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「『テロとの戦い』がもたらしたもの ~米同時多発テロ20年~」(視点・論点)

アメリカ外交問題評議会 会長 リチャード・ハース

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(聞き手:河野憲治 解説委員長)

(河野)
今月11日。アメリカで同時多発テロ事件が起きてからちょうど20年を迎えます。この事件のあとアメリカが突き進んだ「テロとの戦い」は何をもたらしたのでしょうか。かつてアメリカ政府で外交政策の立案にかかわり、現在は有力なシンクタンク、外交問題評議会で会長をつとめるリチャード・ハース氏に聞きます。

【日本語訳】
(質問)
ハースさん、本日はありがとうございます。20年前、国務省政策企画局長として「テロとの戦い」の戦略立案に関わられました。この戦略は想定通りの成功を収めましたか?そうでないなら、何がうまくいかなかったのでしょうか?

(ハース氏)
本日は呼んでいただきありがとうございます。戦略ではよくあることですが、この戦略でも成功した要素と同時に、失敗した要素もありました。ある観点では、アメリカは幸い同時多発テロのようなテロ事件に再び見舞われることはありませんでした。
一方で、大きな失敗をしたのは、主にイラク、そしてある意味ではアフガニスタンもそうだと思います。対テロ政策の名の下で、同時多発テロ事件への対抗措置として始めたことは、どんなに利益があっても、それに見合わないような犠牲がありました。

(質問)
アフガニスタンについてですが、アメリカ軍の撤退によりタリバンの復権を許し、20年間の人的犠牲、財政的負担がほとんど無意味なものとなりました。バイデン大統領は、この問題の対応をどう間違えたと思われますか?

(ハース氏)
私は撤退の判断には反対でした。トランプ前政権が交渉・署名した和平合意は、大きな欠陥のあるものだったと私は思います。アフガニスタン政府が加わっておらず、期日までのアメリカ軍の撤退を求めていました。また、タリバンに武装解除も停戦の確約も求めるものではありませんでした。
明らかに撤退で想定していた内容には不備があったと思います。撤退はかなりの時間をかけて行えるものと想定していました。治安情勢が悪化したとしても、撤退は徐々に行われるであろうと。しかし、明らかに事態は急変しました。そのため、バイデン政権は計画的に撤退する時間がなくなったのです。
バイデン政権が誤ったのは、アフガニスタン政府軍の力というより、米軍の撤退によって政府軍の強さや自信、結束力にどんな影響を及ぼすかという点です。バイデン政権は急な撤退は計画していませんでしたが、その結果はご覧の通りの不幸な状況です。

(質問)
アメリカの「テロとの戦い」は今後どうなるでしょうか?

(ハース氏)
良い質問ですね。「テロとの戦い」に正式な終結はありません。テロリストと平和条約は結びませんから。今後は、中東地域を中心に、さらにはアフリカ諸国、また中央アジアなどで局所的に戦いが続くでしょう。これは終わりのない戦いです。
我々はすべての手段を使わなければなりません。そもそも人々がテロリストになることを防ぎ、勧誘を止めさせなければなりません。今回、状況を厳しくしたのは、世界中のテロリストに対して、自分たちに勢いがあると思わせてしまったことです。
テロリストに勝機はなく、アフガニスタンは例外であることや構図は変わっていないことを示さなければなりません。

(質問)
アフガニスタンは再びテロリストの温床となるでしょうか?

(ハース氏)
タリバンは、そうならないと言っていますが、そのような意思があり、約束を果たすかを見ていく必要があります。再び温床となるのであれば、タリバンを罰する方法、そしてテロリストを攻撃する方法を見つけなければなりません。
再び温床にならないことを望みますが、疑問はもっともで、可能性はあります。本当に重要な点は、20年を経てタリバンはどう変わったのか?何を学んだか?です。
アメリカの外交政策は、タリバンを試すことです。我々は彼らに求めることを伝えます。こうしたことをすれば、我々はこうする。アメリカとタリバンは、このような条件に基づく関係に入ろうとしていると考えます。

(質問)
アメリカの国民や政治家は、ますます内向き、孤立主義になっているようみえます。今後、アメリカの国際社会におけるリーダーシップや責任が弱まると予測されますか?

(ハース氏)
難しい質問ですね。その可能性があるだけに、答えにくい問題です。急に転換するとは思いません。国際関係重視から孤立主義に切り替わるわけではなく程度の問題です。むしろダイアルを回すような感じです。確かに、共和党と民主党ともに、重要な課題は国内にあるという認識は強まっています。
若干内向きを志向する傾向はあると思いますが、党派を超えて重要な例外があります。中国に対して重大な懸念がありますし、主要な同盟国との関係は引き続き維持したいと考えています。もちろんイランや北朝鮮に関する懸念もあります。
したがって、アメリカはいわゆる孤立主義的な段階に突入するとは思いません。一方で、世界におけるアメリカの役割について、国内で合意が得られていないと思います。また、“ある程度”と強調しておきますが、ある程度は内向きを志向する傾向はあると考えます。
しかし、ここはまだ議論が必要です。アメリカ外交政策の役割について優先事項は何なのか、どのような手段を使う準備ができているのか。特に、今後の軍隊の役割は何か。議論が必要だと感じます。

(質問)
20年間の「テロとの戦い」でアメリカが学んだ教訓は何ですか?

(ハース氏)
教訓はありますが、正しい教訓を得ることを願います。アメリカは少し謙虚でなければなりません。ほかの社会を簡単に変えられるなどと考えないことです。このことは、イラクへの対応で苦労して学びました。ある程度はアフガニスタンも同じです。
武力行使も慎重に行い、軍に必要以上に頼ってはなりません。国づくりを通して相手国の統治能力を高めることが極めて重要だと理解する必要があります。
「テロとの戦い」は終わっていません。今後もアメリカの外交政策は様々なことが要求され対応を決めなければなりません。地域的、文化的、政治的、地理的、そして戦略的な実態を踏まえて、理にかなった対応が必要です。
テロとの戦い方に関しては、正解やアプローチは一つではありません。場所が変われば手段を変えざるを得ません。
どの戦争も3回戦われます。最初に、戦争をすべきか議論を戦わせます。次に実際の戦闘。そして3回目は、なにを教訓とすべきかを議論する戦いです。ご質問は3回目の段階ですが、アメリカ人それぞれで教訓は異なるでしょう。すでに当たり前のことをアフガニスタンの教訓とすることや間違った教訓を得ることはしてほしくありません。

(河野)
ありがとうございました。いつも貴重な見識を感謝しております。ありがとうございます。

(ハース氏)
アリガトウ。ありがとうございました。お会いできてよかったです。

(河野)
アメリカは、中国との競争に国力を割くためにもアフガニスタンでの戦いから手を引くことを決めたとしています。しかし拙速な撤退作戦は、結局タリバンの復権を許し、再びテロの温床となりかねない状況を生み出しました。
ハース氏も指摘するように、アメリカ外交は内向きの傾向も見せています。同時多発テロ事件から20年。国際社会は改めてテロとの脅威にさらされる、より不確実な時代を迎えることになるのかもしれません。

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