「農業の現場は可能性の山」(視点・論点)
2021年01月19日 (火)
農業経営コンサルタント 佐川 友彦
はじめまして。佐川友彦と申します。経営相談やセミナー、現場指導などを通して、農業者さんと一緒に課題解決に取り組んでいます。農業は高齢化が進む一方で担い手が不足し、食料自給率が上がらず、明るい材料が多くないと言われています。ですが、私は今後発展する伸びしろ、ポテンシャルがあると確信しています。その根拠は現場にありました。
今日は、私が農業に関わってきた経験から、これからの農業経営のあるべき姿について提案します。
私は外資系化学メーカーに勤めた後に、栃木県宇都宮市にある個人経営の梨園を手伝うようになりました。生産技術を磨き、おいしい梨が評判で繁盛していましたが、課題を抱える農園でもありました。梨づくりに力を入れる反面、家族中心型の経営スタイルを引き継いだまま、雇用や経営管理がなおざりになっていたのです。
代表は経営立て直しに着手するべく、支援者を募りました。応募したのが私です。農学部出身だったという程度の興味本位でした。
関わり始めてすぐに気づいたのは、「業務効率をもっと良くできそうだ」ということです。繁忙期の梨園はまさに火事場でしたが、物の配置や情報の掲示、接客対応からスタッフ間のコミュニケーションにまで、改善アイデアが山のように目に飛び込んできたのです。
私は製造業の出身で、作業環境や作業手順など、あらゆるものが計画どおりに最適化された状況が当たり前でした。そこから農業の現場に目を移すと、改善点が山積しているように見えたのです。この小さい「やり残し」が経営の足を引っ張っていて、農業の良さを妨げているという仮説に至りました。
そこで、4か月間で「小さい業務改善を100件実施する」というプロジェクトを掲げました。
はじめに取り組んだのは掃除です。掃除から取り組んだことには2つの大きな利点がありました。一つは、改善の結果が誰の目にも留まり、何か新しいことをはじめたというシグナルが伝わったことです。もう一つの利点は、仕事場がきれいになればスタッフも恩恵を感じるということです。改善が経営者のためだけに行われるものではなく、みんなでより良い農園を目指し、その便益を共有するためのものだという意識が醸成されました。
例えば、圃(ほ)場図、梨の樹の配置図を作りました。初めてのスタッフでも梨の樹の配置がわかりやすくなるように作成したものです。樹1本ずつにIDを振り、樹ごとの作業記録も残しています。
作業記録は「いつどこで誰が何の作業に何時間従事したか」を全員分、記録に残しています。集計することで作業の進行管理をしたり、生産性を分析したりしています。記録を残すだけで時間の使い方に意識が向き、集中力の維持や創意工夫に大きな効果がありました。
他にもあらゆる改善点を見つけては課題解決していきました。するといつしか、「もっと良い梨を作るにはどうしたらいいか」「もっと良い農園になるために何ができるか」ということにチームの意識が集まるようになりました。生産的な議論のできる前向きな農園に変わりつつあったのです。
梨園の変化に小規模農業の活路を感じ、プロジェクト終了後も同様の改善活動を続けることになります。会計、労務、経営管理など農園の深部まで潜りつつ、梨のブランディングや販売促進にも努めました。結果、業務改善は3年半で500件を数え、頼もしいスタッフと高度な生産管理を実現し、生産した梨の99%を個人のお客さまに直接お買い求めいただけるようになりました。
梨園の経営改善が完成へ近づくにつれ、このような改善活動は多くの農業者にとって必要ではないかという意識が強まりました。振り返ると梨園の改善に着手したとき、どんな施策を行えばどんな結果になるか情報が少なく、試行錯誤に余計な労力やコストを割いてしまったことも心残りでした。農業界では生産技術以外の実務情報が少ないのです。知り合った農業者さんたちからも「何をどうやったらいいかわからない」という相談が寄せられていました。
そこで、私達の改善事例を無料のノウハウ集としてインターネットで公開する企画をはじめました。
100件以上の事例を読みやすく一般化するには、相応のコストがかかります。その資金を調達するべくクラウドファンディングで支援者を募ったところ、330名もの方から450万円の支援金を預かりました。結果として業界にも広く知られるところになり、農業者の経営改善について問題提起することもできました。最終的には梨園のウェブサイトに300件の改善事例が公開され、全国の農業者さんにご愛用いただいています。ウェブサイトの記事を教材に勉強会が行われたり、自分でも100件の経営改善に取り組んだという報告も受けています。よろしければご覧ください。
小さな改善は明らかなメリットがあります。それは「すぐ実践できて、すぐ結果がわかる」ことです。いわゆるPDCAサイクルを数多く回すことができれば、日々の業務を見直す着眼点や知識、スキルを養うことができます。チームで取り組めば組織学習にもなります。はじめから大きな勝負に打って出ると、経験不足で結果が出なかったり、余計なリスクを負うことになりかねません。まずは足元の石を拾い、体制を整えてから大きなチャレンジに進むことを勧めています。
農業には制度改革や技術革新が必要だと言われており、実際に少しずつ変わろうとしています。しかし、そのような議論をするにあたって抜けている論点は、農業者の経営体質ではないかと考えます。肝心のマネジメントが機能不全では、せっかくの制度や技術がもたらされても実効性が薄くなってしまうとも危惧しています。では、農業者の経営改善のために必要なこととして何が挙げられるでしょうか。
まず、実務ノウハウのオープンソース化です。私たちのウェブサイトでは、具体的な課題解決の判断基準や実務の手順について事細かに著述したことが、多くの農業者に受け入れられました。生産技術は研究機関や自治体、協同組合などによって共有知となっています。経営実務も同様にオープン化され、全国各地の知恵が集まれば、業界全体のボトムアップが期待できます。
次に、農業経営モデルの再構築です。昭和以前に確立された営農モデルを下敷きにした農業指導が行われていますが、現代の日本では最適とは言えない部分が顕在化していると私は考えます。市場や需要はもちろんのこと、経営の方法論やツールも日進月歩です。新しいものを柔軟に取り入れて、世の中の変化に適応できる新しい経営モデルを考える時期が来ているのではないでしょうか。
また、経営改善を成し遂げるには、農業者本人の努力やスキルに加えて、支援者が必要です。現場のリアルな課題を理解し、改善へ導けるような実務家が切望されています。自治体や協同組合、コンサルタントの方々に、現場目線で本質に迫る課題解決支援を行っていただきたいと思います。家族や従業員といった内部人材も、経営実務や課題解決ノウハウを学べば内助の幅が広がるはずです。
私は田畑が広がる片田舎の出身です。祖父母は福島で農業を営んでいました。日本の食料供給がこれからも、各地の個性的な農家によって支えられるものであってほしいと願っています。それが地域の経済や文化、そして風景を守ることにつながるはずです。
農業の良さを守るためにも、小さな改善が農業経営を変えていくことを願って、活動を続けたいと思います。