NHK 解説委員室

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「男性にとってのジェンダー平等とは」(視点・論点)

関西大学 教授 多賀 太

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【1】
日本は、国際社会のなかでも、男女間の格差が非常に大きい国として知られています。つい先日も、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会、元会長の森喜朗氏が「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと発言したことをきっかけに、日本社会における性差別的な組織文化や、ジェンダー不平等の問題が、国内外から改めて注目を集めました。
私はこれまで、性差別や女性への暴力の抑止に、男性の立場から取り組む国際運動、「ホワイトリボンキャンペーン」を日本で展開する活動に携わってきました。その立場から、今回の森氏の発言に対する国内の反応を見てみると、特徴的なことが1つあります。それは、女性たちとともに、多くの男性たちが、性差別への反対と、ジェンダー平等の実現を求める声を上げたことです。
そこで今日は、男性にとってのジェンダー平等の意義について考えてみたいと思います。

日本ではこれまで、性差別やジェンダー不平等、イコール「女性問題」と捉えられがちで、その解決を求める声を上げるのは、ほとんどが女性たちでした。
しかし、国際社会においては、女性だけでなく、男性もまたジェンダー問題の当事者であり、問題解決の重要な担い手であるという認識が主流になっています。

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国連では、2014年に、”HeForShe”というキャンペーンを開始しました。これは、世界中の男性と少年に対して、女性や少女たちとともに、ジェンダー平等の実現に向けた変革の主体となることを促す活動です。
では、男性はいかなる意味でジェンダー問題の当事者なのでしょうか。ここでは、「社会の持続可能な発展」「女性の人権保障」、そして「男性の生活の質の向上」という、3つの側面から考えてみたいと思います。

【2】
第1に、ジェンダー平等は、社会や組織の持続可能な発展に不可欠です。

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2015年の国連サミットで採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」の17の目標の1つに、「ジェンダー平等を実現しよう」が掲げられたことは、このことを象徴しています。
日本はかつて、「男は仕事で、女は家庭」「男性がリーダーで、女性がサポート役」といった性別役割分業と男性中心の組織運営のもとで、1990年頃までは、目覚ましい経済発展を遂げてきました。
しかし、その後の社会情勢の大きな変化によって、そうした体制では社会が立ちゆかなくなってきました。少子高齢化によって、男性だけでは働き手が足りず、女性にもさらなる社会参加が求められています。そして、女性が働きながら安心して子どもを産み育てるためには、男性も家事や育児に責任を持って参加することが欠かせません。
また、組織が環境の急激な変化に適応したりイノベーションを起こしたりするうえでは、男性だけの同質的な集団よりも、女性も含めた多様性、すなわちダイバーシティに富んだ集団の方が有利であるとの認識も深まりつつあります。
日本の社会と各組織が持続可能に発展していくためには、男女が対等な立場で様々な領域に参画し、家庭の責任も分かち合える、そうしたジェンダー平等社会の実現が要請されているのです。

【3】
第2に、女性の人権保障の観点からも、ジェンダー問題は男性にとって他人事ではありません。女性たちが直面する人権問題は、男性たちとの関わりのなかで生じています。女性が差別されず、安心・安全に暮らせるために、男性に変化が求められているのです。
たとえば、DV(配偶者間暴力)は、深刻な被害者の大半が女性であることから、一般には「女性の問題」と見なされています。しかし、男性から女性への加害行為であるという意味では、これは「男性の問題」です。DV問題への対応としては、何よりも被害者に対する相談や保護の体制を充実させることが必要ですが、それだけでは十分でありません。暴力を絶対に許さないという社会的機運を高め、女性よりも男性の方が暴力を振るいやすい理由を理解し、男性が暴力を振るわない社会に向けた取り組みが不可欠です。
もちろん、ほとんどの男性は女性に暴力を振るいませんから、暴力を振るわない男性が、加害者の男性に代わって罪悪感を覚える必要はありません。しかし、加害者ではない男性たちの多くも、これまで、女性への暴力や性差別に異議を唱える声を上げてはきませんでした。そして結果的に、それらの問題解決の遅れに荷担してしまっていた側面は否めません。
そうした意味では、暴力の加害者ではない男性たちも、女性への暴力や性差別に反対する声を上げる責任を負っているといえます。そして男性たちは、自らがそうしたアクションを起こすことで、ジェンダー平等実現の担い手になれるのです。

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私が参加している「ホワイトリボンキャンペーン・ジャパン」では、暴力を「振るわない」「許さない」、そして「沈黙しない」を合い言葉に、女性や他の男性を尊重し対等な関係を築こうとする男性を「フェアメン」と名づけ、男性たちに「フェアメンになろう!」と呼びかけています。

【4】
第3に、男性の生活の質の向上という観点からも、ジェンダー平等の実現が求められます。
これまでの日本では、女性に対しては、男性に従順であることを求め、経済的な自立や社会的活躍のチャンスを大幅に制限する一方で、男性に対しては、「女性に負けるな」「家族を養えてこそ一人前」「男は弱音を吐くな」といった、窮屈な「男らしさ」の達成へと駆り立ててきました。
その結果、政治や経済の領域のリーダーの大半を男性が占める社会が作られてきたわけですが、同時に、そうした「男らしさ」の規範が、男性の生活の質を低下させている側面も指摘されています。これまで、多くの男性が、長時間労働を強いられ、育児や私生活に必要な時間を得ることさえできませんでした。また、女性以上に競争に駆り立てられ、周りの人々に弱みを見せたり相談したりすることを男らしくないと見なす風潮のもと、男性は、女性に比べて心身ともに不健康な生活を送りがちです。従来から女性よりも男性で自殺や孤独死の割合が高い傾向は、このことを如実に物語っています。
 ただし、ここで理解しておくべきは、男性たちがこうした生きづらさを抱えているからといって、それが男性差別によるものだとか、女性が優遇されているからだ、などと誤解してはならない、という点です。こうした男性たちの問題は、男性が常に女性よりも優越し、男性中心で物事を動かしていく、いわば女性差別的な社会の仕組みを無理やり維持しようしてきたことの歪みが、女性だけでなく一定の割合の男性たちも苦しめている現象として理解すべきです。
このように、従来のジェンダー不平等な社会は、男性の生活の質や健康にも否定的な影響を与えてきました。だとすれば、ジェンダー平等の実現は、男性自身にとっても歓迎すべきことであるはずです。

【5】
以上、今日は、男性にとってのジェンダー平等の意義について、3つの側面から考えてきました。
 日本社会におけるジェンダー平等を促進するうえで、今、特にリーダー層の男性たちの姿勢が問われています。社会や組織に影響力を持つ男性たちには、人権課題に関わる国際社会の動向やジェンダー平等の意義を十分に理解し、その影響力を、性差別や男性の特権の維持のためではなく、ジェンダー平等の実現に向けて行使することが求められているといえるでしょう。

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