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「変異ウイルスの流行と求められる感染対策」(視点・論点)

沖縄県立中部病院 感染症内科副部長 髙山 義浩

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1.変異ウイルスの流行状況
新型コロナウイルス感染症が、パンデミックを引き起こして1年半が経過しました。日本でも流行が繰り返され、いま、第4波の最中にあります。流行のたびに、その規模を増してきましたが、今回は、従来のものと比べて感染力が高いとされる変異ウイルスが拡大の背景にあります。

これまで国内では、イギリス型、南アフリカ型、ブラジル型などの変異ウイルスが確認されていますが、とくにイギリス型が急速に拡大しているものと考えられます。

2.なぜ変異ウイルスが発生するのか
なぜ、このような変異ウイルスへと置き換わっていくのでしょうか? 実は、これはウイルスとヒトとの関係において、宿命のようなものです。

ウイルスには様々な種類があります。独自の遺伝情報についても、DNAだったりRNAだったり、一本鎖のものもあれば二本鎖のものもあります。

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新型コロナウイルスは、このうち一本鎖のRNAを持っているウイルスなのですが、この系統は、複製過程でミスが起こりやすく、変異ウイルスが出現しやすい傾向があります。

新型コロナウイルスの変異のペースは、1年間に1つのゲノムあたりで約24カ所のコピーミス、つまり変異が生じるとされています。ずいぶん雑なことをやっていると思われるかもしれませんが、ウイルスにとっては、免疫こそが最大の壁ですから、生き残るために変化し続けることが大切なのです。

ウイルスにとっての最大の武器は、短時間でどんどん増えることができることなので、コピーミスを乱発しながら増殖すれば、それだけ変異のチャンスが生まれます。そのなかで有利な変異がたまたまできればラッキーということなんでしょう。実際、ほとんどの変異は失敗で、淘汰されているものと考えられています。
ただ、なかにはイギリス型の変異のように感染性を高めたり、ブラジル型のように過去の感染による免疫を回避したりといった、彼らにとっての大当たりの変異が発生することがあるわけです。

3.イギリス型変異ウイルスの特徴

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現在、国内で流行しているイギリス型が有するN501Y変異とは、ウイルス表面の突起であるスパイクタンパク質の一部を変化させ、ヒトの体内にある受容体と結合しやすくすると考えられています。このため、ウイルスの感染性が増強し、ある報告では、従来型よりも25%から40%ほど高まっているとしています。
より少ない量のウイルスでも感染が成立しやすくなっており、これまではリスクが低いと考えられていた状況でも感染してしまう人が出ています。たとえば、これまでは、密閉、密集、密接という三つの密が重なる場面で集団感染が生じやすいとされていました。しかし、イギリス型では、野外のバーベキューで集団感染が生じるなど、ひとつの密であってもリスクが高いと考えられます。
また、小児においても感染性が増していることが分かってきました。とりわけ小児で感染性が高いわけではありませんが、従来型ではそれほど認めなかった幼稚園や学校での集団感染も多く認めるようになってきています。
さらに、このイギリス型では、重症化のリスクも上昇させています。ある報告では、従来型よりも64%高まっているとしています。実際、私が診療している病院でも、30代、40代など若い年代でも容易に肺炎になり、そこに肥満や糖尿病などのリスクファクターが重なって、人工呼吸器が必要なほど重症化する症例が多発しています。

4.個人に求められる感染対策
では、このように厄介な変異ウイルスから、私たちはどのように身を守り、地域から排除していけば良いのでしょうか? 
実のところ、変異ウイルスと言っても、感染経路は従来のウイルスと同じであり、とるべき感染対策も同じです。ただし、その感染性は高まっているので、これまで以上に感染リスクのある行動を減らし、あるいはリスクある状態にある時間を短くしていく必要があります。

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すなわち、人が集まる場所ではマスクを着用するだけでなく、なるべく人ごみ自体を避けることです。また、公共のモノに触れたあとは手指衛生を心掛けますが、そもそも公共のモノを触れないで済むようにします。会食についても、マスク会食であるとか、4人以下であるとか、リスクを軽減する考え方よりは、そもそも同居する家族など固定された親しい人に限定することが必要です。
そして、とくに心がけていただきたいのは、発熱や咳などの症状があるときは外出を控えるということです。ウイルス変異があるかどうかに関わらず、一人ひとりが、新型コロナウイルスに感染しないようにすること、感染させないようにすることが大切です。

5.行政に求められる新たな施策
クラスター対策、3密回避、時短営業、そして緊急事態宣言など、これまで日本がとってきた対策は、一定の成果を収めてきました。しかしいま、ウイルスは変異をすることで巻き返しを図っています。私たちは、同じやり方では通用しなくなっていることに気づく必要があります。
そして、変異していくウイルスの特性を踏まえ、過去にとらわれることなく次々に新たな施策を打ち出していくべきです。
まず、ワクチン接種を急ぐことです。大きな流行にさらされた欧米諸国においても、ワクチン接種率が高まるとともに、流行が沈静化してきています。変異ウイルスによる大流行にさらされたイギリスも、ワクチンを接種した人の割合が5割を超えて、いまでは、人口当たりの感染者数が日本よりも低くなっています。ロックダウンの効果もあったと考えられますが、自粛疲れのなか、その効果は次第にほころんでいきます。やはりワクチン接種を推進することが、現時点では最大の防御になると考えられます。
次に、エッセンシャルワーカーに対する定期のスクリーニング検査を行っていきましょう。あるいは、実家への帰省やスポーツイベントへの参加など、感染リスクがあると考えられるときは事前に、安価にあるいは無料で検査が受けられるよう整備していくべきです。昨年の今頃は脆弱だったPCR検査の体制も大幅に拡張されているので、もっと上手く使いこなすべきです。
飲食店、ショッピングモール、映画館など、人が集まる場所の感染対策について、外部からの評価により認証する制度も推進していきましょう。流行状況によっては営業自粛を求めていくことも必要です。そのためには協力金などのサポートを短期集中的に投下していくことを行政には求めたいと思います。
最後に、感染リスクの高い人たちの暮らしを直視する必要があります。
昨年、沖縄の歓楽街で大規模なクラスターが発生したとき、私は感染した方々のホテル療養への受け入れにあたりました。すると、ホテルには、多くのシングルマザーが、隔離されに子連れでやってきました。流行が明らかであっても、生活のために働き続けなければならない人たちがいます。
あるいは、私たちの病院には、少なからず独居の高齢者が感染して入院してきます。彼らはデジタル機器を使いこなせず、誰かと会うことで社会性を維持しています。スナックで夕食をとっている中高年男性も少なくありません。ヒルカラに集まることだけが人と話す機会だという高齢女性も多数おられます。彼らに外出自粛を求めると、不活発となり衰弱してしまう可能性すらあるのです。
また、外国人コミュニティでの感染拡大が各地で課題となっています。異国で暮らす外国人にとって、祖国の仲間と共に郷土料理を食べることは、メンタルケアの面でも重要なのでしょう。
また、外国人に限らないことですが、パートで生計を立てている人たちは、欠勤がそのまま収入減となるため、症状を認めていても隠して働き続けてしまうことがあります。言葉で状況を説明することが難しかったり、相談先がみつからなかったりする外国人であればなおさらでしょう。
感染症は、こうした社会の脆弱なところを狙い撃ちしてきます。行政は、ただ外出自粛だとか、営業自粛を求めるのではなく、それが難しい人たちに対する総合的な支援策を考える必要があります。ルールを守れない人を隔離したり、罰したりするだけでなく、守れない理由を理解し、そこへの支援をしていかなければ問題は解決しません。
これは単にコロナを克服するだけでなく、パンデミックを機会として社会を一歩成長させることにもつながるはずです。ウイルスは絶えず変異しながら、私たちの対策を乗り越えようとしています。私たちの感染対策も、失敗を恐れることなく、不断に進化させていかなければなりません。

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