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「コロナ禍における若者の自殺を防ぐために」(視点・論点)

中央大学 客員研究員 髙橋 聡美

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新型コロナウイルス感染によって私たちの生活は大きく変化し、心理的にも多大な影響を受けました。
長期にわたる感染への不安、いつ収束するのかわからない未来への不安、自粛によるストレス、また、ソーシャルディスタンスにより、家族や友人に会えないなど、孤独感を抱く人も多いのではないでしょうか。

今日は、新型コロナ感染症をめぐるメンタルヘルス。とりわけ、若者への影響についてお話をします。

警察庁のまとめで、今年の10月の自殺者数は速報値で2153人でした。これは、去年の10月と比べて約4割の増加となっており、極めて深刻な状態です。

なかでも、未成年者の自殺が急増しています。これまで成人の自殺は減りつつあったのに対し、若者はそうではありません。去年までのデータから見てみましょう。

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2006年、「自殺は個人の問題ではなく社会の問題である」という理念から、自殺対策基本法が制定され、対策が練られました。その結果、対策前、34427人であった自殺者数は2019年に20169人と14000人以上減り、一定の効果をみました。その多くは中高年の自殺の予防による減少でした。

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一方で、若者の自殺は数自体が少ないため、自殺対策基本以降も横ばいなのですが、去年の未成年者の自殺率は実は過去最悪となっています。
平成元年の10万人対の未成年者の自殺率は1.6でした。グラフに示すように、令和元年には3.1と30年の間に2倍に増えています。
子どもの自殺の原因は、「いじめ」だと多くの人が思っていると思いますが、遺書が残っているもので見てみると、小学生は家族からのしつけや叱責、中学生は学業不振、高校生は進路問題がそれぞれ自殺原因第1位となっています。家庭の問題や学業・進路といった、普段の小さなつまずきから自殺に至っているわけです。

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コロナ禍においても自殺は年代問わず全体的に増えていますが、男性より女性の方が自殺の増加が大きく、年代別には若者に増加の傾向が強くみられました。

中でも8月のデータでは、女子中学生は去年の8月の4倍、女子高校生が7倍以上の自殺の数となりました。
コロナ禍が子どもたちにあたえた心理的影響を考えてみると、まず3月の時点で休校となり、子どもたちにとって一生に一回の卒業式・入学式に影響が出ました。
進学・進級した後も休校で友達ができないまま、夏を迎えることとなりました。
また、それまでがんばってきた部活の試合が中止になる、運動会・文化祭などの行事が縮小される、修学旅行が変更になるなど、子どもたちが力を発揮できる場所や、励みにしていた行事を子どもたちはあきらめざるを得なくなりました。
休校措置の結果、授業は例年より遅れ、その後のカリキュラムが過密になったり、学校再開とはいえ三密を避けるために、普段と同じような学校生活を送ることはできていません。

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今年の未成年者の自殺の数を去年と比較してみますと、8月の時点で去年のペースを上回っています。10月の時点ですでに622人で、去年1年間の自殺者数602人をすでに超えています。
 
今年の自殺に関する様々なデータを分析した結果、若者の自殺の手段が、高層ビルからの飛び降りや鉄道自殺が例年より多いことがわかりました。
つまり、命を落としてしまう可能性が高い手段を選んでおり、自殺に至る心理プロセスが従来とは何か異なっていることが示唆されました。

まずは、子どもたちが高いところから飛び降りないように、学校に限らず、3階以上の建物に関しては、転落防止の管理をしっかりすることから、コミュニティで子どもたちを守っていきましょう。

次に女性の自殺が増えた要因について少し考察を述べておきたいと思います。

毎年、自殺の数は男性の方が多いのですが、うつ病の患者数は普段から、女性の方が多い傾向にあります。これは、女性ホルモンの影響で女性がうつ病を発症しやすいということがあります。

また、そもそも女性の方が男性より病気への不安が強いことがわかっており、コロナ禍において女性が新型コロナ感染に対する不安を強く感じた可能性もあります。

女性は人と会ってしゃべったり、食事をしたりという形でストレスの対処行動をよくとりますが、自粛生活で普段のストレス対処ができません。
さらに、Stay homeで家庭内の緊張は普段より高かったことが予想されます。
元々、家庭内の緊張が高い家族が、Stay homeでさらに緊張が高まり、DVや虐待が生じやすい環境だったことも考えられます。女性、とりわけ女子中学生・女子高校生の自殺の数が増えた原因はまだあきらかになっていませんが、相談窓口などへのヒアリングでは、居場所がないことを訴える子や、妊娠や性行為の強制など、性に関する相談が増えているということもわかりました。

最後に自死報道について触れておきたいと思います。
皆様、ご存じのように、コロナ禍で、著名人の自殺が相次ぎました。自死報道に影響されて自殺が増える事象を、自殺学では「ウェルテル効果」といい、特に若者が影響を受けやすいとされています。

自殺の報道の影響に関しては過去の研究で
1.自殺が大きく報道されればされるほど自殺率が上がる。
2.自殺の記事が手に入りやすい地域ほど自殺率が上がる。ということが分かっています。

そのため、WHOは自死報道でしてはならないこととして、

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*自殺の報道記事を目立つように配置しないこと。
報道を過度に繰り返さないこと
*自殺をセンセーショナルに表現する言葉、よくある普通のこととみなす言葉を使わないこと
*自殺を前向きな問題解決策の一つであるかのように紹介しないこと
*自殺に用いた手段について明確に表現しないこと
*自殺が発生した現場や場所の詳細を伝えないこと
センセーショナルな見出しを使わないこと
*写真、ビデオ映像、デジタルメディアへのリンクなどは用いないこと
など6つの項目を示しています。

ここ数か月の著名人の自死報道では、自殺手段を詳細に報じるなど、WHOの提言を守れていなかったように思います。

自死報道に大きく影響を受ける子どもたちの心と命を守る視点からも、今一度、自死報道の在り方について、報道を受け止める私たち側も問いなおしてみるべきではないでしょうか。

自死報道への対処法としては、子ども、とりわけ、報道に刺激を受けやすい子どもには、できるだけ、このような報道を見せない・聞かせないという対応を取り、リラックスできる環境を整えてあげてください。
はげましたり、アドバイスをするなどせず、その子のきもちを聴いてあげ、ありのままの自分でいられる安心できる空間を作ってください。

さて、これから受験シーズンに突入し、しかも今年から大学受験においては共通試験がスタートします。
就職活動も例年より厳しいものになるでしょう。
子ども・若者たちにかなりの重圧がかかっているということを念頭に置き、細心の注意払っていかなければなりません。

我が国の若年の自殺は、コロナ禍以前から多く、効果的な対策を打てずにいました。
そこに、コロナ禍による新たなストレスが加わりました。
子どもたちの自殺は大人たちの責任でしかありません。 
普段から子どもたちが抱えている、貧困問題、学業・進路問題、家庭内のDVや虐待、これらの課題を今一度、一つ一つ丁寧に対応していくこと。
そして、コロナ禍によって、新たに子どもたちの負担になっていることを少しでも取り除いていくことが大切となります。
新型コロナ感染症で、できなかったことや、あきらめたことも沢山ありました。
一方で、コロナによって、子どもたちが得たものもありました。休校明けに「学校がやっぱり楽しい」と言った子どもたちは沢山いました。
マスク・手洗い・咳エチケットでウイルスから自分の身を守ることを今まで以上に学んでいます。

コロナ対策で奮闘している人たちへの感謝や、遠くに住んでいる家族、おじいちゃんおばあちゃんたちへの思いも、改めて感じていることでしょう。

子どもたちがこの先、笑って生きていけるように、私たち大人も優しさ・思いやりなど、温かい気持ちで、日本の心を温めていけたらと思います。
新型コロナ感染症で亡くなる人やコロナ禍の影響で命を落とす人が一人でも減るよう、みんなで心を合わせてまいりましょう。

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