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「アマビエブームと『伝承』の価値」(視点・論点)

JTB総合研究所 主席研究員 河野 まゆ子

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新型コロナウィルス感染症の威力は、なかなか衰える様子を見せません。これまではあたりまえでなかった様々なものが、生活を彩るようになりました。そのひとつが「アマビエ」です。みなさんのお手元にも、なにかしらのアマビエグッズがあるかもしれません。
今日は、この「アマビエ」というそれほど有名でもなかった妖怪のたぐいが、なぜ今回注目を浴び、全国的な潮流になっていったのか、その経緯や理由について考えてみましょう。

〇アマビエブーム(アマビエチャレンジ)の起こり
ことの発端は、2020年2月末頃です。

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疫病退散のご利益を期待して、妖怪掛け軸専門店が、アマビエの解説とイラストレーションをTwitterに投稿したことがはじまりと言われています。これに賛同した多くのTwitter利用者が「アマビエチャレンジ」などのハッシュタグを付けて、イラスト、ぬいぐるみ、フィギュアなどの作品を作り、その写真を次々に投稿しました。このムーブメントは海を越え、3月の半ばには海外のネットユーザーによる発信もされています。

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その後、4月9日に、厚生労働省が感染防止のスローガンとしてアマビエの図像を使ったことを契機として、アマビエは、日本人が新型コロナウィルスと戦うための旗印になっていきました。

〇江戸期、明治期のブームとの違い
アマビエは、日本に伝わる半人半魚の妖怪です。

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光輝く姿で海の中から現れ、「当年より6年間は諸国で豊作が続くが、疫病も流行する。私の姿を描いた絵を人々に早々に見せよ。」と伝えて海に消えました。江戸時代後期、1846年の肥後国、現在の熊本県で、たった一度だけ出現したものです。この話が、地元熊本ではなく、瓦版によって江戸に伝えられました。

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なお、同種の妖怪である「アマビコ」や「神社姫」などの関連資料も多くあります。これらの「予言をする妖怪」は、妖怪とカミの中間のようなものとして「予言獣」とも呼ばれます。

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また、夜叉の姿に変化して疫病神を追い払った第18代天台座主、良源を描いた「角大師」のお札は、病気・災厄除けとしてよく知られています。

アマビエ・アマビコブームは過去に2度起こっています。
アマビエの出現から約10年後、安政5年(1858年)のコレラ(虎列剌)流行時には、アマビコと想定される「猿に似た三本足の怪獣」の版画が江戸市中で販売されました。さらに20年以上を経た19世紀後半の明治15年にも同様の記録があります。アマビコの絵を飾ることが、疫病の流行時に思い出される社会記憶として成立していたことが窺えます。
その後、新聞が一般に流布した明治中期以降2020年まで、アマビエやアマビコが社会から求められることはありませんでした。理由は大きく2つ考えられます。

ひとつは、「疫病除けに絵を飾る」という当時の文化が、科学や医学の発展によってすたれたことです。江戸時代には、「疱瘡絵」や「はしか絵」と呼ばれる版画を、疫病除けや回復を祈って家族や親しい人に送りあう文化がありました。

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「疱瘡」とは天然痘のことです。「疱瘡絵」は、疱瘡に効くとされる赤い色で描かれ、子どもがかかりやすいことから、おもちゃや縁起物がよくモチーフとされました。「はしか絵」には、予防や心得、食べてよいもの・わるいもの、病後の養生法などについて書き添えてあるものも多く、対策や啓発の役割もあったようです。
もうひとつの理由は、マスメディアの台頭です。社会の単位が小さかった時代には、社会の数に応じた伝承や記憶があり、口述や絵によって知識や記憶を受け継ぐ必要がありました。「新聞」というマスメディアの登場によって社会の単位が拡大し、コミュニティに依存しない均質化された情報が流布するようになって、生きた「伝承」を個々の力で繋いでいく必要性が薄れたためと推測されます。

〇なぜ、いまアマビエが流行したか
では、なぜ100年以上の時を超えて、今回アマビエが流行したのでしょうか。これには、アマビエそのものが持つ図像性、インターネットメディアの発展、近年頻発する自然災害と人々が向き合う気持ちの変化など、様々な要因が関係しています。

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まず、「すがたを写して人々に見せよ」というアマビエの言葉が、画像を簡単に拡散できるSNSの特徴と極めて相性が良かったことが大きいと言えます。また、個人クリエイターやアーティストの活動の場がインターネット上で拡大してきたという社会潮流ともマッチしました。そして、今回流行したのが過去のように「アマビコ」ではなく、よりマイナーな「アマビエ」であったことは、ひとえにその形状によります。単に「かわいらしい」だけではなく、毛むくじゃらのアマビコよりも、色を加えたり姿かたちをアレンジしやすい拡張性がある形状であったことが、人々から選ばれた理由と考えられます。

さらに、東日本大震災を契機に、熊本地震やその後の度重なる豪雨災害を経て、災害支援の「寄付つき商品」やクラウドファンディングが普及していきました。直接の被害にあっていない人が被害にあった人を応援する、という機運や行動が消費者に浸透していたという下地があります。

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このグラフは、JTB総合研究所が2020年3月に実施したインターネットアンケート調査の結果です。アマビエがSNSで拡散されることについて、「効力は期待しないが、人が少しでも明るい気持ちになれば」と考える人が全体では22%います。特に10代ではこれが30%弱と高いほか、「少しでも効力があればよい」と考える人も10代~20代でその比率が高く、この潮流を好意的に捉える人が特に若年層に多くいることが窺えます。
アマビエという伝承を、ファンタジーではなく「何らかのリアル」であると捉えた若い世代が、日本のレアな妖怪を全国的な潮流にまで押し上げ、社会を応援したいという人々の気持ちを引き上げたと言っても過言ではないでしょう。

〇「伝承」の持つ価値
では、「伝承」とは、その価値とはなんでしょうか。
近年、災害情報やリスク情報をいかに早く、正確に伝達するかに重きが置かれています。即時的な情報は、正しい行動をとるために極めて重要なファクターではありますが、その情報を「肌感覚あるもの」として理解するために、社会記憶として継承されてきた地域の伝承の説得力が効果を示すことがあります。

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徳島県の吉野川下流域には、「高地蔵」といって、台座が非常に高いお地蔵さまがたくさんいます。大きな水害があった時に慰霊のために集中的に造られており、その記憶とともに、川の氾濫で水没しないようにと建てられたその高さが、自らの生活圏における水位を実感として伝えています。

伝承に登場する妖怪が、親しみがあるキャラクターとしての魅力をもつことは確かですが、それだけでは今回のようなブームに繋がることはなかったでしょう。
過去の時代の社会状況や地理的環境、人々の暮らしぶりから伝承が必然的に生まれたこと、日本人ならではの感性で視覚化され、アイコンとしての実体を持ったことのわかりやすさ、そしてそれが人々に心から求められる理由があること。これらが揃ったときに、今回のアマビエブームにみるように、伝承が人の心をつなぐ「リアルな価値」を発揮するのではないかと考えます。
日本の津々浦々は、土地固有の歴史、神話、妖怪などの伝承の宝庫です。みなさんがお住まいの地域に伝わる伝承にいま一度着目してみることによって、暮らしを明日に繋げるためのヒントが見えてくるかもしれません。

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