「電子図書館の普及が目指すもの」(視点・論点)
2021年06月21日 (月)
専修大学教授 植村 八潮
新型コロナウイルス感染症の拡大は、私たちの文化活動や学校教育に大きな影響を与えています。特に「緊急事態宣言」期間においては、全国の公共図書館では、臨時休館が余儀なくされました。
このような中で注目されたのが、 24時間いつでも、どこからでも、電子書籍が借りられる電子図書館サービスです。昨年5月には、図書館流通センターの電子書籍貸し出し実績が、前年同月比5.3倍となって話題になりました。
そこで、図書館における電子書籍の利用について、大学、公共、そしてICT化への対応が問われている学校図書館の順に取り上げて、その必要性や導入の意義についてお話ししたいと思います。
まず、電子書籍の普及状況を見てみましょう。
出版科学研究所の発表によると、2020年の電子出版市場は対前年比で28%増と大きく伸びて、3931億円となりました。出版市場全体のうち、およそ四分の一を占めています。電子コミックの売上比率が高いとは言え、文字系電子書籍の刊行も順調に増えており、大手総合出版社の新刊書籍の大半が、紙の本と電子書籍の同時刊行です。
電子書籍による読書が一般的になった、といって良いでしょう。
では図書館での利用について見ていきましょう。最初に、電子資料の利用が進んだのは大学図書館です。大学図書館は20年以上前から、学術文献の電子版やデータベースの活用が進んでいました。コロナ禍のために、大学図書館の休館は長引きましたが、一部の電子資料はオンラインで利用が可能でした。現在でも、多くの大学で、オンライン授業が対面授業と平行して行われており、学習環境は一段とICT化しました。
多くの学生にとってキャンパスにいる、いないにかかわらず、電子資料の活用は日常的になってきました。
次に公共図書館における電子図書館サービスの普及状況についてお話しします。
昨年春の第1回緊急事態宣言において、休館している図書館数は全国で9割をこえました。今年5月からの緊急事態宣言では、宣言対象の10都道府県の図書館で、半分を超える287館が休館しています。
各図書館は休館中、郵送貸出・宅配のほか、電話やメールでの問い合わせ対応といった非来館型のサービスを行い、地域の文化活動を支える機能を維持すべく、工夫を重ねました。
しかし、非来館型サービスでは電子図書館に勝るものはありません。電子図書館の利用が注目されたこともあって、これまで導入していなかった公共図書館でも導入が進んでいます。
電子出版制作・流通協議会の調査によると、今年4月1日現在の電子図書館の数は全国で202館となり、この1年間で112館が増えました。一昨年度の導入館が8館にすぎなかったことを考えると、その急増ぶりがよく分かります。コロナ禍で外出自粛が求められる中、インターネット上で手軽に借りて読める電子書籍のメリットに、人々が気づいて要望が高まったほか、政府の臨時交付金が出たことも後押しとなっています。
日本の公共図書館は、米国に比較して電子書籍の導入が遅れてきました。米国では十年前に、ほぼ9割の公共図書館が導入し、有効活用されています。一方、日本では、導入館は自治体数でやっと1割を超えたところで、点数も一館あたり数千点と少なく、さらに貸出率も低いままでした。導入しても貸出率が低いままでは、限られた図書予算の中で契約点数を増やす理由はなかったといえます。この点でもコロナ禍による苦境が、結果的に図書館での電子書籍利用につながったといえます。
このようにコロナ禍は、図書館の休館や国民の文化活動を制限する一方で、電子書籍の利用やオンライン授業を促すことになりました。
大学図書館に続いて、公共図書館でも電子書籍の利用が一般化する中で、では、ICT化が進む学校図書館はどうなっているでしょうか。
現在、文部科学省は全国の学校現場で、児童生徒1人1台の端末と、高速大容量のインターネットを整備する「GIGAスクール構想」を進めています。昨年春の休校措置がきっかけとなり、このGIGAスクール構想が前倒しされました。「1人1台端末」の整備が進む中で、デジタル教科書の取り扱いも見直され、この4月から全面的な利用が可能となっています。小中高校においても、コロナ禍が、教育のICT化を後押しする形になったのです。
もちろん、GIGAスクール構想は、コロナ禍におけるオンライン教育の導入だけを目指すものではありません。新学習指導要領が示す「主体的・対話的で深い学び」のために、個別に最適化された学習環境を実現する施策です。
文部科学省のガイドラインによると、学校図書館は、読書センター・学習センター・情報センターの機能を有するとされています。学校図書館は、「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた「授業改善に生かす拠点」として期待されており、そのためには、単に「読書センター」にとどまらない、「学習センター」「情報センター」へと進化する必要があり、ICT化は欠かせません。
文部科学省の資料には、電子書籍の活用に関した事例が紹介されています。例えば「総合的な学習(探求)の時間」では、「公立図書館等におけるオンラインを活用した電子書籍サービスを利用して、専門的な情報を確実に収集する」といった例が紹介されています。
英語の多読を目的に電子書籍サービスを契約する学校もあります。英語を勉強しようと思ったときにオーディオブックを含む豊富な洋書と出合えるのは、電子書籍ならではの大きなメリットです。
一方で、コロナ禍での「学校休業中の学校図書館の取り組み事例」では、「時間を区切っての図書の貸出し」、「分散登校日を活用した図書の貸出し」、「郵送等による配達貸出し」、「学校司書によるおすすめ絵本の紹介」としかなく、文部科学省自らが、「読書センター」としての役割に留まる記述しかしていなかったことになります。
実際の学校図書館現場では、電子書籍や電子資料を活用した積極的な取り組みが始まっていることからすれば、残念な事例紹介です。ただ、未だに多くの学校図書館が、電子図書館の導入にほど遠く、紙の本による読書活動を中心に据えているのが現状です。
全国学校図書館協議会が2020年9月に行ったコロナ禍の学校図書館調査で、「休業、または、学校再開後の授業対策等によって、学校図書館の電子化や電子図書に関する状況」について変化があったか質問しています。
これについては、小・中・高校ともに「電子図書館の導入はほとんど進んでいない」と報告しています。
学校図書館は、子どもたちが何かを知りたいと思ったときに自由に調べることができ、疑問を解決する場であってほしいと思います。とくにデジタルは調べる作業に向いているので、信頼・安心できるレファレンスツールを導入して、その使い方を教えることが重要になります。
また、近年子どもたちのスマートフォンによるトラブルが増えています。情報リテラシー教育の観点で言えば、子どもたちは、フェイク情報を見分ける力を付けることが大事です。学校は信頼・安心できるデジタルコンテンツを児童生徒に提供していくことが求められています。
電子図書館にも一長一短があります。紙の書籍と電子書籍の良いところをうまく使い分けていくには、経験も必要です。
電子書籍ブームから10年で、出版市場の大きな柱に育ちました。次の10年で、学校図書館でごく自然に電子書籍が活用されるようになるのでは、ないでしょうか。