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「健康寿命延伸 人生をリズミカルに」(視点・論点)

順天堂大学 名誉教授 佐藤 信紘

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 コロナ禍にあって、緊急事態宣言が発せられ、皆さんの生活のリズムが大きく崩れていることと思います。この閉塞状況の中で、いかに健康寿命を延ばし、リズミカルに生きるかについてお話ししたいと思います。

 ご存知の通り、日本人の平均寿命は世界トップクラスですが、健康寿命は、男性は72歳、女性は74.8歳で、9ないし12年以上も、病を持って生きながらえるのが現状です。医療費削減の観点からも、健康寿命の延伸と、たとえ病気があっても幸せに生きることを目指すのが大切と考えます。

 どうすれば健康寿命をのばせるのか?病気があっても幸せに生きるにはどうすればよいのか?私が主宰するジェロントロジー講座では、人の生命の誕生から、成長・成熟を経て、次第に機能が衰え、老いていく過程を、生命科学的・社会文化的に、さらに自然や地球環境との関連において、理解を深め研究してきました。

 46億年前に誕生した地球は、火山や地震や水蒸気爆発などで、熱を宇宙に放散して冷却され、entropy(エントロピー)を低下させ、秩序化されていく過程で、バラバラのミクロの粒子、原子・元素が共鳴し、結合・融合して、有機分子が誕生し、高分子化、遺伝子が作られ、ネットワーク構造が膜のなかにとじ込められて、細胞が誕生しました。

VTR:細胞のリズミカルな動き/分裂と増殖
私が監修とした8K高精細カメラで撮影された科学映画では、受精後、分子群や細胞がリズミカルに動き回り、接着したり離れたりしてコミュニケーションをとり、細胞の分裂・増殖や、連携・共生がうまれる様子が鮮やかに見られます。
 鍵を握るのは、リズミカルな細胞や分子群の動きです。生物は、太陽光のエネルギーを効率のよいエネルギーに変換して、分子群や細胞の動きにより、生命活動を維持し、外界の敵から身を守る免疫系や、敵の判別に鋭い五感を発達させて、神経系、特に脳を発達させたのです。
その生命リズムは宇宙に根源があり、太陽と月の周期に基づきます。

 リズミカルに生きるとはどういうことなのか? 生きることは動き、食べることです。

VTR:血流と血栓
このとき体内で血液がリズミカルに流れます。不適切な刺激が加わると、血流はリズムを失い、滞ります。血栓や塞栓ができて、局所に白血球が浸潤し、炎症が起き、熱を持ち、entropyがあがる、それを下げるために体や局所を休ませたり、リズミカルに動かして血流を取り戻し、体を冷やすのです。眠ると、昼間働いた脳細胞の熱が冷まされます。こうして、体の組織・細胞が再生し、若さを保ちます。老化とは、分子ネットワーク、遺伝子が熱などで壊れ、entropyが上がってリズミカルな動きが損なわれることだと私は考えます。

 体をリズミカルに動かすには、どうすればよいのか?

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大切なのは筋肉であり、骨や関節の動きです。コロナ禍の中にあって、食べ過ぎや運動不足では肥満が生じます。血流が滞りメタボリック症候群を来します。筋肉が衰えサルコペニアに、膝や腰関節などの動きが悪くなりロコモ症候群になり、そして、老人性の衰弱した体フレイルや、認知症、がん、寝たきりになるのです。

 たとえコロナ禍にあっても、①禁煙②適正飲酒③十分な野菜と果物の摂取、そして④毎日軽い運動を続け、体力・筋力・持久力を保つと、死亡率は著しく低下します。
「筋肉があるほうが、感染に強く、肺炎になりにくい」とか、「座っているのは、喫煙と同じくらい体に悪い」といわれます。活発に体を動かし、筋力が弱るのを防ぐことが死亡率を下げ、認知症を防ぐことにもつながります。筋肉の老化は脳の老化につながるのです。

 では、いかに体力・筋力を維持するのか?実は、筋肉は何歳からでも鍛えられます。
筋トレ・体操は、呼吸を整え、自分に合ったやり方で、体全体を使い、徐々に増やし、繰り返し、少し強い目に負荷をかけて、頑張れば若返るのです。
 大切なのは自分で動かし、さらに他の力を借りて、普段使わない所を動かすのです。
マッサージやカイロプラクティックなどの療術や、健康器具を使う目的がここにあります。
 日常大切なのは、①重力に負けてすぐ寝ころばない、②正しい姿勢で歩く、③バランスを保つ、そのために靴やインソールに気をつけ、必要なら膝にサポーターを装着すれば良いのです。

 最後に、私が最も重要だと思うのは、「お腹の動きをリズミカルに保つ」ことです。
古来日本には、腹が立つとか、腹がすわる、腹黒い、腹がなえるなど、腹に心があるような言葉が多数あります。縄文の時代から日本人は、山・森から原っぱに現れたけものや、鬼あるいは嵐に遭遇し、ハラハラしながら心を痛めたのではないでしょうか?
 腸内細菌が未消化の野菜繊維を消化して、酢酸・酪酸などの低級脂肪酸、エネルギー源を産生し、その結果、免疫力や神経機能を高め、さらに肝臓・筋肉の働きを介して、脳の働きや認知機能を高めることが明らかになってきました。

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砂糖の摂りすぎ、野菜・果物摂取の不足、運動不足は、腸内細菌叢の乱れdysbiosis(ディスバイオシス)をもたらし、肥満、動脈硬化、糖尿病やアレルギー、肌荒れを誘導したり、自閉症やうつ病などを来たすことをデータが示しています。

 ヨーグルトに多く含まれる腸内細菌Bifidobacterium(ビフィドバクテリウム)属は、乳幼児の腸内に多量に存在しますが、高齢者では著減します。最近私たちは、Bifidobacterium breve(ブレーベ)のある菌株が、認知機能を改善させることを人で明らかにし、世界を驚かせました。
腸内フローラを介したお腹の働きが、脳の働きをコントロールするという、縄文人が感じた脳と腹の関係、脳腸相関が、人で証明され始めています。結局、お腹をコントロールすることが、リズミカルに、幸せに生きる根本だと考えます。美味しく食べることは、栄養の維持のみならず、腹の心を満足させるのです。

 コロナ禍にあって、人と社会はリズムを失いました。今再び人は、文化・芸術・音楽・スポーツを楽しみ、自然の光・風・音・匂いを感じて、日々の生活にリズムを取り戻すことが肝要です。

 コロナ禍にあっても、動き、楽しみ、人を喜ばせ、生きることに感謝する「利他」の心を育むことが、リズミカルに生きることになり、健康寿命の延伸につながると考えます。
 コロナ禍の中では、ICT・AIをフルに活用し、オンラインとリアル、さらにオンデマンドを使いこなし、リズミカルな言葉、communication(コミュニケーション)を忘れずに、共助が支えるsocial capital(ソーシャルキャピタル)が豊かな社会を作るのです。

 日本の四季折々の、食と風土の中でのこれまでの生き方が、私達の免疫・神経能を発達させ、知力・筋力を育んだことは、平均寿命がほぼ世界一であることが何よりの証左です。コロナ禍にあっても、互いに怖れることなく、「時流を大切にするが志は不変」という禅の心「従流(じゅうりゅう)」が大切と考えます。「もう歳だから」という、ageism(エイジズム)といわれる偏見を克服し、心身をリズミカルに動かし、人を慈しむ心「仁」と、人の価値を互いに高める「共創」という生き方により、最後に「物欲や生死を越えた老年的超越」の心に至ります。それが、ジェロントロジーが教える生き方だと考えます。

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