NHK 解説委員室

これまでの解説記事

「パーム油から考えるSDGs」(視点・論点)

ジェトロ・アジア経済研究所 環境・資源研究グループ長代理 道田 悦代

s210112_014.jpg

パーム油の生産現場
みなさんはパーム油という植物油のことを聞いたことがあるでしょうか。パーム油は、私達の身近なところで幅広く使われています。例えば、インスタント・ラーメンや冷凍食品の揚げ油、チョコレートやスナック、クッキーなどのお菓子、パン・焼き菓子などに使われるマーガリン、またシャンプーや化粧品の原料にもなります。

VTR(アブラヤシ畑)
パーム油は「あぶらやし」という植物の実から搾られ、世界で最も多く消費されている植物油です。世界全体のパーム油の8割以上が東南アジアのインドネシア・マレーシアの2か国で生産されています。

輸入農産物とSDGs
日本は、パーム油をはじめとする多くの農産物を海外からの輸入に頼っています。世界の人口が増加するなか、海外での農産物の生産が持続可能な方法で行われなければ、私達、そして将来の子供たちの世代が十分な食料や原料の調達を行うことが難しくなる可能性が危惧されています。

SDGsの第12番目の目標 「つくる責任 つかう責任」
そこで、我々が消費する農産物が、海外の生産国で環境破壊や人権侵害などを引き起こさないよう、生産者とともに消費者も責任をもとうとする動きがでてきました。

s210112_009.png

s210112_010.png

2015年国連サミットで採択された持続可能な開発目標(SDGs)の17の目標のうち、第12番目の「つくる責任 つかう責任」がこれにあたります。今日はパーム油を例にして、まず消費者の懸念が、企業の「つくる責任」を担う動きにつながっていること、次に消費者が「つかう責任」を通じて企業の「つくる責任」に貢献できる仕組みができていること、そして最後に生産国政府による「つくる責任」への取組みについても紹介し、バランスをとりながら複数あるSDGsの達成を協力して進めることが重要であることをお話したいと思います。

パーム油にかかわる持続可能性の課題
パーム油の生産ではいくつかの課題が指摘されています。あぶらやし農園の開発が熱帯雨林を伐採して行われれば生物多様性が失われ、また炭素を含む泥炭地が開墾されれば、温室効果ガスが多く排出されます。さらに、土地の所有権が曖昧な地域では、住民の生活が侵害されたり、農園で働く労働者の人権侵害の事例なども報告されています。過去には、これらの生産国では、環境保護や人権に関する規制があっても、政府の管理不足で十分に規制が守られないことが問題となってきました。このため、消費者から、我々には「つかう責任」があり、状況を変えていく必要があるという声があがりました。

パーム油生産者と利用する企業の取組み
これを受けて、欧米や日本など先進国の大手企業が「つくる責任」を果たそうと、インドネシアやマレーシアの農園企業と協働して、パーム油の生産現場の状況を把握し、労働や人権、環境などの持続可能性にかかわる課題を改善する取組みが始まりました。パーム油のサプライチェーンは、農園、実から油を搾る搾油工場、製品を作る工場へとつながっています。ただ、農園にも経営規模の小さいところや、企業でない小規模農家も数多くあります。さらに、パーム油は液体で流通するため複雑なサプライチェーンをたどることは困難を極めます。このため、パーム油を利用する多くの企業にとって、持続可能性の管理を自社で行うことは容易ではありません。

パーム油持続可能性認証の登場 
問題を解決しようと、民間で新たな制度もはじまりました。先進国などの消費者が、持続可能な方法で生産されたパーム油を購入することで、持続可能性に配慮する生産者を支援する、つまり「つかう責任」を「つくる責任」に結び付ける活動です。2004年に欧州のNGOや企業が中心となりRSPOというパーム油の持続可能性認証を作りました。

s210112_011.png

RSPOは、パーム油農園や加工業者が定められた基準を満たし、サプライチェーンを通じて分別管理した上で、第三者機関が確認して認証を与える仕組みです。認証を取得したパーム油製品は、ロゴを貼付することができます。みなさんも、どこかでこのロゴを見たことがあるでしょうか。消費者はロゴ付きの商品を選択的に購入することで「つかう責任」を果たすことができ、またパーム油を利用する企業も、自社で生産現場を確認しなくても、認証されたパーム油を使うことで持続可能性に配慮できるようになりました。

パーム油の主要な消費市場とRSPOの課題
さて、ここでパーム油の主な消費市場をみてみましょう。

s210112_012.png

インドネシアとマレーシアで生産されたパーム油は、インド、中国、アフリカに多くが輸出されるほか、生産国国内で利用されています。RSPOは、先進国の消費者が認証油を買うことで、生産国の環境規制などを補う仕組みとして期待され、RSPO認証油を増やそうと様々な努力が行われています。しかし、2020年時点でRSPO認証油はパーム油生産量全体の2割程度にとどまっています。このため、RSPOのみに頼る対策には限界があると考えられ始めています。地球温暖化を例にとると、2割の認証農園で温室効果ガス削減を行っても、残り8割の認証を取得しない農園で対策が行われなければ、全体では温室効果ガスが増加し、問題が解決されない恐れがあるからです。しかし、RSPOのパーム油は認証にかかる費用で価格が高くなる結果、消費するのは主に先進国で、大きな需要国であるインドや中国、そして貧困を抱える開発途上国ではほとんど使われていないのが実情です。

インドネシア・マレーシア政府による認証制度
RSPOの動きに刺激されて、インドネシアとマレーシア政府も「つくる責任」の取組みを始めました。

s210112_013.png

インドネシアは2011年にISPO、マレーシアは2015年にMSPOという政府の持続可能性認証を策定しました。RSPOは参加が自主的な制度であるため、結果として大規模な農園企業の取得が中心でした。これに対して、ISPOとMSPOは、パーム油農園企業、農家などに対して、持続可能性にかかわる国の法規制を守ることを認証の要件とし、取得を義務づけています。特に、ISPOとMSPOでは小規模農家を支援して、持続可能な生産方法を普及させ、貧困削減と農村の生活向上につなげたい考えです。政府認証には、先進国の「つかう責任」のみでは十分行き届かない生産者を包摂した取組みとして、大きな役割を期待されています。しかし、これらの政府認証は、設立当初実効性が明確でなかったこともあり、国際的には知名度が高くありません。パーム油の調達基準を定めた2020年東京オリパラ組織委員会では、持続可能性のより広範な普及が必要であると考え、ISPO、MSPO、RSPOの3つの認証を認めています。

パーム油のSDGsにみる多様な視点と協力の必要性
パーム油には「つくる責任 つかう責任」をはじめ、「貧困をなくそう」、「気候変動に具体的な対策を」など複数のSDGsがかかわっており、日本や世界で様々な取り組みが行われています。しかし懸念が払しょくできない欧州ではパーム油不使用の動きもでています。パーム油は私たちの生活にとって欠かせない農産物であること、植物油の中でも農地面積あたりの生産効率が高く、世界の食料供給にも欠かせません。パーム油の輸出が減れば、生産国の小規模農家が貧困に陥る可能性もあります。SDGsは環境、社会、経済発展の側面を含んでおり、目標間のバランスを考えていくことが重要です。多様な取組みを通じて消費者、企業、農家が国境を越えて協力することで、持続可能なパーム油生産を後押しできる可能性があります。

今日はパーム油を例にお話ししましたが、我々は、農産物の消費を通じて、国内だけでなく、海外の持続可能性の課題について理解し、貢献していくことが必要ではないでしょうか。

こちらもオススメ!