NHK 解説委員室

これまでの解説記事

「モルフォチョウに学ぶ『窓の採光』」(視点・論点)

大阪大学 准教授 齋藤 彰

s10915_023.jpg

私はX線を使った物理学の研究が専門ですが、20年近くモルフォ蝶の発色を研究してきました。そこには物理学の眼でミステリーとも言える、不思議な性質があります。そして最近、このモルフォ蝶の性質を別の形で利用して、面白いことができそうだとわかってきました。それは「明るく、光を広げる窓」です。

s10915_012.png

 中南米にいるモルフォ蝶の翅は青く輝き、生きた宝石とも呼ばれます。そのどこがミステリーか。それは輝く青色が「どこから見ても青い」からです。このことをよく考えてみましょう。モルフォ蝶の翅には、青い色素がありません。ではどうやって色を出すかというと、光の「干渉」です。これはシャボンやCDと同じで、微細な構造が元で、光が強め合ったり弱め合ったりするからです。こうした「構造で生じる色」を構造色と呼び、シャボンもCDも透明な材料から虹色が出ます。ここまではありふれた話です。しかし、強め合う条件は角度で変わります。だから見る角度で色が変わり、虹色になります。
ところが、モルフォ蝶はどこから見ても青いまま。これはシャボンやCDがどこから見ても青いのと同じで、物理に反しています。秘密の鍵は「乱雑さ」にありました。

s10915_016.png

この蝶の鱗粉を拡大すると、断面には木のような、つまりツリー状の構造が見えます。枝のような横板の段々で反射した光が、上下方向で強め合って青色を出します。そして斜め方向で強め合うと、波長の違う別の色を出します。ところがこのツリー状の構造が隣同士で乱雑に並ぶので、斜めで強め合うことができません。だから虹色にならないのです。
 では上下に、つまり真上から見た時だけ青いか、というと、広角で青く見えるのには別の秘密があります。それはツリー状の幅が狭いゆえの「回折広がり」です。回折広がりは、光に限らず波がある所でよく見られます。たとえば水上の波が波止めで遮られているとき、切れ目があるとそこから波は広がります。こうした小さな構造から波が回って広がるのが回折広がりです。この蝶の場合、ツリー状の幅が狭いので、青く強め合った光が広がり、それで広角で青く見えるのです。これで「色素が無く、干渉で青色を出すのに、虹色でなくどこから見ても青い」謎が解けました。
 こうした構造色は、普通の色素に無い利点が多々、あります。

s10915_017.png

まず干渉で強め合うので色素に無い輝きがあり、装飾や化粧品に向いています。何より構造があれば色素と違って色褪せないので、紫外線も平気です。物理的な構造由来で合成色素も使わないので、材料も省けて環境にやさしく、発光と違ってエネルギーも要りません。しかも普通の構造色は虹色になりますが、モルフォ発色は広角で鮮やかな単色なので、ディスプレイや看板、ペイントなどの用途があり得ます。さすが、生物由来の技術は環境・エネルギーに適しています。
 そこで我々はこれまで、こうした発色の技術を研究してきました。これらの発色は、光の反射です。ところが、光には反射の反対で、透過という性質もあります。ここでこの特異なモルフォ蝶の性質を透過に転用したら、どうなるでしょう。
透過と言えば、窓です。

s10915_018.png

右の概念図の通り通常は、窓を通る光は直進し、室内を広く照らすには照明が必要です。これに対し、光を曲げるか、広げれば照明を減らせます。しかし、広げるために散らそうということで、左の模式図のとおり、ごく小さなビーズのような粒子をいれることがよくあるのですが、この散乱を使うとあちこちに散って透過率は下がります。
また、プリズムのような屈折や、先ほどのCDの原理を使って光を曲げると、虹色になってしまいます。窓のほかに、ダクトなどの設備を使うと、規模が大き過ぎます。しかし、微細構造を使えば、モルフォ蝶と同様「明るくて、広角で、虹色でない」3条件を並立できます。
今度は反射と違うので、青くなる源の、横枝のような構造は要りません。

s10915_019.png

そこで横枝を省略し、回折広がりを起こす狭い幅、そして虹色を防ぐ乱雑な配列、を考えます。ちょうど、細い1本の棒が乱雑に並んだ形です。すると、回折広がりは表面だけで生じ、多重散乱がないので透過率も高い、つまり明るいのです。こうして、「明るく、広角に広げ、虹色でない」すべてを満たす窓が可能になります。我々はこのアイデアに基づき、窓の構造条件をいろいろ振って、シミュレーションで最適値を探しました。

s10915_021.png

その結果、総合的な透過率90%、角度広がり90°が同時に達成できるとわかりました。もちろん青くなる要素はありませんし、乱雑さがあるので虹色には全くなりません。たとえば、散乱を使った数多くの採光窓では、散乱で広く照らすと暗くなり、明るくすると広げられない、というトレードオフがあります。従来のトレードオフを見ると、我々の結果はこの三角印のように両方を満たしています。これは計算結果ですので、今は実証実験を進めています。

このアイデアの利点として、窓にこうした微細加工をしなくても、フィルム化して既存の窓にも適用できる点があります。使い道は、昼間の照明を減らす採光窓をはじめ、各種の照明やディスプレイに役立つ「光拡散板」、また透過も拡散性も高い、例えばビニルハウスに有効なフィルムへの応用が期待されます。
ここで照明と光拡散板の話が出たので、少し追加します。この研究は、照明の世界にも役立ちます。特に、住まいと撮影の2点で重要です。それは、住まいでも撮影でも、空間を影なく照らす均質な照明が求められるからです。しかし従来の光拡散板は拡散性に難があるので、影を消すには複数の光源で様々な方向から照らす必要があった訳です。したがって、特に撮影の照明設備などは必然的に大掛かりになり、機材の設営が負担になるし、空間演出にも制約が生まれます。ところが、拡散性と明るさが両立するこの技術を使えば、少ない光源で屋外のような光分布を創れるようになり得ます。この点は、今回の研究のもう1つの利点でしょう。

実は近年、ヨーロッパ、特にフランス・ドイツを中心に生物模倣技術、これをバイオミメティクス、と呼びますが、建築や都市計画に舵が切られつつあります。モデル生物は何と、集団としての生態系です。つまり、森林や海、さらにそれらの相互の関わりをシステムとして学び、建築や都市に役立てようという試みです。確かに文明への影響は個別の材料よりも甚大です。その意味でも、建築に使える採光窓の応用は、今後とも推進してゆきたいテーマです。
最後に、生物を模倣するこうしたバイオミメティクス研究の、より広い視野での捉え方について申し上げます。

s10915_022.png

最初にお話した通り、生物機能は環境・エネルギーの両面でやさしいという特長があります。生物は30億年以上、全地球規模で最適化の実験をしてきたといっても過言でありません。そこではもう1つ、多様性がキーワードです。つまり極地から熱帯、空から地中まで、あらゆる環境に適応しているので、機能もきわめて多様です。ここから学ばぬ手はありません。最近のナノ科学・ナノテクのお蔭で、以前は見えなかったものが見え、作れなかったものが作れるようになってきました。まだたくさんの機能が埋もれています。そして何より、それがわかるのは面白いです。ぜひ皆様も、一見退屈な学問も、そうした目でワクワクしながらご覧いただければより楽しくなるのかな、と思っています。
今日はありがとうございました。

こちらもオススメ!