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「東日本大震災10年 心のケア 福島からの学び」(視点・論点)

福島県立医科大学 主任教授 前田 正治

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東日本大震災後まもなく10年が経過し、福島県沿岸部の居住困難な地区の約7割が再び住めるようになるなど復興は一定程度進展しました。その一方で、福島第一原子力発電所がある双葉町、大熊町をはじめとする相双地区では、人口は8万人以上、4割以上が減少し、著しい高齢化に直面するなど課題は山積しています。本日は、そのような中で原発事故がもたらした、今なお大きな課題となっている被災者の心の問題、メンタルヘルスの問題についてお話しします。

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この写真は、私が震災翌年の4月に南相馬市の小高地区に行ったときに写した写真です。当時この町は帰還のための準備区域になっていて、住むことはできないまでも、通行が出来るようになっていました。この写真を見てお分かりのように、手前の家は完全に壊れていますけれど、まわりの家は一見したところ大きな被害はみられません。いかにもすぐに住めそうな感じがするのですが、実際には住むことができるまでに、さらに何年もかかってしまいました。

このように福島の被災地では、故郷に帰ることができそうでできない、そうしたあいまいな状況が長く続きました。この長期的な、あいまいな喪失状況が避難住民に様々な葛藤や心の問題、意見の対立を生んでいきました。

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このグラフは原発事故後の福島県の避難者数の推移です。発災当初は最大で約16万人の住民が避難したと考えられていますが、このグラフのように県内避難数はずいぶん減った一方で、県外避難者数はそれほど減少せず現在も3万人くらいの方が避難されています。
宮城県や岩手県ではほとんど県外避難者がいない事と比べますと、このような福島県避難者の特徴、すなわち長期避難者が多く、そして遠方に離散してしまっているという特徴が浮かび上がっています。

こうした長引く避難生活は多くの心身のストレスを避難者の方に与えました。

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このグラフは、岩手県、宮城県、福島県3県の震災関連死者数の推移をあらわしたものです。震災関連死とは、津波などの直接的な災害による死ではなく、その後の避難生活の様々な影響で亡くなられたことを意味しています。津波などによる直接の死者は、宮城県、岩手県に比べると福島県は少なかったのですが、震災関連死をみると、このグラフで分かる通り非常に高い値で推移してきました。現在までに、2,000名を超える被災住民が震災関連死でお亡くなりになり、福島県のみが津波などの直接災害死者数を上回ってしまいました。

さて震災関連死のなかには、自殺された方々もおられます。

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このグラフは被災3県の震災関連自殺者数の推移を見たものです。一番左は岩手県、真ん中は宮城県、そして一番右側は福島県です。このグラフを見て分かるように、福島県だけが震災初年度以降に自殺が増え、現在でも決して著しく減ったという事ではありません。結果として福島では、被災3県すべての震災関連自殺者数の約半数、120名近い方々が震災関連ストレスで自殺したと考えられています。

さて、このように避難者の健康が不安視される中、福島県立医科大学では、国・県の委託を受け発災後から毎年アンケートを行い、避難者の方の心身の状態について調査してきました。たとえば、うつ病をはじめとした精神疾患にかかっておられる可能性がある方々の率は、初年度に比べるとかなり改善しましたが、いまなお約6%と高い値です。
また私たちの調査では、特に県外で居住している被災者の方々のメンタルヘルス状況が悪いことが心配されます。

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このグラフは県内居住者と県外居住者のうつ病などの精神疾患が疑われる率を比較したものです。同じ指標で見た日本の一般人口の率が約3%であり、それに比べると今なお双方とも高い値ですが、とくに県外居住者の率が高いことがわかります。県内に比べると県外の方が支援のネットワークも作りづらく、結果として孤立しておられるのではないかということが懸念されます。3万人を超す現在の避難者の多くが県外にいることを考えると、このような離散した住民へのケアもまた大きな現在の課題となっています。

 また私たちは、この福島原発事故による健康への影響を住民がどのようにとらえているかも調査しています。とくに心配されるのが、子どもや孫にまで及ぶ影響、遺伝的影響に関する不安です。最初の3,4年でこのような不安はずいぶん下がりましたが、その後はあまり変わらず、今なお4割近い住民が遺伝的な影響を心配しています。また同様の調査が東京都民に対しても行われましたが、そうした懸念を持つ住民の割合はさらに高い結果となりました。
心配なことは、このような遺伝に対する不安は、容易に妊娠・出産・子育ての不安にも結びつき、ひいては偏見や差別にもつながりかねないことです。この偏見や差別については、様々な保障を受けることに対しても向けられており、福島の避難者を孤立させてしまう大きな原因の一つと考えられます。実際、私たちの行っているアンケート調査にもそのような偏見や差別に苦しむ言葉は多数寄せられています。私たちは放射線の客観的リスクと同時に、こうした社会的な反応が生み出す被災者への心の影響についても、十分に考える必要があります。

さて、新型コロナウイルスパンデミックが始まって私たちの生活は一変しました。それは福島原発事故後の被災地の様子と非常に似ています。コロナ禍でも、あるいは原発事故後も、多くの人々は目に見えない恐怖におびえ、安全と思われた世界が一変し、疑心暗鬼の只中に置かれてしまいました。今のようなストレス状況や人々の孤立化が進めば、福島原発事故同様に、心身の不調をきたし、命にも影響が及ぶ人も増えることが懸念されます。
 
最後に福島原発事故から学び、そして現在のコロナ禍で活かさなければならないことをまとめてみました。

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まず生活スタイルが突然、長期にわたり変化することの健康リスクです。それは、福島で2,000名を超える震災関連死を生む大きな要因となりました。感染予防は大切ですが、そればかりでは引きこもりがちで不活発な生活に陥りがちです。睡眠や運動、食生活などにも十分気を配る必要があります。
次に、リスク・コミュニケーションの問題です。たとえば行動量が増えるとすぐにそれは「気のゆるみ」と責められることが多いのですが、これほど長期の生活抑制があれば、行動量が増えること自体は健康な反応ともいえます。福島事故でもそうでしたが、住民の様々な声に耳を傾ける必要があります。
また、福島の被災者も差別や偏見に苦しみましたが、現在の日本においても患者さんや医療従事者に対するそれは非常に厳しいものがあります。こうした社会的反応への対処も必要です。
そしてもっとも避けなければならないのが自殺の発生です。原発事故後多くの方が自殺によって命を落としましたが、コロナ禍の現在、様々な支援組織が機能しづらくなっています。自殺の予防は差し迫ったメンタルヘルス上の課題と言えます。
 福島の復興には今なお課題は多いのですが、同時に学び得たこともたくさんあります。ぜひこのような教訓をコロナ禍の現在にも活かしてほしいと思います。

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