「地図が伝える自然の営みと災害リスク」(視点・論点)
2021年05月25日 (火)
お茶の水女子大学研究協力員 宇根 寛
今年も梅雨の出水期がやってきました。昨年7月に九州、熊本県の球磨川流域を中心に広い範囲で大きな災害となった令和2年7月豪雨は記憶に新しいですが、一昨年10月には、令和元年台風19号により東日本の広い範囲にわたり洪水が発生し、特に多摩川、千曲川、那珂川といった都市部に近い大河川が氾濫して大規模な被害が発生し、近代的な大都市の足元にも自然が牙をむいていることを思い知らされました。さらに、その前年の平成30年7月には、中国、四国地方を中心に広範囲で大きな水害が発生し、洪水や土砂災害で死者、行方不明200名以上という大きな被害が発生しました。
このような災害の頻発の中で、ハザードマップが注目されています。特に、洪水の際に浸水した範囲がおおむねハザードマップの想定と一致したことが明らかになったことから、国や地方公共団体では、ふだんから。各家庭に配布されているハザードマップを確認し、それに基づき避難行動の心構えをするよう住民に呼びかけています。
ハザードマップはとても重要な情報なのですが、一方で、平成23年の東日本大震災のときには、「ハザードマップを信じるな」ということが言われたこともありました。これはいったいどういうことなのでしょうか。
東日本大震災で大きな被害をもたらした津波の大きさは、当時のハザードマップが想定していた津波よりはるかに大きく、ハザードマップに示されていた想定浸水範囲をはるかに超えて内陸まで押し寄せました。
この図は、震災当時、地方公共団体が作成し、配布していた津波ハザードマップに示されていた浸水範囲を青で、実際の津波の到達範囲を赤で示したもので、ハザードマップで想定されていた浸水範囲よりはるかに広い範囲が津波に襲われたことがわかります。このため、ハザードマップで浸水が想定されていなかった場所で多くの方が命を失い、結果的にはハザードマップが安心材料となってしまった可能性があると指摘されています。
しかし、「ハザードマップを信じるな」という言葉は、ハザードマップが有害であるといっているわけではありません。ハザードマップは一定の想定の下で作成されたものであり、実際に発生する自然現象は、ハザードマップの想定通りに起こることはむしろまれで、私たちの想定をはるかに上回る現象が起こりうることもある、だからハザードマップに示された情報を活かしつつ、逐次伝えられる災害情報に耳を傾け、自分で危険性を判断しなさい、と言っているのです。
このことは、洪水についてもあてはまります。洪水ハザードマップは、地形や過去に発生した洪水などのデータをもとに、河川ごとに起こりうる最大の洪水を想定して作成されています。しかしこれとて、一定の想定に基づいた推定であり、想定を超える洪水が起こらないとは言い切れません。河川ごとに想定が行われるので、一方の河川のハザードマップだけを見ていると、背後の河川から不意打ちをくらう、といったこともあり得ないことではありません。
それでは、私たちはどのような情報をもとに危険性を判断すればいいのでしょうか。
ひとつのヒントは、足元の土地の成り立ちを理解することです。私たちが暮らす土地は、長い年月をかけて、自然の営みが繰り返されて造られました。例えば、広々とした平野も、もとは、河川が洪水を繰り返し、土砂が積み重なって形成されたものです。平野の地形を細かく見ると、旧河道と呼ばれる、かつて河川が流れていた跡や、自然堤防と呼ばれる、洪水の時にあふれ出た水流に運ばれた礫(れき)や砂が溜まったわずかな高まりなどが見られます。
また、山麓には、山地から土石流となって流れ下った土砂が積み重なった扇状地が形成されています。このような地形をみることで、その場所にかつてどのような自然の営みが働いてきたのかを知ることができます。自然の営みは、長い目で見ると今後も同じように繰り返されます。このような、足元の土地の成り立ちを理解することで、そこにはどのような災害のリスクがあるのかを知ることができます。そのような知識を踏まえてハザードマップを読み取ることで、そこはなぜ想定浸水深が深いのか、あるいはなぜ強い洪水流が想定されているのか、といったことがより深く理解できます。
このような土地の成り立ちは、地図で知ることができます。地形を細かく観察して、その形態や形成要因ごとに分類した地形分類図です。代表的なものとしては国土地理院の土地条件図や治水地形分類図、国土交通省の土地分類基本調査などがあります。これらはいずれもインターネットで詳しく見ることができます。
例として、国土地理院の地理院地図を使って、地形分類図を見てみましょう。
【VTR:「地理院地図」 (国土地理院ホームページ)操作画面】
インターネットで「地理院地図」と検索すると、このような画面が出てきます。これをマウスを使って拡大したり、スクロールしたりして、見たい場所を表示させます。続いて、左上の「地図」をクリックし、「土地の成り立ち・土地利用」をクリックし、さらに「地形分類(ベクトルタイル提供実験)」を選び、地形分類(自然地形)をクリックすると、地形分類図が表示されます。地図上でマウスを黄緑色のところに合わせて左クリックすると、その場所が氾濫平野で「洪水で運ばれた砂や泥などが堆積してできる」、「河川の氾濫に注意」といった説明がポップアップします。水色のところに合わせて左クリックすると、その場所が旧河道で、河川の流路だった場所で周囲より低く、長期間浸水しやすいといった説明が現れ、また黄色のところは自然堤防で、周囲より少しだけ高く、洪水に対しては比較的安全、といったことがわかります。このような地形は、多摩川がかつて洪水を繰り返しながら、この地域を作ってきたことを示し、これからも同じような自然の営みが続いていくであろうことを示しています。
地理院地図には、他にも、地形を理解するためのさまざまな機能が用意されています。
また、スマートフォンでもほぼ同じ操作で見ることができますので、ぜひお試しください。
人は環境に生きる生き物です。自分の足元の自然の営みを理解することは、人が生き、自然の恵みを享受し、災害を受けることなくすこやかに暮らすための不可欠の行為です。
地図は、自然の営みを伝える最も適切な道具です。ウェブ地図や3Dなどの新しい技術を使って、地図が伝える自然の営みを知り、自らを守る適切な行動を判断していただきたいと思います。