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「東京五輪と新型コロナ感染対策」(視点・論点)

東邦大学 教授 舘田 一博

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1.はじめに
新型コロナウイルス感染症、この感染症と向き合って1年と半が過ぎましたが、私たちはこれまでにいろいろなことを経験し学んできました。そしてようやく第4波を乗り越えた状況ですが、すでに第5波の兆候、リバウンドが1都3県を中心に観察されているのはご承知の通りです。これから7月後半には4連休があり、そして7月23日からは東京五輪が開催されるということで、感染対策をどのように実施していけばよいのか、不安を感じている方も多いのではないでしょうか。今日は、「東京五輪と新型コロナ感染症、私たちに求められる知識と行動」に焦点を当てながら、ワクチン接種や変異ウイルスの話題も含めてお話しさせていただきます。

2.新型コロナ感染症の現在の状況

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 全国的にみると、7月に入って1日の感染者数は2000人を超えるようになってきて、特に1都3県における再増加の傾向が明らかとなっています。そのような状況のなかで、7月12日より東京に4回目の緊急事態宣言が出されました。感染性が高いとされるデルタ株による感染例の増加、夜間帯の人流の増加なども報告されており、これからも少なくとも2週間は感染者数が増加することを覚悟しておかなければなりません。今回の緊急事態宣言は感染者数がステージ4になった段階で、比較的早い段階で発出されました。このタイミングに関しては、いくつかのシミュレーション研究による今後の予測、そして何よりもこれまでの経験をもとにした判断であり、「決して大きな波は作らない」という覚悟のもとに発出された宣言であると理解しています。そしてワクチン接種が確実に進行する中で、今回の宣言を最後にしなければいけないという強い思いが込められた緊急事態宣言であると考えています。

3.東京五輪で予想されるリスクと対策
 さて、このような背景のもとに7月23日から東京五輪が開催されます。世界的なスポーツと平和の祭典であり、これまでにないいくつかの感染リスクの問題があることはご承知の通りです。
東京五輪でみられる感染リスクとこれに対する対策について、特にスタジアムの外で注意しなければいけないポイントについてお話ししてみたいと思います。

まずは観客についてです。
観客を入れると人流が増加し、濃厚接触のリスクが高まることは周知の事実です。たとえスタジアムの中での感染対策が徹底していたとしても、行きかえり、特に観戦後の帰りの飲食が感染の増加につながるのではないかと心配されています。今回、1都3県、そして北海道、福島県においては無観客で開催されることが発表されました。大変厳しい判断であったと想像されますが、東京五輪で決して感染者を増やさないという強い決意を示す決断であったと思います。

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一方、観客を入れると決めた地域においては、スタジアムの中はもちろんのこと、スタジアムの外で、特に飲食に関連する感染のリスクを改めて評価し、それを抑える対策を徹底していくことが求められます。3密の回避、飲食の場でのマスクや手指消毒に加えて、換気、人と人の距離、接触する時間などの重要性が改めて強調されるべきです。お店の人もお客さんも、一人一人が想像力を働かせて、感染のリスクを下げる行動を実践していくことが重要になると思われます。

次に大事なポイントは、応援に行けない人たち、家でテレビ観戦している人たちに「矛盾したメッセージ」を与えないような配慮が重要になります。
オリンピック・パラリンピックはスポーツと平和の祭典です。1都3県、北海道、福島で無観客となったことにより、多くの方が自宅等でテレビを通して応援することになります。一方、観客がいる競技場において、スタジアムの中で大人数の人が大騒ぎをするような映像が流れると、「どうして自分だけ家にいなければいけないのか」「騒いだり、ゆるんだりしていいのではないのか」という誤ったメッセージが強調されるリスクが高まります。
この誤ったメッセージ、矛盾したメッセージの拡散が、人々の分断を助長し、反発を招き、協力が得られにくい状況を作り出してしまうということを十分に考えておかなければなりません。

そしてもう1つ大事な点は、オリンピック・パラリンピックの途中であっても、感染の状況が急激に悪化した場合には、「躊躇せずに、中止を含めた強い対策をとる」という強い覚悟をもって東京五輪に臨むことが重要だと思います。

4.ワクチンと変異ウイルスの問題
次に、現在注目されているワクチン接種、そして変異ウイルスの問題についてお話ししたいと思います。
(1) ワクチン接種

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 ワクチン接種が急激に進行し、7月12日の時点で高齢者の75%以上の人が1回目の接種を終了、7月の末までには65歳以上の希望する高齢者の接種が終了することが予想されています。これを反映して、高齢者の入院および重症例の減少がすでに観察され出しています。しかし一方で、最近の東京都の報告では、40代から50代の入院例および重症例の増加が確認されていることに注意しなければなりません。この緊急事態宣言の間にもワクチン接種は粛粛と進められますが、残念ながら全ての年代のワクチン接種が終了するのは10月から11月になるのではないかと考えられています。ワクチンによる集団免疫効果が得られるにはもう少し時間がかかるということを認識しておかなければなりません。
(2)変異ウイルスの問題

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  世界中で変異ウイルスが出現し、新たな増加を引き起こしているということが報告されています。特に4月・5月の第4波では関西を中心にアルファ型、いわゆるイギリス型の変異ウイルスの増加がみられ大きな混乱を引き起こしたことはご承知の通りです。そして最近では、次の変異ウイルスとしてデルタ型、いわゆるインド型の変異ウイルスが増加しています。このままいくと、7月末から8月にかけてほとんどがこのデルタ型に置き換わるのではないかと推定されています。このデルタ型ウイルスは感染伝播性が従来株に比べて2倍ほど高いということが報告されています。デルタ型ウイルスの増加がみられる中で、私たちはより一層厳しい基準で感染対策を実施していくことが必要となります。その基本は先程お話ししましたように、3密の回避、会話する場合のマスクの着用や手指消毒の徹底、さらに換気、人と人の距離、接触する時間に注意することです。一人一人が、それぞれの場面・場面で感染のリスクを下げる行動を実践していくことが重要になります。

5.最後に
  緊急事態宣言の中、大部分が無観客で開催されることが決まった東京五輪。東京五輪で新型コロナウイルス感染症の増加が引き起こされないように、私たち一人一人がこの感染症の特徴、リスクをしっかりと理解し感染対策を徹底していくことが重要になります。最後にもう一度繰り返しますが、3密対策、マスク、手指消毒に加えて、特に食事・会食の場において換気・距離・時間も重要な要因であることを改めて認識する必要があります。緊急事態宣言によりできるだけ感染者数を抑制していくとともに、地域・地域でのワクチン接種を粛粛と進めていくことが重要です。4回目の緊急事態宣言が、私たちの最後の宣言になるように、これから数か月の間、私たち一人一人の理解と協力が求められています。

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