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「70歳就業法 働き続ける社会の課題」(視点・論点)

中央大学 教授 阿部 正浩

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今年4月1日から、改正高年齢者雇用安定法が施行されました。今回の改正では、高齢者の就業機会を確保するため、従来から事業主の義務とされている60歳から64歳までの雇用確保措置に加えて、65歳から70歳までの就業確保措置を事業主の努力義務とされました。今日は、今回の法改正の背景や目的、そして今後の高齢者雇用の課題について、お話したいと思います。

今回の法改正が行われた背景には、少子高齢化の進展による深刻な労働力不足問題があります。今後10年間で、15歳から64歳の生産年齢人口は530万人ほど減少すると予測されており、日本社会と経済の持続可能性を高める上で、高齢者の活躍は不可欠となっています。働くことを望みながらも年齢が壁となって働くことを断念する人々もおり、そうした人たちの活躍の機会拡大が求められています。

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この図は55歳以降の労働力率の推移を男女計で見たものです。60歳以降の労働力率が上昇傾向にあり、特に希望者全員の雇用確保が事業主に義務付けられた2013年以降、顕著な高まりを見せています。2000年時点の60歳から64歳の労働力率は男女計で55.5%でしたが、2020年には73.1%に達しており、50代との差は縮まっています。
一方、65歳以上の労働力率も上昇傾向にありますが、60代前半と比べると20%ポイントの差があります。

(独)労働政策研究・研修機構が2019年に調査した「高年齢者の雇用に関する調査」によると、「65歳以降も希望者全員が働くことができる」とする企業が21.8%ありますが、「基準該当者が働くことができる」企業は58.0%、「65歳以降は働くことができない」企業は17.3%あります。産業によっては、労働者の希望の有無に関わらず働くことができない企業が過半数を占めています。60代後半の雇用環境を整備し、雇用機会を拡大する余地は未だあると考えられます。

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今回の改正では、就業継続確保措置として、①70歳までの定年引上げ、②定年廃止、③継続雇用といった従来と同様の制度以外に、④70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度や、事業主が自ら実施あるいは委託、出資(資金提供)などして行う社会貢献事業に70歳まで継続的に従事できる制度といった、雇用以外による創業支援等の制度が加わりました。
雇用以外の就業支援が加わったのは、65歳以上の高齢者には体力や健康状態、あるいは本人を取り巻く環境に多様な実態があるためです。継続雇用だけでは個人の状況に合わせた柔軟な就業調整を行うことが難しく、むしろフリーランスのように労働者の都合に合わせて働ける働き方が望ましいと考えられたからです。そのため、雇用にこだわらず、個々人のニーズにあった多様な形態による就業確保が求められたのです。

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ただし、雇用以外による就業は、労働関係法令による労働者保護などが図られないことから、労働組合あるいは過半数代表者の同意を得た上でなければ、事業主は創業支援等の導入はできない、とされています。
また、いわゆる偽装請負にならないように、雇用以外の就業を労働者性が認められない就労実態にしなければなりません。それまでの仕事を単に委託契約に置き換えるようなものは認められません。事業主が指揮監督を行わないのはもちろん、業務依頼や業務従事の指示などに関しても、高年齢者側がその諾否を自由に決定できるようにする必要があります。
加えて、雇用以外の就業についても安全衛生管理を徹底することが事業主に求められます。
これらの点については、国会での審議過程においても、慎重かつ丁寧な運用が必要との附帯決議がされており、実際の運用に当たっては、厚生労働省の指針のもとで、労使間で丁寧に協議していくことが求められます。とりわけ、事業主が強い立場を利用して労働者に不利益をもたらすことのないよう、労使間でチェックしていくことが必要です。

ところで、前回の法改正で高齢者の労働参加が促進されましたが、60歳台前半の雇用者の半数程度が非正規雇用であり、労働の質には依然として課題があります。

先ほどの労働政策研究・研修機構の調査によると、継続雇用者に定年前と同じ仕事をさせている企業は4割程度にとどまります。また、賃金水準に関しても、60歳直前と61歳時点を比べると2割以上下がっています。高齢者の労働参加だけでなく、労働の質の向上も必要です。
今年4月からは、中小企業にも同一労働同一賃金が義務づけられました。
これを機に、年齢や性といった個人の属性ではなく、能力や職務などの要素をより重視する制度の導入など、賃金や人事制度を見直すことも事業主は積極的に検討すべきでしょう。最近では、いわゆるJOB型雇用が注目されますが、職務内容や職務遂行に必要なスキルを明確にできれば、年齢や性にとらわれない働き方が実現できるでしょうし、雇用や就業の形態に関わらず、人々の処遇を均衡させることも可能となるでしょう。労働者の就業や生活の安定にも配慮しつつ、賃金や人事制度を見直していくことは重要です。
また、高齢者の働く意欲や能力を維持・向上するために、60歳以前の早い段階から自律的なキャリア形成ができる制度を整備することも重要です。若年期から労働者のキャリアの棚卸しを定期的に行い、各人の強みと弱みを把握して職務割り当てに役立てるなどです。同時に、高齢期になっても時代に合ったキャリア形成を継続的に行うことも必要です。しかしながら、厚生労働省の『令和元年度 能力開発基本調査』によると、教育訓練や自己啓発支援に費用を支出した企業割合は57.5%に過ぎません。キャリアコンサルティングを実施する企業割合も約4割です。在宅ワークなどの新しい働き方が増え、DX(デジタルトランスフォーメーション)など新しいビジネスモデルも出現しており、労働者に求められる知識やスキルが大きく変化しています。高齢者に限った話ではありませんが、キャリア形成の重要性はより高まっています。
他方で、労働者個人にとっても、人生100年時代における職業生活を充実させるために、自身のライフプランに合わせたキャリア形成に積極的に取り組むことが求められます。先の『能力開発基本調査』によれば、自己啓発を行っているのは労働者全体の29.8%で、60歳以上となると15.6%に過ぎません。仕事が忙しい、費用が高いなどの問題点も指摘されていますが、職業能力を向上させ、新しい技術や働き方にキャッチアップするためにも、自分自身に対する教育訓練投資を積極的に行うことが、個人に求められます。また、そうした個人を支援する制度の拡充が、行政には求められます。
多様な人々がそれぞれの持つ力を最大限に発揮でき、人々の生活の質が高まるよう、社会の状況にあわせて政策や制度を修正していくことが、行政には今後とも求められます。

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