NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「思春期の子どもたちに科学的な性の知識を」(視点・論点)

養護教諭 中谷 奈央子 

s201124_013.jpg

 「10代の妊娠相談が増加」。新型コロナウイルス感染症に伴う一斉休校期間中、こんなニュースをよく耳にしました。全国各地の妊娠相談機関では、10代の相談数が急増し、相談員や関係者からは「子どもたちの性の知識不足」を指摘する声が多く聞かれました。
 このように、コロナ禍で日本の性教育の遅れが露呈したり、性暴力やDVの増加も懸念される今、性教育が注目を浴びています。
今日は子どもたちが今どのような問題に直面し、どんな悩みを抱えているのか、そしてこれから期待される性教育についてお話したいと思います。

 私は数年前まで、高校の養護教諭、いわゆる保健室の先生として勤務していました。保健室では、性の問題に悩み、傷つく生徒にたくさん出会ってきました。外部講師として性教育に携わる今も、10代の子どもたちからいろいろな相談を受けます。「妊娠したかもと思うと不安で眠れません」「親にも誰にも言えません」。そんな若者とやりとりをしていると、性に関する知識が圧倒的に足りていないこと、相談できる大人がいないこと、性暴力が身近にあること等、たくさんの課題がみえてきます。
 これらは、コロナ禍において急に増えたわけではありません。以前からあった問題、学校教育や社会の仕組みが、改めて浮き彫りになっていると考えております。

 「高校生なのに妊娠なんてとんでもない」「無責任」と感じる人もいるかもしれません。でも、子どもたちを責める前に、大人が性の問題に向き合い、子どもたちに伝えることができているのか、考えてほしいと思っています。

 日本は諸外国と比べて性教育が遅れていると言われています。
文部科学省が最低限の学習内容として定める「学習指導要領」では、性交や避妊について義務教育では学ばないことになっています。そのため、どうしたら妊娠するのか、どうしたら妊娠を防ぐことができるのか、など、科学的に理解していない子どもたちは多いです。

 そんな子どもたちの主な性の情報源はインターネットです。アダルトコンテンツも溢れています。それらから間違った情報を鵜呑みにし、リスクある性行動にうつる子もいます。また、SNSを通じて性被害に合うケースも年々増加しています。特に、学校や家庭で居場所がなく、さみしさからSNSや性行動に依存することも少なくありません。そして、性のトラブルや被害に合った時、身近な大人に相談できない、という子どもはとても多いです。これは大人が性を伝えることを避け、タブー視してきたことも一因ではないでしょうか。
 日本では1990年代、エイズ問題をきっかけに、性教育への関心が高まった時期もありました。しかし、2000年代前半には、「過激な性教育はやめるべき」「寝た子を起こすな」など、一部の政治家による性教育バッシングが起こり、後退してしまいました。
 また、教員自身も性教育を学んでこなかったため、性教育が苦手という声も聞きます。さらに、年々多忙化する教育現場において、性教育の必要性を感じていても時間がない、という声もよく聞かれます。
 元々性教育のカリキュラム、時間が少ない日本において、子どもたちは、性教育を前向きにおこなっている学校に通えるか、熱意ある教員に教わることができるか、運次第と言っても過言ではありません。性の知識は人生に関わることも多いのに、こんなに大切な教育が運に左右されていいはずがありません。

 みなさんは「性教育」と聞いてどんな内容を思い浮かべるでしょうか。妊娠や出産、思春期のからだの変化など、性・生殖に関する知識と思う方が多いのではないでしょうか。

s201124_011.png

今、国際的には「包括的性教育」が推進され、ユネスコが作成した「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」という指針が世界のスタンダードとなっています。「包括的性教育」とは、性を性交や出産だけでなく、人との関わり方や相手の立場を考えることとしてとらえ、科学・ジェンダー平等に基づく性教育のことをいいます。包括的性教育は、人権やジェンダー観、多様性、幸福を学ぶための重要な概念なのです。

 日本で包括的性教育が普及しているとは言い難いですが、私は子どもたちにいろいろな角度から性の話をします。それは、子どもたちからの質問、相談が多岐にわたっているからです。例えば、自分のからだや性のあり方が人と違うのではないか、と悩む子どもは多いです。周りと比べて、恋愛や性体験が遅れているのでは、と焦る子どももいます。私は、からだや性のあり方は1人ひとり違うこと、発育や発達のペースは個人差が大きいことを小学生に話しています。中高生には、恋愛や性体験は焦らなくていい、周りと比べなくてもいい、自分のペースで大丈夫、と話しています。

 また、「交際相手に嫌と言えない」「誘われると断れない」など、関係性・コミュニケーションの悩みも多く聞きます。このことから、小学生には、家族や友人など知っている相手でも嫌なことは嫌と言っていいこと、自分や相手の気持ち・意思を尊重することなどを話します。中高生にはデートDVや性的同意についても話しています。

 最初はニヤニヤとふざけていた生徒も真面目な顔つきに変わったり、恥ずかしそうに下を向いていた生徒の顔が上がったりと、大切な話だと感じてくれているようです。「性のイメージがガラリと変わった」「生きていくうえで必要なことだと思うようになった」と感想に書いてくれることもよくあります。
 そんな感想を伝えてくれるのは、子どもたちだけではありません。教員や保護者からも「大人でも知らないことが多く勉強になった」「自分が10代の頃に今日のような話を聞きたかった」と、肯定的な意見が多いです。「うちの生徒にはまだ早い、詳しく話してしまうと興味本位で性行動にうつってしまうのではないか、と心配していたが、生徒の感想を読むとむしろ逆でした」と話してくれた教員もいました。

 こういった心配はよく聞かれますが、先程の「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」によると、世界中の包括的性教育の実践を調査したところ、性教育後、性行動を早めたのは0%、遅らせたのは37%という結果が出ています。「包括的性教育は若者の性行動を促進することはなく、むしろ責任感を高める」「年齢に応じた適切な性教育により思いがけない妊娠や性感染症等のリスクを減らす」ということが実証されています。

 私の願いは、すべての子どもたちが家庭環境や学校の運に左右されることなく、性を学ぶ権利が保障され、自分や相手のからだと心を大切にしながら、健康に、幸せに生きていくことです。そのために、私たち大人も一緒に性を学び直し、向き合っていくことが必要なのではないでしょうか。性について話さない、隠す、避ける大人に、子どもたちは相談できません。「性の話をしてもいいし、困ったら相談してもいいんだよ」というメッセージも併せて送りたいものです。

 国際セクシュアリティ教育ガイダンスの前文にはこう書かれています。
「部分的な情報、間違った情報、あからさまな搾取といった暗雲の中で、自身の生き方を見つける子どもを放置するのか。
あるいは普遍的価値と人権を基礎にした明瞭で十分に詳しい科学的な基盤に基づいたセクシュアリティ教育に挑戦するのか。」

私たち大人も、十分な性教育を受けてこなかった人がほとんどです。今こそ子どもたちと一緒に性と向き合い、学校で、家庭で、社会全体で「挑戦」する時が来ているのではないでしょうか。

キーワード

関連記事