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「学校現場のLGBTs教育はいま~"人生を変える"先生の言葉~」(視点・論点)

宝塚大学教授 日高 庸晴

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 セクシュアルマイノリティに関するニュースや話題を随分と耳にする機会が増えていることと思います。文部科学省は2015年から3年連続、性的指向や性自認の多様性について教員の理解が必要であるといった文書を出しており、教育現場への啓発とその喚起を行っています。また、中学校・高校の複数の科目の教科書でLGBTに関して記載されるようになり、社会の対応は変化しつつあります。

性的指向と性自認の多様性を現すLGBTと、このところ呼ばれていますが、男性でも女性でもないと、そのように認識するXジェンダーなど、性の有り様はまさに様々多様であって、4つに分類しきれるものでもありません。
本日はLGBTをはじめとするセクシュアルマイノリティの総称としてLGBTs(エル・ジー・ビー・ティーズ)と表現したいと思います。

 2015年に文部科学省から全国の教育委員会などへ通知が出たことや、東京都渋谷区と世田谷区が同性パートナーシップ制度を導入したことがきっかけとなって、この5~6年で広く理解が進むようになってきました。こうした変化は、多くの当事者の皆さんの頑張り、政治の動き、繰り返し実施され蓄積されてきた調査結果の提示など様々な要因が背景にあると考えられます。
 今日は全国の教員を対象に実施した意識調査と、LGBTs対象の全国インターネット調査の結果を通じて、学校現場の状況を考えてみたいと思います。
先ず、教員を対象にした意識調査の結果から見ていきます。

 全国36自治体の小中高・特別支援学校の、およそ2万2千人の先生方にご協力いただき、性的指向と性自認の多様性に関するアンケートを実施しました。全体で75%を上回る先生方がLGBTsについて授業で教える必要があると考えている一方で、実際に授業で取り入れた経験は15%前後でした。この割合は8年前におよそ6千人の先生方に同様の調査を実施しましたが、授業の実践割合はほぼ同じであり、大きな変化はありませんでした。授業に取り入れない理由として、「教える必要性を感じる機会がなかった」が最多であり30%前後です。しかし、同性愛について冗談や笑いのネタにされることが、子ども達の中で実際に起こっています。これが、深刻ないじめや不登校、自傷行為などにつながる可能性もあり、児童生徒の学びの機会を作ることはとても重要かつ喫緊の課題です。
 
 先生方のLGBTsに関する学びの状況はどうでしょうか。
教育学部など養成機関で学んだ割合は13%前後でした。さらに分析を進めました。出身の養成機関・独学・教員になった後の研修と3つの学びの機会があった先生はおよそ2万2千人のうちわずか3.1%、いずれの機会においても学んだ経験がない先生は19.5%でした。現在の教員養成機関の必修カリキュラムに、性的指向と性自認の多様性については含まれておらず、一部の大学などが、独自のカリキュラムとして扱っているのが現状です。これまでに、学びの機会がしっかりあった先生は、同性愛と思われる児童生徒や性自認について悩んでいる子どもの存在に、明らかに多く気付いていました。実際に当事者の児童生徒との関わりの経験の割合も圧倒的に高く、授業に取り入れた経験もあることがわかりました。従って、教員養成課程の必修カリキュラムとして、性的指向と性自認の多様性を学ぶことや、現職の教員研修として今以上に多くの先生方が学ぶ機会を確保することが不可欠です。

 では、LGBTs当事者は実際に学校でどのような経験をしているのでしょうか。
およそ1万5千人を対象にした2016年の調査では、6割が小中高のいずれかでいじめ被害経験があったと答え、その大半が「ホモやおかま・おとこおんな」といった言葉の暴力にあっていました。およそ1万1千人を対象にした2019年の調査でも、同様の傾向であり、そのうち7割は「自分がいじめられていることを知っている人や目撃していた人がいた」と答えていますが、「かばってもらえた、助けてもらえた」、それはわずか4割弱でした。また、当事者の、とりわけ10代の不登校率や自傷行為経験率が他の集団に比較して格段に高いこともわかっています。
 LGBTsの子ども達が、からかいの対象や異端視、否定、揶揄や嫌悪される存在として学齢期を過ごすのではなく、LGBTsであることを多様な在り方のひとつと捉えて生活できるような、そういう環境を整備する。そのために、学校が出来ることはたくさんありますので、先生方に是非ご理解いただき、力を発揮して頂きたいと思っています。

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 図書館や保健室に関連する本を置くことや、学校内にポスターを貼るだけでも当事者である子どもにとっては貴重な情報獲得の機会になります。45分ないし50分の授業時間全てを使わずとも、授業中のちょっとした話題として、LGBTsについて肯定的に取り上げることも重要な取り組みになります。

 さきほどお話しした2016年に実施した当事者対象の調査では、6割に小中高いずれかでのいじめ被害経験がありました。
この被害経験者の中で、「いじめの解決のために先生が役に立ってくれた」と認識していた人はわずか13.6%でした。10代に限定すれば19.9%といじめ被害経験者のわずか5人1人しか、先生が助けになってくれたと思えていない、そういった現状です。大変厳しい数字ですが、ここから学校での取り組みを始めていかなければいけないということでしょう。

 LGBTsの子どもたちは、誰が信頼できる大人であるかしっかり見ています。担任の先生が自分の言葉で、性的指向や性自認の多様性について教室で伝えていく中で、児童生徒からの反応として「オネエ」と言った言葉で笑いを取ろうとすること、馬鹿にするような不規則発言があるかもしれません。その場合は、その状況を見逃すことなく、毅然と対応する必要があります。もちろん、その発言をした子どもを一方的に叱りつけるようなことはよくないですが、「誰かを馬鹿にして傷付けるような言葉は、そういうことは絶対言っちゃいけないんだ」と先生が毅然と伝えることが何より必要です。

 教室にひとりは存在するかもしれない当事者の彼らは、「先生はこの場をどうやっておさめるのであろうか」と息を潜めて見ています。しっかり対応する先生の姿は「こうやって自分たちを守ってくれる大人がいるのだ」ということを学齢期の早い段階で知ることにつながって、何かあればその先生に相談に行く、相談に行ってもいいんだ、と頼れる大人の存在を伝えるきかっけになります。

 この先生ならば自分のことをわかってくれるだろうと信じて、期待して、本当の自分の話をすることと思います。学校での取り組みや先生のさりげない一言が、彼らの人生を変えることになります。同時に注意すべき事は、学校や先生の方から当事者の児童生徒に対してカミングアウトを促す、そういったことをしないことです。カミングアウトするかしないか、その範囲や時期や方法は本人が決めることであって、先生や学校がその方向付けをしないようにすることです。

 学齢期の早い段階で多様性について肯定的なメッセージを受け取り、それを内面化することは、当事者である子ども達自身の自尊感情や自己肯定感を高めていくことのみならず、当事者ではない子どもにおいても、人権感覚を養う貴重なきっかけになります。
 すでに学校が直面しているいじめ・不登校・自傷行為の現実、性的指向と性自認(LGBTs)の物差しで現状を改めて検証することからぜひ始めてください。
先生の言葉掛けひとつで、子どもの人生を変えることになります。

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