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「生命科学的思考で不安と向き合う」(視点・論点)

生命科学研究者 高橋 祥子

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 こんにちは。コロナ禍という混沌とした状況のなかで、今、多くの人が不安や心配を抱えていると思います。今日は、そんな不安や心配とどう向き合っていけば良いのかを、「生命科学的思考」という考え方に基づいてお話していきます。

 私は生命科学の「研究者」としてヒトの社会や課題と日々向き合う中で、様々な問題に直面し、不安に悩まされることもありました。しかし、そもそもなぜ「不安」や「課題」があるのかと疑問に思い、すべてが私の研究対象である生命の仕組みに関係するものだと考えるようになってから、これまでの「見え方」が一変しました。基本的にすべての生命活動には「個体として生き残り、種が繁栄するために行動する」という共通の原則が関係しています。その生命原則を客観的に理解した上で、「自分はどうしたいか」という主観的な意志をいかす思考が、「生命科学的思考」です。

 生命の仕組みで考えると、私たちが「不安」というネガティブな感情を持つのは、遺伝子が正しく機能している証拠です。危機に備えて、危機を察知して回避していく。そのための守りの機能のひとつとしてあるわけです。「危険な状況だから、逃げたほうがいいですよ」と知らせてくれています。
 私も起業するときは不安を感じましたが、それは「私が不安に思っている」のではなく、「遺伝子の機能によって不安に感じているだけ」と考えることができます。そうすると、不安は対策できる不安と対策できない不安に分けることができます。この対策できる不安については、事前に準備して、すべて行動することができます。

 例えばコロナ禍の不安に置き換えると、マスクや消毒など、個人でできる感染対策、自分を守って、他人への感染も予防するものです。皆さんすでにされてらっしゃるかと思いますが、これらは対策できる不安と言えるでしょう。
 それでも、すべて対策できるものを対策してから残る、漠然とした不安については、生命の性質によるものであり、行動ではどうしても解決できないので、ふたをして考えないようにしています。
遺伝子に搭載されている基本的な危機回避の機能に従うことが、現在における様々な環境においても最適であるとは限らないからです。つまり、不安や心配など、すべての感情は、生命の視点から客観的に自分を見ることで、とりうる解決策が見えてきます。

 もちろん、すべての感情を客観視する必要はありません。例えば「楽しい」や「うれしい」といったポジティブな感情を持った時は、遺伝子が機能していることは忘れて、心の底から味わうようにしています。そこまでロジックでとらえてしまうと、何も楽しめなくなってしまいますからね。
遺伝子と感情の仕組みを知ってからは、「辛事(しんじ)は理、幸事(こうじ)は情をもって処す」と考えるようにしています。つまりつらいことは論理的に対処し、楽しいことは心から楽しむ、ということです。

 このように、生命の本質や機能を理解した上で、自分でコントロールできる範囲のものはコントロールしよう、というのが「生命科学的思考」です。
 生命原則とは、「個体として自分が生き残り、種として繁栄する」ということです。イギリスの進化生物学者・動物行動学者であるリチャード・ドーキンスは、「利己的な遺伝子」という書籍の中で、「すべての生物は、遺伝子を運ぶための生存機械にすぎない。」といった趣旨の話をしています。一方で、ドーキンス氏は同じ本で、「私たちには、これらの創造者に刃向かう力がある。この地上で、唯一私たちだけが、利己的な自己複製子たちの専制支配に反逆できるのだ。」と述べています。
 創造者や自己複製子とは、遺伝子のことです。人間だけが生命原則にあらがうことができ、自分の意思で行動できるというのが、個人にとって大切になります。

 この生命原則には順番があります。まず自分の個体としての生存可能性を最優先で考え、自分の生存可能性が高くなって初めて、他者のことや、人類のこと、世界や未来のことも考えられるようになります。
 自分が見ている、考えている世界の範囲のことを「視野」と呼ぶとすると、生命は視野をコントロールすることが非常に不自由な存在です。

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 視野には、「空間的視野」と「時間的視野」の2種類があります。空間的視野は、ある時点で自分のことだけでなく他人や世界のことなどを考える範囲のこと。時間的視野は、現在だけでなく明日や1年後、10年後といったように、いろいろな時間のスパンで考える範囲のことです。例えば、生まれたての赤ちゃんは自分のことや今のことしか捉えることができず、視野がすごく狭くなっています。まず個体として生存するために、今自分のことに意識を向けています。生きるためには視野が狭い必要があるからです。
 人間が成長して、個体としての生存の可能性を担保できるようになると、周りの人たちのこと、そして社会のことも考えられるようになります。個体としての生存の可能性が担保されてくると、視野が広がるからです。
 空間的視野、時間的視野のどちらについても、ただ視野を広くもつのではなく、広くも狭くも調節できる能力が必要ですが、そもそも生命自体は視野が狭くなるようにできています。そのことを知るだけでも、広い視野をもてるようになります。自分が今、どの視野でとらえているのか意識するだけでも、物事の見え方は変わってくるはずです。

予測できない環境の中で、理不尽に思えることに直面した時にこそ、自分が何を求めているかについての認識が深まり、初めて理想とする世界を決めることができます。コロナ禍などつらい状況では、なぜ今の状況がつらいと思うのか、正確に認識することが大切です。
なぜつらいのか、自分はどういう世界を望んでいるのかを考えると、解決すべき課題が見えてきます。

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 普段の秩序ある世界では、自分が期待する世界と実際の世界にズレがない場合、なぜ違うかという疑問は発生しにくいですが、今のコロナ禍というカオスな状況では、自分の希望する世界と実際の世界のズレを認識しやすくなります。生命科学的思考を通じて、自分の置かれている環境や視野を知ることで、よくわからないけど不安だ、怖いという感情から解放されて、主観的な命題、つまり何が理想なのか、そのために何ができるのかを、迷いなく生きることができます。

 今後、生命科学のテクノロジーにおいては、ゲノム編集やAI、そしてこれからも新しいテクノロジーが多く生まれると思いますが、どんな技術が生まれたとしても、私は明るい未来を作ることができると信じています。ただし、それは「私たちが生命原則を知り、ただ本能に翻弄されるだけではなく、視野が狭くなりがちになるという性質をもっていると理解した上で、主体的に思考する」という条件つきだと思います。
 変化が激しい時代では、私たちは能動的に思考することが大切になります。思考して行動に移すことで、人類は明るい未来を作ることができます。
「生命原則を客観的に理解した上で『じゃあ自分はどうしたいか』という主観的な意志を活かす思考」、「生命科学的思考」こそが、人類にとって唯一の希望であるとも考えています。

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