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『「国民のためのスマート自治体」とは何か』(視点・論点)

早稲田大学 電子政府・自治体研究所 教授 岩﨑 尚子

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アメリカ合衆国大統領リンカーンは「人民の人民による人民のための政治」を訴えました。あれから150年余を経てデジタル時代を迎えたいま、『国民のためのスマート自治体』とは何か?について、今日は考えてみたいと思います。

これまで、中央政府の電子化を電子政府、地方公共団体の電子化を電子自治体と呼んできました。これまでは、行政内部事務の効率化や、各種手続のインタフェースのオンライン化に取り組んできたわけですが、ICTを使って各府省庁の壁を越え、地方公共団体まで含めた取り組みを進めるために、2018年にデジタル・ガバメント実行計画が閣議決定されました。
サービスやプラットフォーム、ガバナンスといった電子政府に関する全てのレイヤーがデジタル社会に対応した形に変革された状態、と定義され、“電子政府”の発展的段階として“デジタル・ガバメント”を国家戦略の中心的概念としました。
過去15年にわたり、世界のICT先進国を対象にデジタル・ガバメントの進捗度調査を研究してきましたが、中央政府と地方公共団体のデジタル活動が統合されている韓国や、ほぼ100%のペーパーレスを実現しているデンマークがデジタル政府の成功事例といえます。

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 デジタル・ガバメントは、(1)デジタルファースト(手続き・サービスをデジタルで完結)、(2)ワンスオンリー(提出済み書類やデータの再提出を求めない)、(3)コネクテッド・ワンストップ(民間サービスを含めた手続き・サービスの一元的な提供)の3原則を進め、行財政改革を進めていくことにあります。さらに、政府が今年9月に創設する方針のデジタル庁は、財政のスリム化だけでなく、中央と地方を結ぶ国全体のデジタル化の司令塔を担う重要な役割を演じることが期待されているのです。
 
 これほど急ピッチにデジタル行政を進める理由は主に2点あります。
1点目は、コロナ禍で明らかになった行政分野のデジタル化・オンライン化の遅れです。2020年7月に閣議決定された「骨太の方針」には、新型コロナウィルス感染症の緊急経済対策で実施した特別定額給付金や各種助成金の申請手続き・支給作業の一部で遅れや混乱が生じたことが明記されています。
2点目は、少子・人口減少・高齢化に伴う社会環境変化です。現在、日本の高齢化率は2020年で28.7%ですが、2036年には3人に一人が高齢者の仲間入りをします。今より労働力の供給が制約されるなかで、地方公共団体が私たちの生活に不可欠な行政サービスを提供し続けるためには、職員が企画立案業務や住民への直接的なサービス提供など、職員でなければできない業務に注力できるような環境を作る必要があるのです。

これらを背景に、全国に1741ある地方公共団体で進められているのが、自治体の業務プロセス、情報システムの標準化・共通化や、AIやRPA(ロボティックプロセスオートメーション)を活用した行政の効率化です。いわゆる“スマート自治体”です。

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スマート自治体とは、“行政サービスの需要サイド”から住民・企業等にとっての利便性を向上させるものであり、“行政サービスの供給サイド”から自治体の人的・財政的負担を軽減させるものと定義されています。

スマート化を進めるために地方公共団体にAIが導入される事例が増えつつありますが、具体的には、健康情報関連業務、保育所の入所選考業務、保育園入園AIマッチング、会議録作成支援システム等があります。
一方、スマート自治体を目指すうえでの課題もあります。第1に、AIを一業務でも導入している団体は、都道府県、指定都市、市区町村でもまだそれほど多くはなく、平均しても2~3割程度。行政職員からは、“何から取り組めばいいのかが分からない”、“どのような業務や分野で活用できるのか分からない”といった切実な声が聞こえてきます。
第2に、デジタル化には投資も必要ですが、財源不足も喫緊の課題です。
第3に、デジタル人材の不足です。

ICT分野に精通するCIOと呼ばれる最高情報責任者、最高イノベーション責任者は専任ではなく兼任が多く、また外部任用も決して多くありません。コア・コンピタンスを身に着けたCIOが首長直轄組織のリーダーとなりデジタル化を、スピード感をもって進めていく必要があります。
第4に、デジタル格差の問題です。スマート自治体とは、国民の利便性を優先する行政であるべきですが、利用者にはデジタル弱者と呼ばれる高齢者が多いなかで、ユーザビリティ(利便性)やアクセシビリティ(接続性)の面で課題が残ります。デジタル化は、人々の生活の質を高めて豊かで優しい社会を創らなければなりません。
ではこれらの課題をどう解決していけばよいのでしょうか。

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デジタル化によって、行政側は、省力化、効率化、行財政改革、透明性、変革、行政サービスの高付加価値化等のメリットがうまれます。
地方公共団体ごとに経済・人口規模をベースに技術、資金、人材、首長のリーダーシップを明確にすることが必要です。

これまで、当研究所は、新宿区と一緒にパソコンやスマートフォン教室を高齢者向けに実施してきました。年々高齢者のパソコンやスマホの所有率・利用率は高くなりつつあるものの、利活用はまだ進んでいません。高齢者が最もよく使うアプリケーションは、“通話”“カメラ”“情報検索”が多く、スマホで行政サービスを受けるとなると、そのやり方を身に着ける必要があります。セキュリティに対する意識は高いものの、正しい知識が身についている人は多くありません。将来、スマホでマイナンバーを活用できる制度が導入されるようになれば、この問題の解消は喫緊の課題になります。高齢者のデジタル格差の解消については、高齢者が高齢者に教えるという老老共助教室の開催や、デジタル行政の製作者が最初から簡単で高齢者に優しいユーザーインターフェースベースのシステムを構築すること、さらに役所の窓口に指導員、相談員を置いて手続きを支援するといった丁寧できめ細やかなサービスを提供することが必要ではないでしょうか。職員の数を増やすのではなく、デジタル化や機械化によって生まれた人材を、サービス分野へ再配置することも出来るようになるのです。

国連のSDGs(持続可能な開発目標)でうたわれる“だれ一人取り残さない”社会とは、あらゆるデジタル弱者の社会包摂を進めることにあります。

いま、新型コロナウィルス感染症により、DX(デジタル・トランスフォーメーション)が加速し、100 年に一度の大変革の年を迎えています。デジタル化、グローバル化が急速に進展する中で、高齢者やデジタル弱者と情報化の融合を図る政策が必要です。そのためには徹底した国民目線のデジタル環境を整えることです。顔の見えるデジタル行政を進めるために、大規模自治体はデジタル・プラットフォームを創り、小規模自治体は、住民と協力しながら小規模ネットワークを創り、デジタルを“利活用できる”住民を増やしていく努力が必要です。シンガポールでは5人組といったネットワークでデジタル弱者の社会包摂を進めています。民間や事業者の力も借り、オープンイノベーションを進めていくことが肝要です。
これまで私は国連や国際機関ともこの分野で共同研究をしてきました。超高齢社会日本の“国民のためのスマート自治体”モデルは、世界中が注目しています。将来、高齢化などの社会課題を抱える国々にとって有用なモデルになるかもしれません。日本のきめ細やかな国民のための行政の取り組みこそ、国際貢献として寄与するでしょう。

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