしれない。そんな不安を抱かせる状況が続いています。きょうはコロナ禍と食文化の関係についてお伝えしたいと思います。

 日本では戦後都市と農村が分断され、消費者は生産の場から隔離されてきました。家族の誰もが畑を耕したことがない家庭、まな板がない家庭が増えました。「四本足のニワトリの絵を描く子」「魚の切り身が泳いでいると思っている子」がいる。こんな話がセンセーショナルに語られたのもこの頃でした。

孤食という語が生まれました。一人で食事することです。それを支えたのが、皮肉にも外食や中食、さらにはコンビニの発達でした。全国どこでも、一日24時間、食べるものへのアクセスが今ほど簡単な時代はありません。しかしこのことが、食べることを軽視する風潮につながっています。それぞれの地方の食文化の保護・継承に、マイナスに作用していると思われます。
いま地方では人口が減り、生産は衰え、地域が自立することさえ難しくなりつつあります。このままではやがて地方地域全体が、人間の生活圏ではなくなってしまう恐れもあります。
それに対応するかのように、海外からの食料の輸入が増え続けています。日本など食料を大量に輸入する国は、それを運ぶための大量のエネルギーを消費しています。SDGs、持続可能な発展目標に反した行いです。使える土地を遊ばせておいて海外から食料を買い求めることは倫理的に許されないと思います。

米離れも深刻です。食生活の変化などのほか、米は太るなど異常ともいえる米食へのネガティブキャンペーンが関係していると思われます。米に代わって小麦などのパンや麺の消費が伸びましたが、小麦の9割近くが輸入されているのです。

米を含む農産物の生産減少、林業の衰退は海の沿岸の恵みにも影響を及ぼしている可能性があります。沿岸の恵みは川によって陸域からもたらされます。農業など陸の人間活動が弱まれば、そして林業の衰退によって川の働きが弱れば、沿岸の恵みが細ってゆくことでしょう。
沿岸の恵みが細ることで近海の回遊魚の漁獲が減り、それによってマグロなどの大型回遊魚の漁獲が細ることが心配されます。農業や林業の衰退が引いては漁業の衰退を引き起こします。そうすると米離れや魚離れが加速してゆきます。コメと魚に支えられた日本の食の風土が危機にさらされているのです。将来海外から食料を買えなくなった時、日本を襲うのは飢餓です。「食料安全保障」が言われるゆえんです。

食材ばかりではありません。食材を包む包装材、ちょっとした添え物、食器や部屋の設え、庭など、さまざまなものが和食文化を支えてきました。地方の衰退や気候変動などで、これらの生産はピンチに立たされています。同時にそれらを生産する職人さんがいなくなってきています。

和食文化がユネスコの無形文化遺産に登録されて8年になります。しかし、和食文化の足元は、この8年間にますます危うくなってきています。
今回の東京オリンピック・パラリンピックでは、当初、海外での和食ブームを追い風に和食文化の世界への発信が期待されていました。復興五輪、多様性、共生など、新たな生き方の提案が企画されていたはずです。しかし実際はどうだったでしょう。開会式や閉会式の演出をみても、「日本の文化」のよさが海外に伝わったかは疑問です。大会そのものの準備不足などがあったにせよ、和食のよさが関係者を通じて海外に発信できたとは思えません。結局、誰のための何ためのオリンピックであったかが語られることなく、きわめて中途半端なものになってしまったことはとても残念です。

新型コロナウイルスの世界的大流行は、こうした問題を顕在化しました。わたしたちは、食について、あるいは和食について、その在り方を真剣に考えることをいま強く求められています。今は調理がとてもネガティブにみなされる時代です。ステイホームは一面では家庭での調理を活発にしましたが、反面、家事労働の負荷をおおきくしました。ここで私が主張したいのは、調理の家庭内での分担が大事だということです。

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なぜ男性や子どもが調理などを分担しないのか。調理という行為は、知識という知の技、庖丁使いなど身体の技、そしておいしさを演出する芸術という、3つの術の総体です。調理することで脳の活性が高まるという研究もあります。家族全員が進んで調理する意識改革が必要です。食べるおこないに、時間、筋肉、頭をつかう「食べ方改革」が必要です。
料理人が、地域や学校給食の場で調理するのも有効でしょう。学校は、思い切ってカリキュラムを見直し調理の時間と機会を増やすべきです。一流料理人の考えに触れ指導を受けることで、子どもたちはもちろん、子どもを通して家庭での調理にもよい影響を与えることでしょう。

地域の産品を地域で使う、地産地消の取り組みも重要です。これまでの地球レベルでの循環に加え、地域内で巡る小さな循環の復活が大事です。それこそがSDGsなのではないでしょうか。都市の人びとが、地方に出かけ生産に関わる取り組みも有効です。

食と健康に関しては、何々が健康によい、美容によいなどの情報にあふれかえっています。逆に何々を「食べるな」「控えよ」というマイナスなメッセージも多数あります。まさに情報洪水です。特定のものばかりを食べる、あるいは食べないという選択が強く働けば、地域や地球の環境に負荷を与えます。人間の身体と地球の健康について考える、ワンヘルスの考えをとりいれようではありませんか。

コロナ禍はオンラインを使った交流を促進しました。わずか2年前まで世界中の人たちがネット上で一堂に会して意見を交わすなど、だれが想像したことでしょう。しかし
いまはスマホ1台、タブレット1台で世界に人びととつながることができます。時差の問題を別とすれば、高い運賃と時間をかけずに対話ができるのです。情報技術をうまく使えば、居ながらにして世界の一流シェフの料理教室を受けることも、地球の裏側の食料生産の現場を見学することもできます。和食の料理人の技や料理を、日本の風景とともに世界に発信することもできます。

何より今、食をめぐる学問の構築がとても重要です。世界には、食に関わる問題を一体的に考える学問分野がありませんでした。これまでの学問は縦割りで、キャンパスの中だけで問題を解決しようとしてきました。
しかし問題は社会の中にあります。食の問題を、街や地域全体を「まるごとキャンパス」ととらえ、50年先、100年先の食を地域の人とともに考えるあらたな学問の仕組みを作りたいと思います。

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