「東日本大震災10年 復興の検証と未来への提言」(視点・論点)
2021年03月10日 (水)
関西大学 特別任命教授 河田 惠昭
なぜ、東日本大震災から10年を経過した今、この震災の復興検証をやる必要があるのか、その理由をお話ししましょう。
災害には大きな特徴があります。それは歴史性です。繰り返し発生するということです。この理由から、災害の教訓や体験をつぎの災害に生かすことができれば、確実に被害を少なくすることができます。東日本大震災は未曽有の被害をもたらした災害でした。しかし、近い将来、南海トラフ巨大地震や首都直下地震などの国難災害が起こる危険性が増加している現在、検証によって得られた知見は貴重な減災の知恵として活用できるのです。
ひょうご21世紀研究機構では、令和2年度復興庁の「東日本大震災復興の教訓・ノウハウ集の作成に向けた調査分析事業」を受託し、検証作業を進めてまいりました。その成果は復興庁から公表される予定です。ここではその成果を中心に紹介したいと考えています。
東日本大震災の未曽有の被害からの再生、そして創造的復興を果たすためには、被災者を始め、国、地方公共団体、ボランティアやNPO、民間企業、さらには国民が協力して復旧・復興の歩みを進める必要がありました。この震災の復興過程では、次のような問題が発生しました。まず、1つは、被害が広範かつ甚大さゆえ、復旧・復興に要する資金や物資、マンパワーが膨大となり、従来の制度や仕組みだけでは十分に対応できない。2つは、地震・津波災害と原子力災害との複合災害という、これまで経験したことのない事態への対処が必要になりました。3つは、少子高齢化、過疎化といった我が国の地域社会が抱える課題をこの震災が加速・顕在化させ、被災地が課題先進地となりました。4つは、広域となった被災地ごとに被害の内容や程度、背景事情が大きく異なっていたため、求められる対応も地域により異なる、といった特有の状況がありました。すなわち、これまでの災害とは違う発想に立った対応が求められました。
ですから、東日本大震災の復興事業の検証を行いその成果を用いれば、将来確実に起こる南海トラフ巨大地震や首都直下地震時に発生する被害に対する予防力を向上させ、さらに発生後の復興事業にかかわる諸問題の解決に向かって、コスト感覚やスピード感覚をもって取り組む回復力の重要さが理解できます。
図は被害を最小限にとどめる減災の具体的方法である縮災の模式図です。縮災は英語でDisaster Resilienceと言います。対策をしない被害の大きさはABCの面積で表されます。
しかし、事前対策を進めておけば、ABよりも被害は少なくAB’になり、予防力は大きくなります。さらに復興が終わるまでの期間ACを短くできればAC’となり回復力も大きくなります。起こってからの被害は面積AB’C’と被害全体を少なくでき、復興事業が早く進みコストも少なくできるというわけですでは、東日本大震災の復興の検証作業について紹介しましょう。
前に述べたように復興庁の委託事業の検証内容は、「被災者支援」「住まいとまちの復興」「産業・生業の再生」「協働と継承」の4つの分野に分け、それぞれ復旧・復興の取組事例から抽出される課題を整理しています。そして、それぞれの課題が現出する時期を、応急期、復旧期、復興前期、復興後期に分けて解析し、各課題の相関を鳥瞰するマトリックス表を作成しました。本文においては、まず「課題」を提示し、その課題に係る東日本大震災における「状況」と「取組」を概説した上で、そこから導かれる「教訓・ノウハウ」を提示しました。具体的な個別の取組については、「事例個票」として巻末に記載するとともに、個票に記載のない事例についても出典を明記しています。
具体的には、復興庁がこの10年間に実施した事業はおよそ670を数えます。それらを前述した4つの分野に分け65テーマについて課題を示し、教訓とノウハウをまとめました。たとえば、復旧期、復興前期、復興後期に共通して「産業人材の確保」がテーマの一つです。そこには3つの課題が存在し、それらに対する教訓・ノウハウの提示例はつぎのとおりです。まず、課題1は震災による失業者にどのように仕事を確保するか、に対して、失業した被災者に復旧業務の仕事を提供し、仕事や収入を確保する。課題2は、被災地の中小企業はどのように人材を確保するか、に対して、働きやすい職場環境や産業のイメージアップにより若者や女性の雇用を確保する。課題3は、持続的な成長に向けてどのように経営人材を育成するか、に対して、先進的な企業人との交流により従来の経営のあり方を変革する意識改革を進める、などです。
このような作業によって161の教訓とノウハウを提示することができました。これらの教訓やノウハウは、2016年熊本地震や2019年東日本台風による被災地の復興事業にすでに使われ、効果を発揮したものがいくつかあることがわかっています。
この検証作業から得た 未来への提言を示しましょう。
災害が起こって未曽有の被害が発生した場合、その復興では自助と共助と公助がうまく組み合わせなければなりません。これが実際は大変難しいのです。公助では、創造的復興事業に必要な財源に対する政府と自治体の負担割合を、共助では、自助だけでは困難な復興支援課題をそれぞれ決めなければなりません。うまく進んだ復興事業をさらに充実し、そうでなかった事業は再考して改善を図ればよいわけです。
今回の検証からわかったことは、この自助、共助、公助をどのように組み合わせればよいかの方向性が明らかになったことです。まず、公助として政府は、甚大な被害に対処すべく、復興の特別財源を確保し、既存の支援措置に加え、復興特区制度の創設などの特別な措置を講じました。とくに被災地の地域づくりとまちづくりにおいて、既存の津波防災まちづくりに関する法律を改正し、土地区画整理事業や防災集団移転促進事業、高台移転、多重防御などを弾力的に組み合わせることが可能となっています。
つぎに、共助の在り方にも大きな変化が見られました。東日本大震災では、被災者の多様なニーズに対しよりきめ細かい支援を行うため、多様な支援の担い手が相互に協働・連携して各々の役割を果たすことが求められました。その結節点となる中間支援組織、いわゆる第三セクターが成長し、重要な役割を担えるようになりました。
最後に、自助です。今回の大震災では住まいの再建だけでなくこれに深く関係した地域づくりとまちづくりが最大の課題になりました。移転地で仕事を見つける、産業をたちあげるということも大切になりました。つまり従来の災害とは異なって自助が関係する課題が多くなったということです。このような課題解決には単に財源確保の問題だけでなく、広範囲で多様な知識や知恵が必要になりました。つまり、被災者の生活再建にかかわるさらに多くの努力と情報が必要であり、これが十分でなかったことは否めません。
これらの事実を勘案しますと、自助、共助、公助についてバランスの取れた体制が求められるわけです。そのいずれかが不十分であれば円滑な復興が実現しないと断言してもよいでしょう。将来起こる災害に対してもこのような視点が必須と考えられます。