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「低所得世帯の進学支援を考える」(視点・論点)

桜美林大学大学院 教授 小林 雅之

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今日は、学生への経済的支援について、お話ししたいと思います。日本の大学では、これまで、大学生の多く、7割以上がアルバイトをしていました。しかし、コロナ禍の中で、大学生のアルバイトが減少し、学費や生活費の捻出に苦慮している学生も少なくありません。

そうした学生を支援する経済的支援は、授業料の減免や奨学金などが主なものです。これまで日本では、奨学金は貸与、つまり返済しなければならないローンにあたるものが中心でした。

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しかし、昨年度から始まった高等教育の修学支援制度は、大学・短大・高専・専門学校などの学生を対象に、授業料減免と給付型奨学金、つまり返済する必要のない奨学金によって低所得層の支援を行うものです。両者合わせて学生1人当たり最高年額、約190万円、今年度の予算規模で約5,800億円以上という、かつてない大型の制度です。
支援の対象となるのは、世帯年収約270万円以下の非課税世帯の学生です。また、世帯年収約380万円以下の準対象世帯の学生には、一部の支援があります。
ただ、この制度は急ごしらえのため、支援の対象となる学生や高等教育機関の要件などについて、様々な問題点が指摘されていて、4年を目処に改正することが規定されています。そのためには、この制度が期待されるような効果をもたらすのか、を明らかにすることが必要です。

きょうは、昨年度から始まったこの修学支援制度の効果と課題について考えたいと思います。
まず新制度の効果について、萩生田文部科学大臣は4月13日の会見で低所得者層の高等教育進学率についてつぎの様に述べています。

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住民税非課税世帯の進学率は、制度導入前の平成30年度は約40%と推計をしていたものが、制度導入後の令和2年度には約48~51%程度となり、約7~11ポイントの上昇が確認できます。

大臣が言及した奨学金の効果の検証は容易な作業ではありません。進学に影響する要因は、奨学金だけでなく、世帯年収や学力や授業料など多数あり、奨学金の効果だけを取り出すことは難しいからです。私たちは2006年度から継続して高校の卒業者の保護者を対象に世帯年収と進学の関連を調査してきました。ここでは、この調査結果を基に、学生支援の問題について検討していきたいと思います。ただし、私たちの調査には、多くの限界があり低所得層の進学率の上昇について、大雑把な推計であることから、ここでは、数値自体を問題にするのではなく、新制度の効果や低所得層の進学を阻む要因を明らかにしたいと思います。

結論から言えば、新制度は低所得層の進学促進に一定の効果はあったとみられます。

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新制度の対象となる世帯年収275万円以下の対象世帯の高等教育進学率は、2016年の高卒保護者調査では52.1%でした。
しかし、この図のように、2020年の調査では大学・短大・専門学校を合わせて61.5%と、9.3ポイントの増加で、大臣の言及した7〜11ポイントのちょうど中央の数字となっています。この数字から見る限り、新制度は低所得層に対して、一定の進学促進効果があったとみることができます。
しかし、このように、所得による進学機会の格差はまだ大きく、経済的な問題が残されています。

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さらに、こちらの図のように、就職者のうち「経済的に進学が困難だった」者は、対象世帯でも50%、準対象世帯でも46.6%となっています。このように新制度の創設によって、大幅な支援がなされることになったにもかかわらず、進学の経済的格差はまだ解消していません。

その理由の一つとして、私たちの調査では、対象世帯と準対象世帯の進学者のうち、24%、約4分の1しか支援を受けていないことがあげられます。さらに、このように支援が届かない原因として、新制度が対象者に知られていないという情報ギャップの問題があると考えられます。

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このグラフのように、対象世帯と準対象世帯のうち、新制度について、「聞いたことがない」と回答した者が進学者でも22.9%、就職者では21.4%と少なくないのです。「知っているが詳しく内容は知らない」と答えた者を含めると進学者で約7割、就職者で約6割となっています。昨年度が新制度の開始年度であったことから、新制度を認知していない者が多く、今後は、十分周知されるのであれば、過渡期の問題だと言えるかも知れません。
しかし、ここで、情報ギャップの問題が重要だと考えるもうひとつの調査データを示します。それは、高校の奨学金担当者が非常に難しい課題に直面していることです。

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私たちが実施した2017年の全国高校調査では、こちらの図のように、「奨学金制度が複雑すぎて理解しづらい」と8割が回答しています。この回答者は、「高校の奨学金担当者あるいは奨学金について最も詳しくご存じの方」であることを考えると、事態は深刻です。2017年度は日本学生支援機構の給付型奨学金と所得連動型返還制度が創設され、奨学金制度が複雑化しました。このため、高校の担当者でも、理解しづらい事態となっていたのです。この理由として、86%と大多数が「奨学金制度について担当者が学ぶ機会が少ない」と回答しています。
新制度が始まり、さらに高校あるいは高等教育機関の生徒・学生や家族に対する説明の負担は重くなっています。
アメリカでは、学費や生活費を個々人が計算できるカリキュレーターの設置を各大学のホームページ上に義務づけています。さらに、各大学は、合格者に対して、学費や生活費の予想金額を記したアウォード・レターを送っています。これによって、進学を考慮する際のファイナンシャル・プランを立てることが容易になります。それでもアメリカで情報ギャップは大きな問題となっているのです。
私が情報ギャップについて、最も問題だと思うのは、新制度は5,800億円以上の巨額を投じるのに対して、先にみたように、高校や高等教育機関への支援あるいは日本学生支援機構の情報提供などのインフラ整備が十分ではないということです。たんなる給付だけではなく、情報ギャップを緩和するため、インフラ整備に予算をつけることがまず求められると考えられます。
さらに、新制度がどの程度進学やその後の学生生活さらには卒業後の生活にどのような効果があるのか、効果検証に予算をつけることも重要です。確固たるエビデンスによって、新制度や既存の奨学金制度の手直しをはかることができます。文化も社会的背景も異なる諸外国の制度をよく検討せず導入することは失敗しやすいのです。見習うべきは、アメリカでは、奨学金について膨大な研究があり、効果の有無について、異なる研究結果から、さらに研究や制度改正が進展するというダイナミズムがあることです。
新制度は始まったばかりですが、課題は山積しています。教育には多額の費用がかかります。新制度の改正に向けて、調査研究や政策の議論が進展することが何より求められているのです。しかし、教育費の問題について、とりわけ教育費の公的負担について、議論されることは少ないのが現状です。今回提示した調査結果が一石を投じ、今後、制度の見直しを含めた議論が活発化することを期待したいと念願しています。

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