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「深刻化する介護人材不足」(視点・論点)

淑徳大学 教授 結城 康博 

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・はじめに 
私は以前、介護現場でケアマネジャーや介護職として働いていました。また、現在、大学で介護職員等を養成する立場として、多くの学生を現場に送り出しています。しかし、残念ながら深刻な介護人材不足に陥っております。今日は、それらの問題と対策についてお話ししたいと思います。

・必要とされる介護職員の推計
 今年7月9日厚労省より「今後の介護職員の必要推値」が公表されました。

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それによると、新たに2023年には現行より約22万人、2025年約32万人、2040年約69万人の介護職員が必要との試算がなされています。つまり、毎年、約5万人以上の介護職員を確保しなければなりません。

・他産業からの労働移転は期待できない
 厚労省「一般職業紹介状況(各月版)」によれば、2021年7月「介護サービスの職業」有効求人倍率は3.64倍に対して、全職業平均が1.02倍となっています。コロナ禍以前と比べれば僅かに低くなったものの、深刻であることには変わりありません。
いっぽう飲食関連では「雇い止め」といった事態を見聞しますが、「飲食物調理の職業」の有効求人倍率は1.86倍と、未だ「売り手市場」となっています。
一部、介護関係者間では、飲食業界からの労働移転を期待する声もありますが、飲食業界内での転職に留まっていると推察されます。コロナが収束して、再度、経済活動が本格化すれば、さらに事態が悪化することも予測されます。

・高齢者化するヘルパー
特に、2019年厚労省資料によれば、「訪問介護員(在宅ヘルパ-)」の有効求人倍率は約15倍となっており、もっとも深刻な状況となっています。
2021年8月介護労働安定センターが公表した「令和2年度『介護労働実態調査』結果」によれば、訪問介護員(在宅ヘルパ-)の4人に1人が65歳以上と驚くべき実態が明らかとなっています。

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実際、私も介護現場の「訪問介護員」「ケアマネジャー」らにヒアリング調査をしていますが、「新規のお客さん(要介護者)をお引き受けする余力(人員)はありませので、お断りしています」「何軒も訪問介護事業所に問い合わせても、引き受けてくれる事業所を探せない」といった声を聞きます。

・ICTの活用や外国人介護士への期待
政府は介護人材不足対策の1つとして「ICT等の開発」「介護ロボットの活用」によって、介護職員の負担軽減を目指しています。また、外国人介護職員の活躍にも期待を寄せています。確かに、これらの方策は一定の効果は期待できますが、基本的には日本人の多くが介護職に就かなければ、根本的な問題の解決にはいたりません。
なぜなら介護ロボット等の開発も途上であり、コロナ以前でもあっても外国人介護職員の来日は、必ずしも目標値に達していないからです。

・他産業よりも魅力ある業種に
そのためにも、介護職員の賃金をさらに引き上げ、少なくとも全産業の平均水準にまで押し上げていくべきでしょう。確かに、政府も介護職員の賃金の引き上げには努力をしていますが、未だに介護職員の年収ベースでは80万~100万円もの差があります。
ただし、賃金の引き上げだけでは労働市場において、介護業界が「人材確保競争」に勝てるわけではありません。

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先の介護労働安定センターの調査結果によれば、前職(介護関係の仕事)を辞めた理由1位は「人間関係の問題」、2位は「結婚、妊娠、出産等」となっており、必ずしも賃金問題が上位とはなっていません。

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さらに、年間休日といった視点も重要でしょう。厚労省「平成30年就労条件総合調査」によれば、「医療・福祉」部門の年間休日が120日以上を占める事業所割合は約2割にしか過ぎません。いっぽう「情報通信」「学術研究専門・技術サービス業」部門は約5~6割となっております。
土日及び祝・祭日、年末年始休日等を考えると、年間休日120日以上を占める事業所が多い業界のほうが、一般的には労働市場では有利となります。

・いかに労働市場で介護業界は勝てるのか?
 毎年、出生数が減り続けていますが、いかに限られた労働人口を介護業界に引き寄せるかが大きなポイントとなります。そのためには、「人間関係の良好な職場が多い」「休日も取りやすい」「サービス残業もない」などといった、介護業界全体が「ホワイト企業が多い」といったイメージを社会に印象づける必要があります。
しかし、残念ながら介護業界の一部には、慢性的な人材不足によって労働環境が悪く、悪循環に陥り「ブラック企業」とも評される介護事業所が少なくありません。

・賃金以外の要因にも注目
 そのため、具体的には「優れた中間管理職」や「介護職員に寄り添う経営者」を、介護業界に増やしていくことです。
例えば、人事マネジメントに優れた中間管理職が少ないために、職場の人間関係問題が生じます。早くから管理職がヒアリングを重ね、適正な人事配置等を講じていれば、問題は未然に防げるかもしれません。
また、30歳未満の若い世代が介護職に就いていても、「先輩の背中を見て『介護』は覚えるものよ」「休日希望といったシフト作りは先輩の意向が優先される」といった、昭和感覚のリーダー下では、若い世代の人材は「定着」しません。
いっぽう「質はともかく頭数だけそろえればいい」「安易に人材派遣会社に依存して人材確保・育成を怠る」など、介護職員を単なる「駒」のように考えている介護経営者も少なくありません。
実際、人手に困らず、毎年、介護職員の公募者が絶えず厳正な採用試験を実施している例もあります。このような数少ない事業所に共通する点は、「人を大切にする経営者」「優れた中間管理職が多くいる」「研修体制も含め労働環境が良い」などが挙げられます。
ただし、要介護者やその家族にも問題がないわけではありません。昨今、利用者による介護職員に対する「パワハラ」「セクハラ」といった対応が明るみとなり、介護職のイメージを悪くしている要因の1つとなっています。いわば利用者のモラルが問われています。

・利用者が「選ぶ」ではなく「選ばれる」時代に!
本来、介護保険制度においては要介護者が自由に介護事業所を選択し、介護サービスを享受できることになっています。
しかし、さらに介護人材不足が深刻化していけば、「契約」してくれる介護事業所が見つからず、介護サービスを受けづらくなっていきます。つまり、要介護者が「選ぶ」のではなく、「選ばれる」立場となってしまうのです。そうなると、「制度あっても、介護サービスなし」といった事態も招きかねません。

・2035年が正念場
このままでは2035年団塊世代が全て85歳となる時代、大きく需給バランスが崩れ「介護難民」が続出するといった悲惨な事態を招きかねません。
今まで「賃金が他産業と比べて低いから、介護業界には人が来ない」といった要因だけにとらわれ、介護事業経営者はじめ、国や自治体、要介護者などは、他の要素に充分に向き合ってこなかったと考えます。そして、一層、介護人材不足問題を深刻化させているのではないでしょうか。
残された時間はわずかです。早急に多方面から対応策を考えていくべきでしょう。

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