「デジタル化で変わるアフリカに学ぶ」(視点・論点)
2021年10月13日 (水)
立命館大学 教授 小川 さやか
新型コロナ禍でデジタル化やオンライン化がますます加速し、テクノロジーによって私たちの未来がどのように変化していくのかが、大きな関心となっています。きょうは、アフリカ諸国で起きている変化と、そこでの人々のテクノロジーとのつきあいかたを例に、テクノロジーをどう使いこなすかという話をしたいと思います。
情報通信技術(ICT)や電子マネー、ブロックチェーンなどのテクノロジーは、先進諸国だけではなく、新興国や発展途上国でも積極的に受容が進んでいます。こうした国々では、リープフロッグ現象が起きていると言われています。
和訳すると「蛙跳び」現象ですね。この現象は、新規のテクノロジーの受容により先進諸国が経験した段階を飛び越えて一気に社会や経済が発展することを指します。
たとえば、固定電話の普及なしに携帯電話が浸透したり、銀行口座の普及なしに電子マネーの送金システムが広がったりといったことです。
私が長年調査しているタンザニアでは、いまでも銀行口座を持たない人々が数多くいますが、
2008年にエム・ペサ(M-pesa)という携帯電話の口座を介した電子マネーの送金システムが導入されると、田舎に住んでいるお年寄りも含めて、あっという間に電子マネーを送金したり、電子マネーで支払いをしたりすることが日常化しました。
アフリカ諸国では、大都市の病院から地域の病院へとドローンで医療品や血液を輸送するという仕組みも広がりつつあります。道路の敷設工事には膨大な時間と資金がかかりますが、ドローンを飛ばすだけなら簡単にできますよね。
こうしたリープフロッグ現象は、しばしば新興国・発展途上国と先進国との間に逆転した進展をもたらすこともあります。
たとえば、日本は先進諸国のなかでもとりわけキャッシュレス化が進展していない国の一つです。それは日本の銀行システムや法定通貨が比較的に使いやすく、それらに対する信頼が大きいためであるとも言われています。銀行送金や現金でのやり取りに不便はないのに、なぜわざわざ電子マネーや仮想通貨をつかう必要があるのか。そう思う人々がいても不思議ではありません。
それに対して、アフリカ諸国では、定職を持たなかったり住所が不定であったりと、銀行口座を開設するのが困難な人々がたくさんいます。そのような人々にとって電子マネーの送金システムは画期的なサービスとして受け止められ、また偽札が蔓延していたり、高額紙幣のお釣りが常時不足したりする状況では、現金よりも電子マネーのほうが安全で使いやすいと考えられたのです。
同じことは、新型コロナ禍で拡大したギグ・エコノミーに関しても言えます。
ギグ・エコノミーは、インターネットで単発の仕事を受注する働き方とそれに基づく経済のことを指します。新型コロナ禍で、料理や食品をインターネットで注文して配達してもらうというサービスを利用するようになったという人は多いのではないでしょうか。
当初は企業の就業規則に縛られない自由な働き方を可能にするとして注目されたギグ・エコノミーですが、先進諸国ではすでに懸念の声が上がっています。ギグ・ワークは企業に雇用された時のような保障は得られない不安定な仕事ですし、実際には好きな時間に好きなように働くだけではそれほど稼げないことも指摘されるようになりました。
タンザニアでは、もともと企業に雇用されたり、十分な社会保障のある仕事についたりする見込みが少ないインフォーマル経済従事者が多数派を占めていました。
露店商や行商人など最初から独立自営業であった彼らは、インターネットで単発の受注を受けるギグ・エコノミーをとくに不安定な働き方だとはみなしません。
実際に、私が2000年代初頭から半ばにかけて調査したタンザニアの行商人の多くは、いまではギグ・ワーカーに変身しています。
昔から行商人たちは、仕入れた商品を買ってくれる客を探して住宅街やオフィス街を練り歩くと同時に、馴染み客から「次はデニムのシャツが欲しい」「孫が生まれるから、涎掛けを届けてちょうだい」といった注文を受けていました。
現在では、携帯電話のショートメッセージやSNSなどを通じて客からの注文を集め、それらの商品を市場や商店街で探し、配達するという行商人たちが増加しています。
市場や商店街では、スマートフォンを片手に客の注文品を探したり、ビデオ通話にしたスマートフォンを商品にかざして、「このワンピースなんてどう?」と客に尋ねたりする行商人の姿を見ることができます。中には、「このジューサーはとてもパワフルだ」などとインスタグラムで販促ライブをして、市場や商店街に居ながら注文を集める者もいます。代金のやり取りも電子マネーの送金システムを使えば、その場で簡単にできます。行商人どうしでSNSのグループページを開設し、その日の配達ルートから外れた注文を交換したりすることもあります。単身の独立自営業であれば、洗濯屋にも髪結い師にもどんな職種にも広がるので、タンザニアにはいろいろな種類のギグ・エコノミーが存在します。
ただ、タンザニアのギグ・エコノミーは、専門的なプラットフォームではなく、顔の見えるネットワークがSNSでつながることで自生的に築かれたものです。行商人たちは、ショッピングサイトでアルゴリズムが購入履歴から割り出す「あなたにおすすめ」よりも親切なサービスを展開します。
客が同じような服ばかり買っていたら、「たまには冒険しようよ」と似合う商品を薦めたり、買いすぎだと思えば、「家賃の支払いが近いんだろう。今日は安いのにしておけよ」と助言したりもします。
お客さんたちは、ショッピングサイトで購入するよりも馴染みの行商人に頼んだ方が安心だし、何かと融通が利くと語り、行商人たちも誰に何をどんなふうに売るかを自分たちで決めて、みずからの才覚と采配で商売をしていることに誇りを持っています。
タンザニアの行商人は、電子マネーでいつでもどこでも決済ができるようになっても、あえて掛け売りをしたり、「つけ」の取り立てをしばらく放置したりします。
彼らは「とくに必要がない時には、借りを残しておくことが大事だ」と語り、未払いのつけや、奢ったり助けてあげたりした貸しを「人生の保険」と呼びます。
未払いのつけがあれば、その回収のために客を訪問し、新しい商品を買ってもらうことができるし、商売が不調の時に溜まったツケを回収することで、うまくやりくりすることもできます。でも何より、あちこちに「貸し」と「借り」をつくりあうことが、将来に何かあったときに融通しあう社会を築いていく礎になることを知っているからです。
AIが人間の仕事を奪ってしまうのではないか、テクノロジーによって自動化されていく未来は幸せなのだろうかといった不安が聞かれるようになりましたが、テクノロジーをどのように社会の中に埋め込んで飼い慣らすかは、私たちしだいであり、そのための知恵は、意外とささやかなものであるように思います。