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「安全保障環境と核兵器廃絶への取り組み」(視点・論点)

軍縮会議日本政府代表部大使 髙見澤 將林

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国際的な安全保障環境は、悪化し続けています。米露間の核軍備管理体制の弱まり、中国を含む核戦力の増強や大国間競争、北朝鮮による核・ミサイル開発の進展などの懸念が増大し、核軍縮をめぐる立場の隔たりが拡大しています。その一方で、今月22日、核兵器禁止条約が発効します。今日は核軍縮をめぐる状況と日本の役割を中心にお話しいたします。

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国連のグテーレス事務総長は、2018年5月の軍縮アジェンダの中で、①世界秩序と地域紛争はますます複雑化している、②長期間にわたる約束が履行されていない、③多国間軍縮交渉がデッドロックに陥っている、④制約なき軍備競争が進んでいる、⑤国際的な規範と制度が尊重されなくなっている、⑥新しい技術によりリスクが増大していることに危機感を表明しました。

昨年は、広島・長崎への原爆投下から75年、NPT(核兵器の軍縮・不拡散、原子力の平和利用を定めた核兵器不拡散条約)発効から50年の節目の年でした。こうした中で、2020年NPT運用検討会議の成果が注目されていましたが、新型コロナウイルスの拡大により延期され、今年8月に行われる見通しです。

日本政府は、様々な場を通じて核兵器の軍縮・不拡散に取り組んできています。
国連総会での核兵器廃絶決議案の提出、軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)を通じた活動、軍縮・不拡散教育、要人などの被爆地訪問、賢人会議等を通じた対話などを重視してきました。(賢人会議は、広島・長崎の関係者を含む日本人有識者に加え、様々な立場の国の有識者の参加を得て始められたものです。)

核兵器廃絶決議は、1994年以降、毎年多くの国の賛成を得て採択されてきています。

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昨年は、「核兵器のない世界に向けた共同行動の指針と未来志向の対話」と題する決議が150か国の支持で採択されました。決議では、核兵器の究極的な廃絶へのコミットメントを再確認するとともに、NPT体制の維持・強化に向け、関係国が共同して直ちに取り組むべき共同行動の指針として、①透明性向上及び信頼醸成、②核リスクの低減、③軍縮・不拡散教育など6項目のほか、安全保障の観点も踏まえた、核兵器国を含む未来志向の対話の推進を掲げています。

この未来志向の対話は、賢人会議の議長レポートにおいて、立場の分かれる「困難な問題」について建設的に議論・対処しなければ、核軍縮をめぐる立場の隔たりによる行き詰まりの打開や核兵器のない世界のための共通のビジョンの発展は困難だという認識と通じるところがあります。

この中で、①核兵器の使用と自衛権との関係、②核兵器の役割を認めるとしてもそれは他の核兵器の抑止に限定されるべきか、③核兵器の使用が国際人道法に適合する可能性はあるか、④核抑止に伴うリスクの特定、低減や核軍縮・信頼醸成のための措置はいかにあるべきか、⑤国際的な安全保障を損なわない核軍縮のプロセスをどう進めるか、⑥核兵器の廃絶後に国際社会の平和と安定をいかに維持し得るか。監視・検証や国家による義務の遵守をいかに確保するかといった問題を指摘しています。

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こうした状況の中で、昨年10月には、核兵器廃絶に向けてその製造、保有等を違法とする核兵器禁止条約への批准・加入が50カ国に達したことから、条約の規定により、今月22日に発効し、発効から1年以内に締約国会議が行われることになっています。

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この条約交渉は、2017年3月に開始され、核兵器を保有するすべての国を含め約70か国が参加しないという異例のものでしたが、2017年7月には122か国の賛成により採択され、多くの国がこの条約の画期的な意義を強調しました。

条約の内容については、賛成した国からも、例えばNPTとの整合性が確保できていない、検証措置が十分なものとなっていない点などについて指摘がなされましたが、採択に至った背景には、2015年NPT運用検討会議での合意が成立しなかったことなど核軍縮の停滞、核兵器の非人道性やそのリスクに対する認識が広がり、危機感が高まったことが挙げられます。

この条約について、被爆者を含む多くの関係者は、原爆による非人道的な被害を体験した国として、核兵器の廃絶を目指す日本は加入すべきだとしています。また、締約国会議が開催される場合には、オブザーバー参加することにより、締約国の立場や主張に耳を傾け、その動向を見守りながら、核保有国に繋いでいくとともに、核保有国の主張を締約国に伝え、核軍縮を進める現実的な道筋を探る「橋渡し役」を務めるべきだという声もあります。また、将来広島や長崎で締約国会議を開いてはどうかという提案も出されています。
 
激変する国際情勢の中で世界の平和と日本の安全を確保しつつ、核兵器の廃絶に向けて核軍縮と信頼醸成を進めていくことは容易ではありません。米国は2018年の核態勢の見直しにおいて、現時点における核兵器の役割として同盟国に対する安全の保証など4項目を示しており、一足飛びに核廃絶が実現するわけではありません。過去の歴史を見ても、核軍備管理や核軍縮が進んできたのは核保有国自身がその必要性や意義を認めたときだという現実もあります。
 
しかし対立が深まっている状況だからこそ、日本としては、世界の状況について包括的かつ現実的に評価し、核兵器を保有するすべての国に強く働きかけていくことが重要です。その中で日本として優先すべき課題は何かについて考えてみたいと思います。
 日本は被爆国として、軍縮・不拡散教育を推進し、被爆の実相の認識向上のため、大きな役割を果たしてきました。

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また指導者や実務者の被爆地訪問、被爆者やユース非核特使など若者の積極的な活動は、世代を超えて核兵器使用の悲惨さについての認識を深め、核兵器廃絶への動きを後押ししてきました。今後ともこうした活動を進めていくことが重要です。

同時に核兵器の存在に関連するリスクの低減も重要な課題です。紛争がエスカレートした場合や誤解・誤認により核兵器が使用されるリスク、テロリストへの流出など核兵器やその技術の管理に関わるリスク、システムの故障・棄損や誤った警報により核兵器が使用されるリスクなどを排除することはできません。サイバーや宇宙への脅威の広がりは、こうした懸念を増大させるものであり、透明性の向上と信頼醸成を図りつつ、すべての国が協力してリスクを極小化しなければなりません。

 「未来志向の対話」をどう具体化し、成果に繋げるかも大切です。核抑止の将来やそのリスクをどう考えるのか、将来に向けて核兵器の抑止に頼らない安全保障の道はあるのか、核兵器が廃絶された世界に移行する条件はどうすればできるのか、そのような状況で平和は保ち続けられるのという根源的な課題です。国連軍縮研究所においても、「軍縮、抑止及び戦略的軍備管理をめぐる対話」として、核軍縮の論理と核抑止の論理の双方を取り上げ、その接点を探り、共通の基盤を作るための努力が継続されています。

日本としては、激動する国際安全保障環境を直視しながら、安全保障の確保と核兵器廃絶を含む軍備管理・軍縮の推進という目標の相互関係を多角的に検証・分析し、将来に向けてとるべき創造的で具体的な方策についてNPTの運用検討会議やNPDIの枠組みなどを含むあらゆる場を活用して国際社会に提示して、その実現のため粘り強く努力していくことが大切です。

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