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「オープンデータの意義と課題」(視点・論点)

東洋大学 教授 坂村 健

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【VTR:ロンドン地下鉄 位置情報サイト】
 これは今、ロンドンの地下鉄がどこにいるかが、わかるサイトです。Googleマップの上を動く地下鉄。黄色い丸ですが、不思議な感じですね。このサイトを作ったのは地下鉄を運営するロンドン市交通局ではありません。マシュー・サマービルさんという鉄道マニアのハッカーです。
 TfL(ロンドン市交通局)のコンピュータから、公開、オープンになっているデータを取ってきて、それを地図の上に黄色い丸にして書き込む──これをずっと繰り返すというプログラムを書いたのが、マシューさんというわけです。
ロンドン市交通局は、このほかにも、バスの運行状況や交通状況のカメラ画像など、いろいろなデータを公開しています。
数値データで公開するところがポイントで、これが最近のインターネットでの「データ公開」のスタイルです。これを「オープンデータ」といいます。

 2009年1月、オバマ大統領就任時に「透明性とオープン・ガバメント」という覚書が発表され、この中で「オープンデータ」が政策として示されました。政府が持っているデータは「国民の財産」と考え、これを誰もが使えるようにするという政策です。
米国では、この政策が積極的に進められ、最初はわずか47件だったオープンデータが、現在は1万倍にもなっています。その影響を受けて、EU各国でもオープンデータ化がすすみました。
 そして2012年のロンドン・オリンピックで一挙にオープンデータ化が進み、多くの民間アプリが生まれ、海外からの観客や障碍者も含め多様な人々の移動をサポートしました。これらはオリンピック・パラリンピックのレガシーとなりました。
 これらの成功を受けて、翌年の2013年にG8サミットで「オープンデータ憲章」が合意され、先進国政府共通のものとなりました。欧米の多くの国では数万から数十万件のデータがオープン化され、わが国でも政府のDATA.GO.JPが正式に活動を始めています。

 米国では各種統計データを組み合わせた新たな保険とか、大量のデータから飛行機の遅れ時間を推定してビジネスの無駄を減らすなど、オープンデータを利用した新しいビジネスが生まれ経済効果も出ています。オープンデータは、データをオープンにするだけという低コストで、経済効果が見込める、コストパフォーマンスの高い経済政策なのです。

 さて「オープンデータ」──日本においての関心はいま一つのようです。そこには日本特有の課題があります。官(かん)の側は「きちっとやるから、外部からあれこれ言われたくない」、民(みん)の方は「お上が全部やってくれる」といったギャランティ指向が強い日本では、データを軸に官民が協力するという新しい参加型行政モデルのオープンデータは理解されにくいようです。

 しかし、G8で対外的に約束した以上、きちっと実行するのも日本の行政です。あまり知られていませんが、国レベルでは結構オープンデータ化は進んでいます。

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 例えば、国交省の「歩行者移動支援サービスに関するデータサイト」。2015年の7月にオープンしました。このデータを使えば、体に障碍のある方の移動を支援するためのアプリなどが開発できます。移動経路の幅員(ふくいん)・傾斜・段差などの各種状況を知ることができる歩行空間ネットワークデータの需要が高く、オープン3ヶ月で、当時知られていなかった割には、2400件もダウンロードされました。

 PLATEAU(プラトー)というサイトは、日本全国の3D都市モデルと都市データの整備とオープンデータの公開ページです。このデータを使えばこのようなコンピューターグラフィクスが簡単に作れます。すでに災害対策や不動産開発など様々な分野で利用されています。ゲームなどにも利用できますね。
「利用法は皆さん考えてください」、「創意工夫で可能性は無限です」というようなオープンの理想は、従来型の日本の行政に合わないようです。「具体的に何の役に立つのか」、「予算を使う以上、まずオープンありきではなく、行政目的が必要だ」のような意見が出るのがいかにも日本的です。
 しかし、予想できないようなイノベーションが生まれるのがオープンデータの醍醐味です。最初から結果がわかっていたら、イノベーションではありません。このあたりがわかりにくいのかもしれませんが、コロナ禍がこの状況を変えようとしています。

 厚労省のサイトから新型コロナウイルス感染状況のオープンデータ公開が、2020年7月に、当時の加藤厚生労働大臣の会見で発表されました。これも、ほとんどニュースになりませんでしたが、厚生労働省は今まで、感染状況などをグラフで発信していました。しかし、「見にくい、分かりにくい」という批判が多かったのです。そこで「データを公開するので加工は自由に」ということで、データがオープンになりました。
グラフにない陽性率の変化をみたいと思ったとします。以前でしたらグラフから数値を読み取り、割り算して陽性率を出し、それを何日分も繰り返して再びグラフにプロットするという作業が必要でした。それに比べてデータがオープンになれば、もちろんプログラムが書けるということが前提ですが、誰でも好きな形式で素早くデータ処理して、グラフ化もできます。

 一般の人には数字だけの表ではわからないからと、国民がどんなグラフを求めているかを考え、徹夜しても頑張って資料化するのが、いままでの日本の役人でした。しかし、オープンデータは違います。材料を渡すので、加工は皆さんがしてください──という姿勢は行政の大転換なのです。行政の立ち位置はどうあるべきか。新型コロナは、多くのことを考えるきっかけになっていることだけは確かです。

 さてこれからですが、問題が残るのが地方行政のオープンデータ化です。技術的に対応できる人材の問題もあり、特に市区町村レベルで遅れています。
 国は2020年度までに地方公共団体のオープンデータ取組率100%を目標としていました。都道府県レベルでは2018年3月で100%を達成しましたが、市区町村を含めた取組率は、今年7月でも約66%にとどまっています。
 そこで市区町村のオープンデータ化DXを助ける目的で、一般社団法人オープン&ビッグデータ活用・地方創生推進機構──通称VLED(ブイレッド)が設立され、ガイドラインの作成や、地域のリーダーの研修などの対応が行われるようになり、その効果もで始めています。

 また日本では公共交通のオープンデータ化にも問題があります。公共交通は世界の多くの国では公共セクターで、例えばロンドンだと市の決断だけでオープンデータ化ができます。しかし、日本では公共交通の多くは民営化され、民間の協力がどうしても必要です。例えば東京は鉄道、バス、タクシーで1000社以上の多数の民間会社が関係する、世界に名だたる複雑な都市になっています。
 その課題に対応するため作られたのが、公共交通オープンデータ協議会──通称ODPTです。ODPTの公開するデータはすでにGoogleなども使っています。最近のGoogleマップではバスが今どこを走っているかを見ることができますが、これはODPTが公開するオープンデータを使ったものです。
 ODPTは、またデータを使ったアプリの開発コンテストも積極的に行っています。
コンテストでは、ベビーカーを押しているお母さんが、駅のどこの入り口にエレべータがあるか知るアプリ、電車に遅れがあった場合には、起こす時間を調節する目覚ましアプリ、視覚障害の方がよく利用するバスの運行状況を声で知らせるアプリ、などが生まれ、オープンデータの多様な可能性を示すことができました。色々なアプリが短期間で揃うことは、交通関係者に大きな衝撃を与え、オープンデータに対する理解を広げることに役立っています。

 今、プログラミングにより個人でも社会に大きな貢献ができる道が生まれています。しかし繰り返しになりますが、データがオープンになっていなければ、その個人の力も活かせません。データを軸に行政と個人が協力し、新しい社会サービスをともに作っていくという「新しい公共のカタチ」が今、始まろうとしています。

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