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「幸せの指標について考える」(視点・論点)

日立製作所 フェロー 矢野 和男 

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新型コロナウィルスの感染や紛争、自然災害など、先の見えない時代になっています。
私は、過去15年以上にわたり大量の人間のデータを集めて、幸せな状態とはどういうことなのかということを、データを使って科学的に研究してきました。
その結果、このような予測不能な変化の時代だからこそ、幸せに注目することが必要だと考えるようになり、これを最近著書として出版しました。今日は、ここで述べた変化の中での幸せの重要性と新たな仕事の仕方についてお話しします。

我々は組織や国をきちんと管理するために計画やルールを作ってきました。
もちろんこれは必要なことではありますが、変化が激しい時代にはむしろその変化への適応を妨げる要因になるというマイナスな面が大変強くなっています。
例えば、計画を作っても一月も経てば外部状況が必ず変化しますし、かつ計画を作ったときには見えなかったことや知らなかったことがいろいろと見えてきます。
ここで、今、多くの社会人がその時に計画を変えるのか、それとも以前作った計画を守るのかという選択を迫られ、結果として計画を守る方の選択をしていることが圧倒的に多いと思います。これが社会の活力や経済の活力を奪っているわけです。
計画を作って守るという良いことだと考えていることの中に、実は、マイナス面があるのだ、ということを今こそ認識すべきだと思います。

変化の時代には、何が起きているかは誰にも分かりません。
ですから、やってみて学ぶということを仕事の基本にすることが大事なことだと考えます。
これを実験と学習と呼びます。従来は仕事を標準化して横展開をすることでマニュアル通りにやればある程度の仕事を効率良くできたために、これもよいことだと思われていますが、変化の中では、マイナス面が目立つようになります。
むしろ、日々の仕事に実験を入れ、常に、昨日の自分を越える、自己革新を行っていくことが重要なわけです。実験をして学ぶことによって常に日々工夫し、昨日の自分を越えて、自己革新する働き方が求められます。

これは、決して楽ではありません。この楽でないことをやり続けるためには精神的なエネルギーが必要で、その精神的なエネルギーが高まっている状況を実は幸せと呼ぶのです。

この20年くらいで、幸せや前向きさに関する学問的な研究が行われました。我々は、仕事がうまくいったり成功したりすると幸せになれる、健康だと幸せになりやすいと考えている人が多いと思います。しかし実は因果関係が逆なのです。すなわち、幸せだと仕事がうまくいく、幸せだと病気になりにくくて、病気になったとしても治りやすい、こういうことが大量データで分かったのです。

さらに、幸せは4つの要因からなることが明らかになりました。

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先が見えなくても道は見つかると未来を信じる力(Hope)。さらにそういう状況で現実を受け止めて行動に踏み出せる力(Efficacy)。やってみれば上手くいかないことの方が多いため、そこで困難に立ち向かう力(Resilience)。さらに変化の中でも前向きなストーリーを生み出すことができる、どんな状況も楽しむ力(Optimism)。この4つの力、すなわちHope、Efficacy、Resilience、Optimismの頭文字をとってHEROと呼び、サイコロジカルキャピタル、心の資本と言われています。

幸せというのは南の島でのんびりするというような緩い状態では決してなく、常に前向きにこの人生の荒波に立ち向かっていく力を持っていることだと分かってきたわけです。

我々は、さまざまな職種や業種の職場を、一千万日を超えてウエアラブルセンサーで計測してきました。この結果、幸せで活性化した集団と、不幸せな集団とを区別する普遍的な特徴があるということを発見しました。

幸せで活性化した集団に見られる特徴は4つあります。

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1番目は、つながりが均等であることです。人と人のコミュニケーションのつながりにおいて、特定の人がそのつながりを独占的に持つというのは悪いパターンで、幸せな集団ではフラットに人と人がつながっています。
2番目は、5分間会話が多いことです。幸せな集団では5分10分の短い会話が広く行われています。
3番目は、会話中に体が同調して動くことです。我々はコミュニケーションというと言葉で行っていると考えがちですが、コミュニケーションの影響の大部分はうなずきや声のトーン、間、体の向きなどNon-verbal、すなわち非言語の要素が、言葉以上に大きな影響を与えていることが知られています。特に我々は信頼や共感を示すときに体の動きを同調させて動かすことでこれを表現します。アンハッピーな組織にはこの同調の動きが少なくなるということなります。
4番目は、発言権が均等であることです。会議の時に発言権が皆に平等に与えられているのはハッピーな組織の特徴で、逆にアンハッピーな組織では特定の人に発言権が集中します。
この4つの特徴、Flat/Improvised/Non-verbal/Equalの頭文字をとってFINEと呼んでいます。

つまり、幸せな組織にはこのFINEなコミュニケーションが現れるということです。
さらに、このFINEなコミュニケーションができているのかを皆さんがお持ちのスマートフォンで計測する技術も開発しました。スマートフォンには、体の動きを測るセンサーが入っています。これを使って、無意識の身体運動に潜む、幸せな状態かそうでない状態か、FINEなコミュニケーションがあるかを客観的に計測する技術を世界で初めて可能にしたわけです。

まとめますと、この変化の時代には、実験と学習を仕事の基本にし、日々工夫や挑戦をして昨日の自分の仕事の仕方を越えていくことが必要になります。
そういうことができている組織ではHEROな前向きな心がありますし、同時にFINEなコミュニケーションが現れます。

最後に、このような組織は実際に作れることをお話します。我々は、例えば商社、家電量販店、コールセンターなどの幅広い組織において、幸せで前向きな組織づくりを行ってきました。

具体的にはパソコンやスマートフォンを使って、朝、今日どんなこと、どんな実験に挑戦してみるか、どんなFINEなコミュニケーションの工夫をしてみるか、ということについて、用意してあるメニューから選択し、チームメンバーに向かって宣言するようにします。
1日たった朝1分だけの取り組みですが、このたった1分の前向きな宣言が組織を大きく変えるということが大量のデータで実証されています。

例えば4,300人83社が参加した実証実験では、この1日1分の前向きな宣言を3週間行っただけで、HEROの値が33%も向上しました。これは経営学で知られている換算式に入れますと、10%の営業利益の向上に相当する結果が得られたことになります。

たった1分の宣言を3週間行っただけでそんな効果があるわけがないと思うかもしれませんが、我々は、昨日100個のさまざまな経験をし、そのうちの99個がよいことであったとしても、1個ネガティブなことがあると、その1個のネガティブなことにアテンションを向けてしまい、最悪な日だったという評価を下しがちです。

これはまさに、昨日を見るレンズやフィルターが歪んでいるということなわけです。
この1日分の注意をポジティブなことに向ける訓練をするだけで、劇的に変わるということが実証されているわけです。

変化の中で、従来の計画やマニュアルにとらわれない、日々実験し、学習する、前向きで活性化した組織が必要です。このような組織には、HERO/FINEといった要素が必要であることが明らかになりました。このような、新しい組織づくりは、すでに実組織で始まっているのです。

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